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第六十九話 指輪

 

 そんなこんなで一週間、流星対策という名目でアンジェリカは奔走した。『この段階では』流星を破壊するタイミングで魔王が現出するのは確定であるために。


 もっと早くにシャルリアが過去の記憶を取り戻し、『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネに魔族撃滅ではなく流星を破壊するよう『相談』していればまた違うのだが、『この段階では』もう手遅れだ。


 一応『魅了ノ悪魔』を利害の一致から味方にするために『生き残りの魔族の本拠地』にメイドの音声伝達魔法でアンジェリカが声をかけたが、その辺りがうまくいくかどうかは不明。過去の事例でももっと後でないと魔族側を一時的にでも味方にすることはできていないからだ。


 魔力は多いに越したことはないが、『あれ』を破壊するためにも転移の魔法数発分と何人か実力者は魔力を温存しておくべきだとアンジェリカは考える。


 時系列的に魔族撃滅の『相談』に縛られて流星を破壊するために『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネが動けない以上、今の段階ではどうあってもシャルリアの『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』で底上げした光系統魔法以外に流星には対処できない。そして、そうなるとそれを使って魔王が復活するのを止めるのも難しい以上、今日この瞬間にアンジェリカの策を決行するしかなかった。


 ダイヤモンドエリアの機能を使ってできるだけ魔力を集めることには成功している。それで足りるかどうかはやってみないとわからないが。


 そんなわけで(大多数の者たちにとっては)流星を破壊して人類を救うために魔力を託されたアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢、シャルリア、メイドは住民の大半が避難し終わった王都の広場に集まっていた。


 夏の長期休暇、()()()()()、夜。


 脅威は今まさに夜空に輝き、明日を迎える前には落着する流星だけではない。過去に『白百合の勇者』が殺したはずの魔王さえも復活するというのだ。


 それに対応するためにアンジェリカは奔走していたが、別に人類を救うためではないだろう。アンジェリカの護衛として近くに潜み話を聞いていたメイドはだからこそ断言できた。


 自分の主は人類のことなんてカケラも考えていないと。


 流星だけなら下々の者たちを守るのも公爵令嬢としての義務だと当然のように言い放っていただろう。魔王が復活したとしても、誇りは決して折れることはなかったはずだ。


 だけどアンジェリカは見てしまった。

 どうしようもなく追い詰められたシャルリアを。


 今のアンジェリカはおそらくシャルリアをを救うこと『しか』考えていない。本来なら失われるはずのないヴァーミリオン公爵令嬢としての誇りなんて投げ捨てている。


 世界なんてどうでもいい。

 全人類なんて守っている暇はない。

 目の前で他ならぬあのシャルリアが泣き叫んで助けを求めたのだ。その時点でアンジェリカがやるべきことは一つに定まった。


 ……例え世界の摂理を歪めようとも、たった一人の少女を救いたい。必要なら世界中だろうが敵に回しても構わない。あの瞬間、アンジェリカがそう決意したことをそばで見ていたメイドは察していた。


 それが正しいか正しくないかは知らない。

 だけどそういう主に出会ったからこそメイドは世界に絶望することなく今日この日まで生きてこられた。シャルリアからメイドの正体を聞いても一切動じないような主だからこそ、そんな背中であれば支えられる。


 シャルリアのためではなく、あくまでアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢のためにメイドは拳を握りしめる。


 敬愛する主の背中をまっすぐに見つめ──


「指輪……指輪ですわ」


 これはたった一人の少女を救うために大陸中を巻き込み、結果として人類の命運さえも左右する決戦で──


「いえ、これはあくまで魔法道具。充填した魔力を遠隔地から受け取るためのもので、ですから、いやでもこれかんっぜんに指輪ですわっ!!」


 だからもう完全にシリアスな展開のはず──


「左手薬指。いや、いやいやいやっ!! 普通に手渡せばいいだけですし、何なら指につけずとも握っているだけでも問題はなくて、そもそもこういうものはわたくし自身が選びたい……じゃないですわ!! 本当何を考えているのですかわたくしはあっ!!」


「お嬢様。時と場合を考えてください」


「はっ!? うっうるさいですわねっ」


 顔を真っ赤にして叫ぶアンジェリカの手にはダイヤモンド『のようなもの』が輝く指輪があった。ダイヤモンドエリアにため込み、誰でも扱えるよう『調整』した魔力を術者に送り込むための魔法道具。


 本来は王族専用なのだが、今はその制限は解除されている。自動戦闘機能も同様である。


 つまりその指輪には充填・『調整』された魔力を送り込むのと、膨大な魔力を『暴発』させずに扱い切れるよう外から補助する機能だけが残されている。


 第一王子はこのような指輪は持っていなかったので端末には複数種類があるのか、王族専用という制限を解除したりする際に新たに端末を用意したのか、とにかく膨大な魔力を受け取るにはシャルリアがダイヤモンド『のような』指輪に触れる必要がある。


「大体、さっさとシャルリア様に手渡せばそれで済む話では?」


「そ、それはそうですけれど……これは指輪ですよ?」


「ええ、まあ、形はそうですね」


「こういうものはつけてあげるのが礼儀なのではありませんか!?」


「……はぁ。幸せそうで何よりです」


「何ですか、その呆れ顔は!?」


 両手で大事そうに指輪(の形をした魔法道具)を持ちながらアンジェリカが非難するように叫ぶが、この状況でよくもそんなことが考えられるものだ。


 まあ、主が幸せならメイドに文句はないのだが。


 それはそれとして、全部終わったらとことんからかってやろう、と頭の片隅でそう考えるメイドであった。


 と、そこで、だ。

 話を聞いていたのか、いないのか、シャルリアはこう言った。


 左手を差し出して。


「アンジェリカ様。そろそろダイヤモンドエリアの魔法道具から魔力を受け取りたいんだけど。それ、くれる?」


「え、ええ。もちろんですわ」


 左手。

 五本の指。

 その中でも薬指に指輪をつけることは一般的に婚姻の際に行われる儀式のようなものである。


 つまりプロポーズと同義であった。


「シャルリアさん。その、ええと、これは、その、まさかわたくしがつっつつ、つけて、いいのですか?」


「……うん。別にいいけど」


「いいのですか!?」


「だから、いいって。早くしてよ、アンジェリカ様」


「そ、そそ、それでは……いきますわよ」


「うん」


 ゆっくりと。

 両手で包むように持っていた指輪を片手で摘み、アンジェリカは震えながらも慎重にシャルリアの指に通した。



 左手の小指に。



「ここまできてそれはないですよ、お嬢様」


「そこ、うるさいですわよ!!」


 もう顔と言わずに首やら何やら真っ赤に染めたアンジェリカの絶叫が夜の王都に響き渡った。


 だから。

 指輪が光る左手を右手で胸に抱くように包み込み、小さく漏れたシャルリアの呟きを聞き逃していた。


「別に薬指でもよかったんだけど」

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