第六十八話 かつて彼女がその偉業を成し遂げたならば
「死はどんな魔法でも覆すことはできません。話を聞くに魔王だって亡霊の秘奥で魂の霧散を防ぎ、代わりとなる肉体を用意して、魂さえも霧散する通常の死を回避してきたのですよね?」
「う、うん」
「これが前提、魔法における常識ですわ。肉体はともかく魂は死後すぐに霧散します。そうなればどうやってもその存在は蘇生できないというのは優れた魔法使いであればあるだけ常識として理解しており、すなわち不可能だという固定観念に縛られているということです。これまでシャルリアさんが頼ってきた勇者パーティーやエルフの長老の娘、魔族四天王ともなれば魔法使いとして最高峰であるがためにより一層強く縛られていたことでしょう。だからこそ死者を生き返らせるという選択肢は初めから無意識のうちに除外していたはずですわ」
「ええと」
「過去の事例において誰も『死者蘇生』という手札を切ろうとすら考えていないのがその証拠ですわね。さて、シャルリアさん。貴女の光系統魔法は対象を過去の状態に戻すことができます。殺された衝撃で魂が破裂すれば世界中のありとあらゆる存在を数日から数週間ほど過去の状態に戻すことも可能だと。しかし『魂魄燃焼』を使って底上げした光系統魔法でも死者を復活させることはできなかったのですわよね?」
「多分、そうだと思う。色々と記憶が混在していて詳しくは思い出せないけど、それくらいは試しているはずだよ。だからアンジェリカ様が何を狙っているにしても『死者蘇生』は不可能──」
「まだわかりませんか? 歴戦の魔法使いのように固定観念に縛られていなければ気づけると思うのですけれど。シャルリアさんが世界を過去に戻す前に目の前で殺された者たちは今どうなっていますか?」
「…………、あれ???」
「過去の状態に戻る数日から数週間の間に死亡した者たちは確かに存在するはずです。その者たちが全員蘇生不可能であればいくら世界が過去の状態に戻ろうとも殺された者たちは欠けているはずですがそのようなことにはなっていません。つまりシャルリアさんの光系統魔法は死者を生き返らせることができるということです」
「いやだけどそれは私でも制御できない殺された時限定じゃないの? だからこそ私の魔法じゃアンジェリカ様を生き返らせることはできなかったってことなんじゃあ?」
「その可能性が絶対にないとは言い切れませんけれど、威力だけでなく『できること』さえも増やす『魂魄燃焼』と違って殺された時の衝撃で魂の全てを消費して無意識下で発動する光系統魔法はあくまで全世界という広範囲ながら現象としては対象を過去の状態へと戻すというものです。つまり『魂魄燃焼』発動時の光系統魔法と性質それ自体は変わりありません。それで死さえも覆すことができる、ということは『魂魄燃焼』と一人分の魂そのものと同等の魔力が用意できれば同じことができるというほうが理屈としては合っています。ただし『魂魄燃焼』でも魂を完全に燃やし尽くすことはできないようなので死んだ時に魂が破裂した場合でないと死者蘇生はできなかったようですけれど。つまりどこかの時間軸で光系統魔法で死を覆せなかったのは単に魔力が足りなかったというだけなのですわ。それではどうすれば不足を補うことができるのか、シャルリアさんならわかりますわよね?」
「ええっと???」
「まずはブレアグス=ザクルメリア。わたくしの元婚約者に頼るとしましょう」
アンジェリカはすでにシャルリアから『それぞれの事情』は聞いている。
数多もの繰り返しでもって積み上げてきたことは今この瞬間、反撃に向けて繋がっているのだ。
ーーー☆ーーー
シャルリアが死者を生き返らせることができないのには原因がある。
使用魔力量。
『魂魄燃焼』で魂を消費して魔力を用意するのにも限りがあり、それだけでは死者蘇生というこの世の摂理を歪める域にまでは到達しない。
アンジェリカとシャルリアは王城ダイヤモンドエリアを訪れていた。もう夜、しかも事前に連絡がなくとも問題にならなかったのはヴァーミリオン公爵令嬢という金看板のおかげか、それとも現状のブレアグスの立場からか。
応接室でブレアグスと対峙したアンジェリカは開口一番こう告げた。
「ブレアグスさん。王家が隠し持っている莫大な魔力を差し出してくれませんか?」
