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第六十六話 数多もの挑戦の果てに

 

 2319回目(前の記憶を完全に保持可能になって10回目)の時間軸。


相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネやガルドからの情報提供で勇者パーティーなどの人類サイドの情報は大方揃った。


 ブレアグスやガルド経由で第一王女の協力を取り付けて(あくまで流星対応のためということにして)各国の精鋭を集めた連合軍を味方にできたが、それでも魔王には手も足も出なかった。


 心臓を貫かれて、今回もシャルリアは殺された。



 2375回目(前の記憶を完全に保持可能になって56回目)の時間軸。


 魔族四天王だって魔王に全面的に従っているわけではない。魔王の魂が刻み込まれている『娘』ラピスリリア=ル=グランフェイのことは生かしたいが世界中の生命を殺し尽くすことしか考えていない魔王の自我は消したいと考えている(だからこそ魔王に勝てなければ魔王以外のあらゆる生命は死に絶える考えうる限り最悪の悲劇にしかならないのだ)。


『魅了ノ悪魔』クルフィア=A=ルナティリスが管理している覇権大戦の生き残りの魔族とも協力することができた。勇者パーティーやエルフの長老の娘、『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネも合わせれば現存する戦力の中でも最高クラスだろう。


 それでも光系統魔法で引き摺り出した魔王には敵わなかった。


 瘴気に肉も骨も魂さえも腐り落ちるように蝕まれ、今回もシャルリアは殺された。



 2710回目(前の記憶を完全に保持可能になって401回目)の時間軸。


『それぞれの事情』は全てシャルリアの頭の中に入っている。誰がどこと敵対しているのか、誰のことを守りたいのか、どんな理由があってあんなことをしたのか、味方に引き入れるにはどうすればいいのか。迷わず立ち回ることができるので今では北の大国ごと氷漬けになっている魔族四天王の一角『氷ノ姫君』さえも力を暴走させる直前の状態に戻して味方にすることができていた。


 魔王は『娘』に魂を刻み込んでいる。『娘』ラピスリリア=ル=グランフェイの身体が魔王の力を全力で振るっても自壊しないほどに馴染むのは夏の長期休暇最終日だ。その前に仕掛ければ自壊というハンデを背負う魔王を倒すことができる可能性は高くなる。


 それでも魔王には勝てない。

『娘』が完成する最終日前に仕掛けて、自壊のリスクを背負わせてもなお魔王は力づくでシャルリアたちを殺し尽くす。


 腕は千切れ、足は砕かれ、何の抵抗もできずに細切れにされて今回もシャルリアは殺された。



 2850回目(前の記憶を完全に保持可能になって541回目)の時間軸。


 覇権大戦時、魔王は勇者に殺された。

 それでも魂だけが残ったのは秘奥の力に他ならない。『娘』に魔王の魂を刻み込む秘奥には指定した肉体が死した時に魂を自動保存する機能があるのだ。


 つまり、魔王を殺すだけでは覇権大戦の時の繰り返しになってしまう。……そもそもまだ一度も魔王に勝ててすらいないのに、ただ勝つ『だけ』では魔王を完全に殺すことは不可能だということだ。


 魔王を完全に殺すには肉体の死と共に魂を自動回収する秘奥を破壊しないといけないのだが、魔王だってそのことはわかっているからか、基本的には自分で守るし、何かしら足止めされた場合にも対処できるよう色欲以外の大罪の悪魔を秘奥防衛のために控えさせている。


 魔王だけでも勝ち目がないというのに、『魅了ノ悪魔』と同じく大罪を冠とする六体の悪魔をどうやって倒せというのだ。


 数多の召喚に関する魔導書を光系統魔法で復元、古の知識をもとに一度に一体なら最強の悪魔でも退去させることはできたが、それが限界だった。悠長に退去させようと詠唱しているところを狙われては六体も退去させるのは難しかった。


『魅了ノ悪魔』クルフィア=A=ルナティリス()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()六の大罪の悪魔に狂わされた末に黒き絶望に魂を侵され、シャルリアは今回も殺された。



 3210回目(前の記憶を完全に保持可能になって901回目)の時間軸。


 大陸中を精査した。生き残りの魔族、人間、エルフ。それ以外にも様々な種族を巻き込んだ。およそ考えうる手札は使い尽くした。


 それでも魔王には勝てない。

 シャルリアの光系統魔法で生まれる前まで戻そうにも百年以上前──魔王が死ぬ前に戻った時点で漆黒の力で光が塗り潰される以上、それ以上はどうやっても届かない。


 しかも記憶については『──技術ダカラ「バックアップ」モ問題ナカッタシナ』との発言にもある通り、魂を保存・『娘』に刻み込む秘奥に『バックアップ』をとっている。魔力や魔法といった力は不可能でも記憶や人格であれば複製も可能だったので光系統魔法で魂が過去の状態に戻されようが記憶や人格は上書きされる。つまりシャルリアの光系統魔法を浴びれば何の欠損もなく肉体だけが復活するということだ。


 シャルリアの力は『娘』を魔王から解放するためにしか使えない。つまり『娘』という枷を外し、魔王が全力を振るえるようになるためにしか。


 この頃には光系統魔法を浴びせた対象のうち、過去の状態に戻すものと戻さないものと選別できるくらい使いこなせていたが、どちらにしても漆黒に力負けするなら何の意味もない。


