第七十二話 人類最強VS魔族最強
「貴様──」
「はいはい、第五っと」
問答はなく、先制を告げる言葉だけがあった。
大陸中心部、未だ百年以上前の覇権大戦の時に刻まれた瘴気蔓延る地に純白の光が炸裂する。
剣、槍、斧、弓矢、薙刀、槌、鉤爪などなど現れるは黄金の武具の数々。
それもただの武具にあらず。
それは第五──魔法道具や亡霊の遺産と違って魔力に依存することなく一定の超常を発揮する神域武具。それでいて使用者の真の力を引き出す増幅装置にして象徴。すなわちドヴェルグの技術を模倣したものだった。
宙に浮いた無数の武具が魔王に向けられる。
途端に解放される超常。黄金をベースとして超常を発揮する道具を生み出すドヴェルグ。この世界に存在しない種族の技術がこの世界に破壊という形で表出する。
太陽のように輝き、ひとりでに舞って必ず敵を斬り裂く勝利の剣。
投げれば絶対に相手に当たってなおかつ必ず手元に戻ってくる、戦闘における最初の一行程以外の全てを自動化した槍。
あらとあらゆる存在を粉砕する、一撃必殺を体現する槌。
──などと、そんなわかりやすいものだけではない。
名もなき無数の武具が既存の物理法則では説明のつかない力を発揮する。魔法のようでいて、魔法にあらず。あくまで武具の力でもって超常と並ぶ。
「クッ!」
まるで戦争の序盤、矢の一斉掃射のようであった。
単体でも伝説の代名詞になるような武具が挨拶代わりに魔王を襲う。
「舐メルナァ!!」
ゴッ!! と禍々しい黒が顕現する。
瘴気の極大魔法。
あるいは闇系統魔法とでも呼ぶべきか。
とにかく魔王の力が無数の武具を呑み込む。
黄金と漆黒がぶつかり合い、互いを喰らい合うように消滅する。
「第五ノドヴェルグ。アノヨウナ薄汚イ小人ノ技術デ予ガ殺セルトデモ思ッタカ!? 道具ハ所詮道具ダ!! ドレダケ優レテイヨウトモソノ本質ハ『超越者』ノ力ヲ真似テ増幅スルブースターデシカナイ!!」
「だったら神々に並ぶ『超越者』の力を模倣するだけよね。というわけで第九──炎王の力を今ここに」
続いては炎。
純白の光を塗り潰す勢いで『白百合の勇者』の手に炎の大剣が現れたのだ。
第九の支配者にして炎王スルトの力そのもの。大剣という形でもって『模倣』した力がこの世界に荒れ狂う。
「うっかりこの世界焼き払わないよう気をつけないと、ねっ!!」
まるで箒でも振り回すような雑な一振り。
それだけでこの地に染みついていた瘴気が根こそぎ蒸発した。
禁域。
百年以上誰も浄化できなかったという前提が、まるで過大評価なのではと勘違いしそうなほどに呆気なかった。
灼熱の津波が炸裂する。広く放てば、それこそ比喩でも何でもなく惑星全土を太陽よりもなお超高温の炎でもって埋め尽くして焼き払うだけの『力』であった。
それほどの熱を凝縮して魔王に放ったのだ。
そもそも触れずとも百年以上前の瘴気──この地に刻み込まれた魔王の力くらいならば簡単に蒸発させるだけの熱量が直撃すればどうなるか。
「オ、ォォ……オオオオオオオオオオッッッ!!!!」
余裕なんてあるわけがなかった。
幾多もの繰り返し、シャルリアが何度挑んでどれだけ現存する戦力を集めても余裕の笑みを浮かべていたあの魔王が、だ。
ボッッッ!!!! と絶叫と共に放たれた漆黒の濁流と紅蓮の業火とが真っ向から激突する。
どうしようもない轟音が響き、光が弾けた。
紛うことなき全力全開。あらゆる有機物も無機物も、果ては魔法や魂さえも抹消する魔王の一撃でもってしても僅かに押し負けて体表が熱に炙られたというのに──次の瞬間には『白百合の勇者』は軽やかに口を開いていた。