「こんな夜にいきなりやってきて何を言い出しているんだ?」
「ダイヤモンドエリア。その正体は王族だけが使用可能な魔法道具なのでしょう?」
「ッ!?」
「ダイヤモンド『のような』輝きを放っているのは通常の魔石よりも大量の魔力を充填可能できるように手を加えているから。ダイヤモンドエリアは王族の血筋のみが使用できるよう制限をかけた魔法道具。充填された他者の魔力が誰でも使えるよう『調整』できる、対象となる王族が宿す魔法を強化するために本来術者が扱えきれないほど膨大な魔力を扱えるよう外から補助する、そして理想的な動きで敵を迎撃する自動戦闘機能……ですけれど、今必要なのは本来なら自分自身の魔力しか魔法に変換できないところを誰の魔力でも扱えるよう『調整』できる機能です。王族専用というのと自動戦闘魔法に関しては停止してください。それと、本来術者が扱えきれないほど膨大な魔力を扱えるよう外から補助する機能は残しておいて欲しいですわ。シャルリアさんに強者たちの莫大な魔力を譲渡するのはもちろん、莫大な魔力を問題なく扱えるようにするための外からの補助を用意して成功率を上げるために足を運んだのですから」
「待て。待て待て待てっ!! 普通に最高機密なのにどうしてそこまで知っているんだ!? いやまあ今日魔族相手に使いはしたが、目撃情報を精査したとしてもそこまで詳細に把握できるわけがないだろう!?」
「色々と事情があるのですわ。それで、協力してくれますか?」
「流星対策なんだろうが、にしても無茶苦茶言いやがって。力量以上の魔力を扱おうとすれば『暴発』の危険があるのはダイヤモンドエリアのほうで補助できるがそれも絶対じゃないし、そもそも王族専用という制限を解除するのは並大抵のことじゃない。わざわざ無理してシャルリアが使えるようにしなくても、ダイヤモンドエリアの機能についてはついさっき使って不具合が起きず問題がないと証明された俺が使ったほうがいい。シャルリアはシャルリアで全力を尽くしてもらえばいいだけだしな。どうせ一斉攻撃すれば結果は変わらないなら、無意味なことをして人手や時間を無駄には──」
「できるか、できないか。どちらですか?」
ばっさりと、冷徹なまでに切り捨てるアンジェリカ。
そんな元婚約者を前にブレアグスは呆れたように肩をすくめていた。
「はぁ……。そいつがどれだけ面倒なことかわからないわけないだろうに……はいはい、やるよ、やりますよ! 技術面はもちろん色々と面倒なアレソレはどうにかする。流星が降ってくるまでにはシャルリアにダイヤモンドエリアがため込んだ魔力を送り込めるようにな!! これでいいか!?」
「ついでに各国に適当な人員よりも魔力を充電した魔石を持ってくるよう働きかけてください。今はちょうど人類を守るためという大義名分で多少融通がきく時期ですからいつもよりは簡単なはずですわ。もちろんそれらもダイヤモンドエリアの機能を使って『調整』してシャルリアさんに移譲できる感じでお願いしますね」
「またそうやって……はいはいわかったよ、やるよやればいいんだろっ。その辺は妹のほうが得意だし、何とかしてくれるよう話はしておく。そうすれば流星を破壊して人類を救える可能性が高くなるんだろう?」
「ええ。うまくいけば流星『も』対処可能なはずです」
「意味深だし、詳しく説明する気もなさそうだし、それなのに協力だけはしろってのはふざけた話だな」
「それもそうですね。わたくしが言うのも何ですが、よく力を貸してくれる気になりましたね?」
「まったくだ。俺の気が変わらないうちにさっさと帰ることだな」
しっしっ、と追い払うように手を振るブレアグス。
そんな彼にアンジェリカは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「はいはい、もういいから早く帰れっての」
ーーー☆ーーー
そうしてシャルリアとアンジェリカは帰路についていた。もちろんやるべきことはまだあるが、流石に今日はもう夜も遅い。
「ねえアンジェリカ様」
と、シャルリアはこう尋ねた。
「何をしようとしているの?」
その問いにアンジェリカは当然のようにこう答えたのだ。
「現存する生命体では不可能な魔王撃滅という偉業を成し遂げられる者を呼び戻そうとしているのですわ。できる者がいるなら、そちらに任せるのが一番でしょう?」