表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/115

第七十一話 だから彼女は勇者と呼ばれた

 

『白百合の勇者』が力を解放する。

 光系統魔法。シャルリアのそれとも違う、かつて世界を救った力を。


 純白の光が弾ける。

 何かが起こった。



 それだけで確かにそこに立っていたはずの魔王の姿が消えたのだ。



「まさか……一撃で倒したのですか?」


「流石にそれはないわよ、お嬢さん」


 ひらひら、と。

『白百合の勇者』はシャルリアから両腕を離し、手を振って、アンジェリカへと視線を向ける。


「母親としてはシャルリアとお嬢さんの関係が気になるところだけど、いや本当興味津々なんだけど、せっかく暴れても問題ない場所まで吹っ飛ばした魔王が戻ってきても鬱陶しいしね。また今度、ゆっくりお話させてもらうとして」


 何気なく、その手を上に向ける。

 流星。魔王ほどではなくとも、その落着でもって人類を滅ぼせるだけの脅威へと。


「あ、お母さんっ。あれは魔力を弾くんだよ!」


「みたいね。まあ力技で破ってもいいけど、無難にこっちでいこうかな」


 魔力を弾く性質。

 小さな島くらいのサイズはある流星というだけでも十分脅威であるというのに、そこに魔法を無効化する性質さえも上乗せされている。


 だから。

 しかし。


 全てわかった上で『白百合の勇者』は一切動じることはなかった。


「裂けろ、光系統魔法(ギンヌンガ・ガップ)──第七(ヘルヘイム)第三(ミズガルズ)を刻み込め」


 ボッッッガァ!!!! と凄まじい轟音が炸裂した。一瞬光が溢れたかと思ったら、無数の『何か』が白い煙のようなものを靡かせながら流星へと向かっていき、激突と共に強烈な爆発を巻き起こしたのだ。


「続いて第六スヴァルトアルヴァヘイム、ダークエルフの呪術で爆風を封じ込めば完璧よねっと」


 遥か上空でのこととはいえ、あれだけの爆発が起きれば地上への被害も決して軽くはなかっただろう。謎の黒い光の壁が爆風を受け止めていなければ、ではあるが。


 その黒い光もすぐに消えた。

 結果は示された。



 流星の跡形もなかった。

 人類を滅ぼす災厄。連合軍や勇者パーティーの攻撃さえも凌いだ脅威が欠片も残さず消滅していたのだ。



「な、何ですか、今のは?」


「んー? 大陸弾道ミサイルってヤツを十万発ほど叩き込んだのよ。厳密な呼び方は他にあるんだろうけど、向こうでなんて呼ばれているかとかどうでもいいし。で、えーっと、あれよ。さっきのは科学、魔法じゃなくて単なる物理現象だから無効化されずに簡単に砕くことができたってわけ。まあなんか凄く爆発するもんで吹っ飛ばしたとでも思っておけばいいわよ、お嬢さん。……あ、黒いのは呪術ね。呼び方が違うだけで結局は魔法と同じ超常よ」


『それぞれの事情』はシャルリアから聞いている。

 だが、それはあくまでこれまでシャルリアと共に戦った者たちの話だ。『白百合の勇者』。その真の実力についてはアンジェリカも正確には理解できていなかった。


 かつて魔王を殺した英雄。

 その力は並大抵のものではないと思ってはいたが、それでもここまで突き抜けているのか。


 こうしてその目で見ても、アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢でさえその力を完全に理解することはできないほどに。


 ──いずれは『白百合の勇者』にだって匹敵する才能の持ち主、などとアンジェリカは周りから持ち上げられていたが、それがどれだけ無知からくるものかを見せつけられた。


 世界を救った『本物』は、次元が違う。


「お母さんっ」


「んっ。すぐ戻ってくるからいい子で待っているのよ、シャルリア!」


 言下に『白百合の勇者』の姿が光と共に消えた。

 魔王との決着をつけるために。



 ーーー☆ーーー



 それを、物陰に隠れてガルドは見送っていた。

『心眼』。人間限定とはいえ心が読める男の横には『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネ、『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズ、エルフの長老の娘・アリスフォリア=ファンツゥーズが立っている。