「第一」
「貴、様ァ!!」
今度は上空。
純白が空を覆ったかと思ったら、まるで入れ替わるように島のように巨大な『空飛ぶ船』が夜空を埋め尽くしていた。
「宇宙戦艦ねえ。位相も上になればなるだけ文明レベルも跳ね上がるんだろうけど、それにしてもレールガンだのプラズマビームだの対星破壊砲だの装備したもんがそこらを飛び回っている世界ってのは物騒極まりないよね。まあおかげでアンタをボッコボコにできるわけだけど」
「対星破壊砲……フザケルナ。貴様ハ北欧ノ領域ヲ守ル勇者ジャナイノカァ!?」
「じゃないけど? あたしは単なる母親だし」
だから、とこの女は一切の迷いなく繋げることができた。最悪惑星が吹き飛ぶことになろうとも自分の大切な者たちくらいは守れる。ならば構わないと躊躇なく引き金を引くことができるのが母親になっても変わることのない自分勝手な本質なのだから。
「っていうか、どこかの誰かがあたしのことを勇者だなんだ呼んだからってなんでそんなもんに従って生きなきゃならないのよ」
直後、一発で惑星さえも破壊できるだけのエネルギーを秘めた光の帯が魔王目掛けて雨のように降り注いだ。
ーーー☆ーーー
その戦闘は、力の波動としてガルドたちがいる王都にまで届いていた。
「シャルちゃんの光系統魔法も中々だが、純粋な戦闘能力ならやっぱりあの女の光系統魔法が飛び抜けているな」
ガルドはどこか呆れさえ滲ませていた。
こんな反則、もう笑うしかない。
「確かこの世界は第七と呼ばれていて、他に第零とかいう神々の世界と八つの多種族の世界があるとか。で、あの女はこの世界と神々の世界を除く八つの世界の全てを模倣できる、と。やっぱりチートすぎるよな」
ヴァン族の世界、第一。
エルフの世界、第二。
(魔法が使えない)人間の世界、第三。
巨人の世界、第四。
ドヴェルグの世界、第五。
ダークエルフの世界、第六。
霧の世界、第八。
炎の世界、第九。
この世界──第七とはまた違った種族や歴史が紡がれ、文明を形成していった異なる八つの世界。それらに存在する技術、知識、魔法などの個人の力、とにかくそれらの世界に存在する『全て』を『白百合の勇者』は光系統魔法でもって模倣できる。
科学を追求している第三の大陸弾道ミサイルや個人の暴の極地である第九の炎王スルトの力など、異なる進化を遂げた世界の中から優れたものを状況に応じて好きなだけ使える反則的強さこそ彼女が人類最強たる絶対的な理由である。
──『白百合の勇者』に食の改善や技術革新ができたのも当然のことだろう。状況に応じて必要な知識や技術を他の世界から選び取り、模倣し、この世界に埋め込むことができたのだから。
『白百合の勇者』の総力とは、すなわち八つの世界と同等である。彼女を殺したいのならば、まず八つの世界のどんな技術や力にも対抗できるだけの強さが必要となる。
それができなかったから百年以上前に魔王は負けた。
だけど……。
「流石に前とまったく同じとはいかない。それくらいはわかっているよな?」
『魂魄燃焼』を使わなくても八つの世界を模倣できるほどに『白百合の勇者』は怪物だ。彼女にとって八つの世界とはお手軽に模倣できる力の供給源でしかない。
とはいえ、あくまで『白百合の勇者』が模倣できるのは八つの世界に関してだ。この世界は例外である以上、シャルリアの光系統魔法や魔王の力までは模倣できない。
つまり、もしも、魔王の力が八つの世界の『全て』を凌駕したその時は──