第六十五話 どれだけ失敗しても、たった一度だけ成功すればいい
2310回目(記憶を保持可能になって1回目)の時間軸。
シャルリアは『一つ前の過去の記憶』を完全に覚えた上で過去に戻っていた。『それよりも前の過去の記憶』はまだ朧げだが、完全に消えたわけではなくまだ思い出すことができないだけだ。複数の過去の記憶もまたそのうち取り戻すことはできるだろう。
「うっぷ。うええっ!! 殺された感触がまだ残って……がっぶふっ!? はっひ……うっ……気持ち悪い」
夜。
自室のベッドの上だった。
カレンダーの数字がいくつか×で潰されて、ある日にちに楽しみな感情を隠そうともせずに鮮やかに印がつけられているところを見るに、今日は夏の長期休暇、残り二十九日の夜だろう。
『店員さん』──つまり『魅了ノ悪魔』から選んでもらった服が半分ほど開いたままのタンスから見えている。
「そっか。私、本当に過去に戻ったんだ」
過去への逆行。
それは今に始まったことではなく、それこそ数えきれないほど何度もしている。
殺された衝撃で思い出すことはあっても、過去に戻る際に記憶が埋もれてしまうために正確な回数まではわからないが、決して少ない数ではないだろう。
「はっははっ、はははははは!! よかった、本当によかったよぉ!! 今はまだアンジェリカ様は殺されていないんだ!!」
笑いが止まらない。
今この瞬間だけは脳裏に焼きついた死に顔が現実にはなっていないことに心の底から安堵していた。
『一つ前の過去の記憶』でもみんなは殺された。
アンジェリカが引き裂かれた光景が今でも脳裏にこびりついている。
だけどあれは現実として残ってはいない。
今この時点ではアンジェリカはまだ死んでいないのだ。
なぜそんな不思議なことが起きているのか。
心当たりは一つしかなかった。
「は、はは……ふう。しかし過去に戻る、かぁ。こんなことになったのは私の光系統魔法のせいなんだろうけど、ガルドさんは何も言ってなかった。毎度の秘密主義じゃない限り、ガルドさんでもこんなことになるってわからなかったんだ」
何千もの繰り返し。朧げな記憶の中にはガルドの正体は勇者パーティーの一員である『無名の冒険者』だという信じがたいものがあった。
それほどの英雄でも予期できなかった事態。
とりあえずシャルリアが死ねば『こうなる』みたいだが……。
「『相談役』ジークルーネ。天使? ワルキューレ? どこかの時間軸で説明してもらったみたいだけどよく思い出せない。まあその辺はついでに聞けばいいか。とにかく凄いっぽいあの人ならガルドさんが知らないことでも知っているかも。とりあえず過去逆行に関して聞くだけ聞いて損はないはず」
何せ『こうなる』ことは過去の実例が証明しているが、次もそうであるとは限らないのだ。詳しい仕組みがわからない以上、実は回数制限や発動条件があって死んでも過去に戻れなかったということにもなりかねない。
何千もの繰り返し。
シャルリアが世界を過去の状態に戻さなければあんな悲劇が現実となるのだ。
みんな殺される。
アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢だって。
そんな未来は絶対に阻止しなければならない。
「やってやる……。今度こそみんなを守り抜いてやるんだから!!」
ーーー☆ーーー
ガルド経由で接触した『相談役』ジークルーネ曰く、シャルリアが殺されるとその衝撃で魂が破裂して『全世界』の状態が数日から数週間過去の状態に戻るらしい。
『魂魄燃焼』で魂は消費されていたが、通常は完全に消費する前に魂の形が保てず自壊して死に至るらしい。つまり『魂魄燃焼』を使ったとしても死んだその時点で魂の総量は半分以上残るというのだ。
それほどの力が死の衝撃で破裂、全て消費され、極大の光系統魔法として撒き散らされた結果が過去への逆行(正確にはシャルリアを含む世界に存在するあらゆる存在の状態を過去に戻している)。
普通はそんなことは起こらないのだが、シャルリアは『特別』なのだろうと金髪碧眼の美女は言っていた。
「繰り返しの果てに記憶の保持ができたならば、これからは過去の失敗をもとに適切な対応が可能なれば。さりとて──」
「私は絶対にみんなを救う。アンジェリカ様をもう二度と目の前で死なせない」
シャルリアは言う。
『相談役』ジークルーネとガルドに向けて。
「だから力を貸して。魔王を倒すために!!」
その二十九日後、『娘』の身体を操って全盛期の力を振るう魔王によってシャルリアたちは殺された。
だけど大丈夫。
シャルリアが殺されればその時点で世界は過去の状態に戻るのだから。
どれだけ失敗しても何度だってやり直せばいいだけだ。