(シャルリアの知識を)アンジェリカから聞いて協力を持ちかけられたが、情報の共有それ自体は『心眼』でも十分だった。それはシャルリアと知識を共有しているアンジェリカもわかっているのか、早々に魔力を用意するのとは別に『あれ』の対処のために人員を用意するよう頼んでいたが。


 魔力は必要だが、『あれ』も無視はできない。

 というわけでシャルリアに魔力を与えるために王城ダイヤモンドエリアの魔法道具に魔力を注ぎ込んだのはガルドと『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネ、アリスフォリア=ファンツゥーズ。『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズは魔力を温存している。


 ……『あれ』を破壊するために乗り込むためにもアリスフォリアも転移の魔法数発分くらいは残しているが。


「まったく、母親になって随分と甘くなったでありますね。あの『白百合の勇者』が敵を前にして周囲への被害を考えて戦場を変えるとか絶対にあり得なかったでありますし」


「そんな女さえも諭して、導いて、その末に勇者とまで呼ばれるほどの偉業を成し遂げさせたミラユルちゃんマジ聖女っしょー。ミラユルちゃんが止めなかったらあのクソ女、街中だろうが自軍のど真ん中だろうが躊躇なく魔法ぶっ放していたのは一度や二度じゃないしにゃあ。……それこそ魔王以上の巨悪だと有名になっていたって不思議じゃないし」


「魔法の常識として死者を生き返らせることはできない。だからどの時間軸の誰もがシャルちゃんの光系統魔法で『白百合の勇者』を復活させて魔王にぶつけようとは考えすらしなかった、か」


 ガルドは人間の心を読むことができる。つまりどの時間軸でもわざわざ話を聞かなくてもシャルリアの事情なんて見通していたはずだ。過去の時間軸で基本自分(あるいはカルドがある一点だけは実行させないよう説得している者たち)がシャルリアに相談される形で魔王撃滅のための作戦を考えていたことも含めて。


 そんな彼は一つ息を吐いて、こう吐き捨てた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………、」


相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネはあらぬ方向に視線をやっていた。


 いいや、正確には大陸の中心部、魔王と勇者が激突する最終決戦の地を見据えていたのだ。


「覇権大戦の時とは違うなれば。ガルドがシャルリアの心を読んだ通りだとすれば、『白百合の勇者』といえども足元を掬われるかもしれない」


「だな。そもそもここまでしても勝てるかどうかすらわからないとか相変わらずの化け物っぷりなこって」



 ーーー☆ーーー



 第一王子ブレアグス=ザクルメリアは王都の広場まで足を運んでいた。ガルドや妹とも協力してとにかくありったけの魔力を集めた。最近になって父親からその存在を教えられ、『相談』権を譲渡された『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネが魔族を撃滅して王国を守るという名目で譲渡した魔力が莫大すぎて他の者たちの魔力が霞んでいた気がするが。


 何はともあれ、だ。


「確かに言う通りにしたら流星は破壊できた。だがさっきのは……まさか初めから流星じゃなくてあの怪物に備えてあの女を復活させるのが狙いだったのか?」


「そうなりますわね」


「『白百合の勇者』とか魔王とか聞こえたが、本物なのか?」


「ええ。あんな怪物が他にもいては困りますわ」


「そうか。……そっかあ。なんか、こう、参ったなあ」


「ありがとうございました。おかげで希望を繋げることができましたわ」


「別にお礼を言われることじゃない。結果的にこの国を守ることにも繋がっているしな。とはいえ、死者蘇生とはまた随分と凄まじい力だな。そこまで『特別』だと、色々と騒動に巻き込まれそうだ」


()()()()、ここだけの話にしてくれればと」


「構わないが、ガルドとかあの辺の連中には普通に見られているぞ」


「そもそも協力を頼む際に説明はしていますし、そうでなくても人間であれば彼に隠し事はできませんわ。それでも、おそらくは問題ないかと。『過去の事例』からの推察ではありますけれど……誰かを生き返らせるためには莫大な魔力が必要ですし、そもそもシャルリアさんの魂を犠牲にしてでも誰かを生き返らせることを是とするには生者か死者、どちらかが影響して最終的に踏ん切りがつかないでしょうから」