 味方してくれた者たちの血肉に塗れて、今回もシャルリアは殺された。



 3328回目(前の記憶を完全に保持可能になって1019回目)の時間軸。


『黒滅ノ魔王』。

 その冠となっている黒滅とは腰に帯びた漆黒の刀。その刀身や全身から溢れる漆黒の力は瘴気とも呼ばれている。


 世間一般で知られている瘴気は魔族だけを強化して他の生命体は殺す力であるが、それはあくまで弱めて調整している時の話。本気の瘴気は無機物も有機物も魔法もそして魂さえも塗り潰して抹消する魔の奇跡。


 名もなき神格のなれの果て。

『第七』に落とされて押しつけられた冥界の女王という穢れを乗り越えて女神に至ったヘルと違い、『第七』に落とされてから長きに渡って穢れを一身に凝縮した末に魔の王に至ったのが『黒滅ノ魔王』である。


 かの存在の力は奇跡と同等。

 魔力というエネルギー源こそ普通の魔法と同じでも、生じる結果は神が振るう奇跡なのだ。


 百年以上前は『白百合の勇者』が『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』を使って殺したが、そのせいで学習した今の魔王は『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』を使うことができる。


 つまり百年以上前よりも今の魔王のほうが強いということだ。


 人類は『白百合の勇者』という突き抜けた最大戦力を失っているというのに魔王は覇権大戦の時よりも遥かに強くなっている。


 どれだけ強い光も魔王の闇の前には無力であり、今回もシャルリアは殺された。



 3366回目(前の記憶を完全に保持可能になって1057回目)の時間軸。


 死が忘れられない。

 1056回の死の記憶が鮮明に思い起こされる。

 そうすることで記憶を保持して『次』に繋げた。その繰り返しでどうにか突破口を切り開こうとした。


 だけど想像していなかった。

 死んだ時の痛みも何もかも正確に思い出せるというのは、すなわちこれまでの繰り返しの数と同じだけ殺されることと同義なのだと。


 いいや、それだけでは足りない。

『それよりも前』の記憶も眠っているだけで忘れ去っているわけではない。何かの拍子に思い出すことはある。何度でも、魂を埋め尽くす勢いで。


 それでも希望はあるはず。

 そう信じようにも、覇権大戦すら生き抜いた猛者に作戦を立ててもらっても、大陸中の戦力をどれだけ使っても、それでも魔王には勝てない無数の前例が否定を繰り返す。


 せめてみんなの命だけは助けてほしいと泣いて懇願しても聞き届けてくれるわけもなく、今回もシャルリアは殺された。



 5010回目(前の記憶を完全に保持可能になって2701回目)の時間軸。


 逃げた。

 人類の命運も何もかも投げ捨てて、アンジェリカの手を掴んでシャルリアは逃げた。


『みんな』を見捨てて、逃げて逃げて逃げて、そして世界は滅びた。


 逃げ場なんてあるわけがなかった。

 魔王は『第七』──この世界を滅ぼすために力を振るっているのだから。


 救われるには魔王を殺す以外に方法はない。

 だけどそれができればこんなにも繰り返してはいない。


 滅びゆく世界と共に、守れなかったアンジェリカの亡骸のそばで今回もシャルリアは殺された。



 何回も。

 何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も繰り返したのだ。



 本来なら敵になるはずの者にだって頼った。

 勇者パーティーと魔族四天王が手を組むというあり得ない状況にだって持っていった。


 世界中に散らばる強大な戦力を集めに集めて魔王にぶつけた時だってあった。


 それでも全然足りなかった。

 ただでさえ強大な魔王が『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』を使って底上げしているのだ。現存する戦力のどれをぶつけても魔王には勝てない。


 世界は救えない。

 どうあってもみんなが、アンジェリカが殺される未来は変えられない。


『繰り返しの果てに記憶の保持ができたならば、これからは過去の失敗をもとに適切な対応が可能なれば。さりとて──』


 ふと思った。

 いつかの時間軸で『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネはこう続けるつもりだったのではないか。


 ──魔王に勝つための道筋がこの世界に存在しない可能性もあるけど、と。


 どれだけ失敗して、経験を積み上げようとも、存在する手札をどう組み合わせても魔王には勝てないほど力の差が広がっていれば何の意味もない。


 無意味な繰り返し。

 死の記憶だけがシャルリアに刻み込まれるだけで。


 肉が抉られ、骨が断たれ、魂が漆黒の絶望に塗り潰され、殺された記憶が忘れられない。過去の記憶。経験を『次』に繋げるために『記憶を保持して過去の状態に戻る』ようにできたからこそ本来なら一度しか感じないはずの死の感触が生々しく魂にまで響く。


 チャンスだけは無限大だ。

 自身の軽傷は癒せないようにシャルリアの光系統魔法は自分には作用しない。それは『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』を使っても同じだったが、殺された衝撃での過去逆行は例外だった。それが救いとして機能しているように見えていたが、もしも勝機というものが世界に存在しないとしたら見え方も変わってくる。


 殺されれば自分も含めて世界は過去の状態に戻って何度だってやり直せるが、それは無限に殺される最悪の拷問という形にもなる。


 諦めなければ何度だって魔王を殺すために行動することはできるとしても、このままシャルリアの心が折れてしまえば──

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