第七十五話 未だ底は見えず
宇宙戦艦搭載兵装。
レールガン、プラズマビーム、果ては対星破壊砲。
読んで字のごとく星を破壊する威力を秘めた光の束がそれこそ一発と言わず雨のように大陸中心部に降り注いだ。
この世界とは異なる『どこか』の技術。
空のその先、宇宙空間にさえも進出した『どこか』では戦争とは人を殺すものではなく星を壊す領域にまで発展している。
『白百合の勇者』はそんな世界の技術さえも模倣してこの世界に埋め込むことができる。この世界以外の八つの世界に存在するものであればそれが個人の超常能力だろうが未知の技術だろうが物理現象だろうが、あらゆる事象を光でもって再現できる。
ゆえに彼女は勇者と呼ばれている。
個人で八つの世界の力を振るい、文明や惑星環境さえもいとも簡単にねじ曲げる彼女にとって闘争とは圧倒的力でもって蹂躙する行為でしかないのだから。
「ハッ……クハッ」
だけど。
魔王が八つの世界よりも弱いとは限らない。
「相変ワラズフザケタ女ダナァ!! 神ト変ワラヌ『分類』デアル予ニ平気デ傷ヲツケヤガッテ!!」
粉塵を引き裂き、魔の王が君臨する。
対星破壊砲。直撃すれば惑星そのものを吹き飛ばしていたはずの光の束を一身に受けて、なお、全身から血を流しながらも形を保って生存していた。
それができるから、彼は魔王と呼ばれている。
神と同じ『分類』。宗教や時代によって神と呼ばれていた存在が悪魔に分類されてしまうように、力そのものは神に並んでいても様々な事情によってそれ以外に『分類』された『超越者』。
覇権大戦にて表舞台に出てくるまでその存在が秘匿されてきた闇の王。
九つと一つの世界、北欧の領域の深淵に揺蕩っていた魔の真髄。
すなわち魔王。
その属性は神と分類されていなくても秘めたる力だけは神の領域に至っている。奇跡。魔法などという人間でも扱えるものではない。世界の法則さえもねじ曲げ、己の望みのままに世界を振り回す究極の絶技。
瘴気の極大魔法や闇系統魔法などと呼ばれているが、魔王の力はそんな矮小なものにあらず。シャルリアがいくら繰り返しても最後には世界そのものさえも滅ぼしてきた力はまさしく奇跡以外の何物でもない。
だから。
しかし。
その程度なら百年以上前に乗り越えた。だからこそ『白百合の勇者』は世界を救った英雄なのだ。
人の身にて神の領域に至る者。
『超越者』として魂を昇華させず、さりとて完全無欠の『特別』でもって個人の我儘を貫いて世界を救うことも可能な人間。
『白百合の勇者』は人の身で神に並ぶ。
魔の王が相手でもいつものように自分勝手を貫くだけの強さがある。
「はいはい、もういいからさっさと死んじゃえ」
次の瞬間のことだ。
一片の残骸も残らず、だ。
上空を埋め尽くしていた無数の宇宙戦艦が吹き飛んだ。
「『魂魄燃焼』」
それは。
つまり。
「生命ノ忌避感情ヤ生存本能サエモ殺シ、無理矢理ニ魂ヲ奥深クマデ消費スル技術。覇権大戦デ貴様ガ見セタ技術ヲ予ガ真似デキナイトデモ思ッテイタカ?」
「…………、」
「アノ時トハ違ウ。予ダケガアノ時ヲ超エル力ヲ得タ。貴様ノ肉体ハアノ時ヲ復元シタモノデアル以上、『超越者』デアル予ノ魂ヲ燃ヤシタ一撃ヲ人ノ身デ凌ゲルカ!?」
「…………、」
「デキナイナラバ、今度コソ死ネ!! 貴様ノ亡骸ヲ踏ミ越エテ予ハ今度コソ第零ヲ蹂躙スル!! 遥カ昔ニ自分タチダケヲ神ト呼称シテ天ニ君臨シタ者共ニ真ノ『超越者』ガ誰ナノカ思イ知ラセテヤルッッッ!!!!」
「…………、」
魔王は言う。
圧倒的な優位性に酔いながら。
「ダカラ、クッハハ! 手始メニコノ世界デモ殺シテ向コウノ反応ヲ見ルトシヨウ!!」
「ぴーぴーうるせー奴ね。そんなにおねだりしなくても死にたいなら殺してやるっての」
だから。
その言葉に魔の王は眉を顰める。
「力ノ差ガ理解デキテイナイノカ? 覇権大戦時、貴様ハ『魂魄燃焼』マデ使ッテヨウヤク素ノ予ヲ殺セタ。ナラバ、『魂魄燃焼』ヲ使ッテ底上ゲシタ予ニ敵ウワケナイダロウ」
「一つ誤解があるようだから訂正しておくんだけど、あたしが小物くさいてめーを殺すために『魂魄燃焼』を使ったのは魔力を補うためで力の底上げはほとんどしてなかったのよ。足りない魔力を魂を削って補えばそれだけ多くの魔法を使えるからね」
「ナ、ニヲ」
「その証拠に、よおーく観察すればわかるはずよ。覇権大戦の時と同じ現象を引き起こしているのに、あたしは魂を削ってまで魔法を使っていないってね」
「……ッ!?」
「覇権大戦の時だって本当は『魂魄燃焼』を使わずに勝ちたかったけど、思ったより長期戦になったせいで仕方なく使わざるを得なかった。それでもできるだけ魂を削らずに長生きするためにギリギリを狙っていたわけで、だから、まあ、死ぬ気で頑張れば奇跡の一つや二つ余裕なのよ」
底なんて見せていない。
魔王も、勇者も、まだ死ぬ気で魂を燃やしてはいないのだから。
「本当フザケタ女ダ。貴様ヲ殺スニハ予モ相応ノ覚悟ガ必要カ」
「シャルリアが歯を食いしばってここまで繋げたのよ。母親であるあたしが負けられるわけないじゃない」
だから。
だから。
だから。
「殺シテヤルヨ、『白百合ノ勇者』ァアア!!」
「そんなくだらない奴なら瞬殺できたかもね。だけど、今てめーの目の前にいるのは一人の母親だからそんなこと絶対に不可能だって思い知らせてやるわよ、『黒滅ノ魔王』」
瞬間。
世界の命運を決する激突があった。