 まあ、と。

 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢は大陸中心部、目視できないほど遠くまで離れてもなお大瀑布のように全身を叩く力の波動のほうへと視線を向ける。


「魔王を殺すことができなければ、後の心配など関係なく皆殺しなのですけれどね」


「少なくとも覇権大戦では『白百合の勇者』が魔王を殺したというのに?」


「少なくとも今の魔王には覇権大戦の時には持ち得なかった切り札がありますから」



 ーーー☆ーーー



 身体の内側、底の底から嫌な感覚が這い寄っている。

 シャルリアはこの感覚を知っている。魂の損失。その恐怖。


 だけど、これなら。

 母親を復活させる時にはダイヤモンドエリアから莫大な魔力を受け取っていたからか、二度も『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』を使った後とは思えないほどに余力があった。


 あと一発。

 一度だけならよほど無理をしなければ死ぬことなく『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』で底上げした光系統魔法を使うこともできそうだった。


 ──シャルリアの光系統魔法にはこのような欠点がある。(学園での実技で自身の軽傷が治せなかったように)自分に光系統魔法を使っても何の効果もないという欠点が。


 殺された時は力技でどうにかできているのか何度も過去の状態に戻っているが、少なくとも『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』で底上げした程度ではその欠点は消えなかった。


 つまり今のうちに自分の魂の状態を過去に戻して回復する、などということはできない。


「お母さん……」


 つまり正真正銘残り一発。

 死ぬことなく、『みんな』で未来に進むためにも後一発ならシャルリアもまだ戦える。



 ーーー☆ーーー



 夏の長期休暇、()()()()()()

 流星落着まで残り二日のことだ。


 ラピスリリア=ル=グランフェイを操る魔王によって『魅了ノ悪魔』クルフィア=A=ルナティリスは背後から貫かれ、魂ごと瘴気で消し飛ばされるところだった。


 ──それよりも前に音声伝達魔法で忠告された通りに、だ。


「ンッはあ、ふう。何とか消滅せずに済みそうねえ」


 現在。

 夢魔としての性質を使ってどうにか近くの魔族女(乗っ取り用に冷凍保存しておいた覇権大戦時に死亡した死体)に魂を送り込み、乗っ取り、今日まで彼女は負傷を癒すことに専念していた。


 後少し遅かったら肉体はおろか魂ごと消し飛ばされていた。魂さえも無傷とはいかなかったが、どうにか修復できたので魔族女の死体を本来のクルフィアの形になるよう弄り回す。相手の理想の通りに変異する淫魔としての特性だ。


 こうして見た目くらい整えられるのだが、それでもラピスリリアは『本来の』彼女の身体が失われることを嫌がっていた。それこそ無理してでも王都近くの森があった場所まで飛んでくるくらいには。


 それくらいクルフィアのことが好きなのだろう。

 そうなるようクルフィアが仕向けたのだから。


 それでも……どうしてだか、これまで魅了してきた者たちと違ってラピスリリアの好意はどことなくむず痒いのだが。


 そこまで考えて『魅了ノ悪魔』は切り替えるように首を横に振る。口を開いて、声に出して、どうにか本題に軌道を修正する。


「あっは☆ アンジェリカ=ヴァーミリオンの言った通りになったわねえ」


 どこで知り得たのか、あの令嬢は『創造ノ亡霊』が残した魔王の魂を保存する秘奥やその『器』となって魂の情報を刻み込むために必要な『娘』についても知り得ていた。


 その仕組みを逆手に『娘』に魔王の魔力や魔法能力だけを刻み込み、人格や記憶などは刻み込まないよう制限をかけて力だけを手中に収めようとしていた『魅了ノ悪魔』と『創造ノ亡霊』の『計画』。


 彼女以外にそれを知っているのは認識を希薄化できる魔族の男だけだ。


「あの野郎が実は魔王の手先でえ、秘奥の制限を解除して魔王の記憶や人格さえも女王陛下に刻み込まれているかあ。こうなると否定材料を探すことも困難よねえ」


 だから『魅了ノ悪魔』は背後から女王陛下──ラピスリリア=ル=グランフェイを操る魔王に貫かれた。もしもあの情報提供がなくて何の備えもなかったらそのまま魂ごと消し飛ばされていたはずだ。


「魔王の魂が完全に引き継がれないよう調整していた亡霊の秘奥を弄れる奴はワタシを除けば亡霊本人かその存在を知るあの野郎だけってのは理にかなっているしねえ。この状況で実は全部向こうの策略で仲間割れを誘発しているってのは考えにくいしい」


『雷ノ巨人』に送り込んでいた『魅了ノ悪魔』の諜報要員……だったが、どうやら裏切られていたのは『雷ノ巨人』だけではなかったようだ。


「舐めた真似をしやがって」


 少なくとも、だ。

 魔王は完全に復活した。それは事実だ。『生き残りの魔族の本拠地』にいてもその力の波動は感じ取れる。


 それもどうやってなのか『娘』ラピスリリア=ル=グランフェイから追い出して魔王本人が現出しているようだ。


 アンジェリカからの音声伝達魔法でもこのような言葉があった。


『──ラピスリリア=ル=グランフェイから魔王の魂を引き剥がして殺すのはこちらで何とかします。しかし、魂を保存・『娘』に刻み込む亡霊の秘奥が残っていては覇権大戦の時のように魔王の魂を殺し損ねる可能性もあります。亡霊の秘奥を完全に破壊して魔王の時代を終わらせることはそちらとしても望むところのはず。利害は一致しているでしょうし、何より……協力してくれればラピスリリア=ル=グランフェイを魔王の悪意から救い出すことができます』


 くだらない言葉だ。

 確かに魔王は厄介だが、その力は欲しい。

 どれだけ危険でも、今度こそ亡霊の秘奥に制限をかけて力だけを『娘』に移譲し、その力でもって世界に王手をかけられるかもしれない。


 だから。

 だけど。


 その時、『魅了ノ悪魔』は思い浮かべてしまった。

 女王陛下。いいやラピスリリア=ル=グランフェイ。こんな自分のことを心の底から慕ってくれている女の子の顔を。


 一から十まで単なる魅了作業でしかないのに。

 魔王の力を手中に収めるために関わっていたに過ぎないのに。


「…………、」


 今回も魔王が敗北したならば、いくら『娘』がその力を継いだとしても同じように殺されるかもしれない。もちろんアンジェリカたちの魔王を殺すための策──力の波動からどうやら『白百合の勇者』の力を完全に再現(?)した何かを持ち出したようだが、それも永続的に使えるものかどうかはまだわかっていないのだから。


 利害だけだったならばどうだっただろうか。

 だけど、やがて、クルフィアはこう繋げた。


「まあ、このワタシをコケにしてくれた連中の吠え面を拝むためならあ、くだらない甘言に乗ってやってもいいかなあ」


 そうやって野望への最短ルートを諦めるための理由を探すくらいにはラピスリリアに思うところでもあったのかもしれない。


 果たして魅了されているのはどちらだったのか。

『魅了ノ悪魔』はあくまで魔王や裏切り者の認識を希薄化させる魔族の男に一矢報いるためと言い聞かせて行動を開始する。


『あれ』──魂を保存し、『娘』に刻み込む亡霊の秘奥を破壊してもう二度と魔王が復活できないようにするために。



 ーーー☆ーーー



 そして。

 大陸中心部、瘴気に汚染されたかの地に『白百合の勇者』が降り立つ。先に吹き飛ばしておいた『黒滅ノ魔王』と対峙する。


 覇権大戦における最終決戦の場。

 今なお魔王の力で汚染され、生きている人間は近づくだけで腐り落ちるように死に至る禁域に、しかし残滓程度で勇者が傷つくことはない。



 さあ、始めよう。

 世界の命運をかけた戦争を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