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転変 その三

 

 戦いにすらならなかった。

 一方的であったがために。


 夏の長期休暇、()()()

 そこに至る、どこかの未来。


 漆黒の髪に瑠璃色の瞳、()()()()()()()なのか床に引きずるほどサイズのあっていないダークスーツを身に纏った女の子の力が炸裂する。


 シャルリアの父親もガルドも騎士然とした女も特徴的な耳の女の子も派手で色っぽい女も周辺気温を低下させるほどに冷たい女も呆気に取られていた他の客も、そして何より『アン』という平民に扮したアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢も全員が一律で平等に床に押し倒して声も出せず身動きさえ許さないのが最低限。


 シャルリアという敵を相手にするならば殺さずにと手加減する必要もない。その『力』は想像するのも困難なほど強力であっただろう。



 それをシャルリアは光系統魔法で打ち消し続けた。

 反撃に転じることなく、だ。



『どうしてだゾ……どうして攻撃しなイ!?』


『そんなの』


 少しの油断が比喩でも何でもなく死に繋がるとわかっていて、それでも、シャルリアはこう力強く言い放った。


『ラピスちゃんを傷つけたくないからだよ!!』


『ナッ!?』


『魔王とか勇者とか、過去の因縁なんて知らない』


 シャルリアは光り輝く腕でラピスリリアの攻撃を受け止めながら、叫ぶ。


『だって私たちはその娘でしかないんだから!! 親同士の過去の因縁がどうであれ、そんなものに振り回されて傷つけ合うのなんて絶対におかしい!!』


『そんな綺麗事ヲ……!!』


『綺麗事だとしても!! 嫌なのは嫌なのよ!!』


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとしても、シャルリアは気にせず踏み込む。


『っていうか、ラピスちゃんは本当に「こんなの」に納得しているの?』


『何を言っているんだゾ!? こうしてわらわから乗り込んできたんだゾ!!』


『だったら! 納得しているなら!! どうしてわざわざ名乗りをあげたのよ!? 憎い敵がいる。それだけの力がある。だったら真正面から乗り込んでくるまでもなく店ごと私を吹き飛ばせばよかったはずよ!! そうでなくても今からでも人質を使って無抵抗で殺されろとでも命令すればいいじゃん!! そうしないのは、ラピスちゃんの中で葛藤があるからじゃないの!?』


『……ッ!!』


『殺し合いなんてやってられるか』


 シャルリアは言う。

 歴戦の戦士ではなく、戦争なんて知らなくて、その魂に殺しの味を覚えさせていない少女であるからこそ。


『過去の因縁をここで断ち切って、殺し合いなんてしなくていいようにしてやる!!』



 ーーー☆ーーー



 幾度となく力が振るわれ、それ以上の言葉が費やされた。


 だけどそれは無駄じゃなかった。

 命懸けの想いは届いた。


 ラピスリリア=ル=グランフェイは過去の呪縛を振り切って自分の思うがままに──



 ぐぢゅうっっっ!!!! と。

 魔法ではない。超常的な力を纏わないラピスリリアの手がシャルリアの心臓を貫いた。



『う、ぶ……っ?』


『エッ、どうしテ、違ウ、わらわはこんなことするつもりはなかったのニ……ッ!?』


 説得できたはずの女の子が泣きそうな目をしていた。

 彼女の意思ではない。では誰のせいでシャルリアは心臓を貫かれた?


 そこで、ようやく。

 肉体が殺されるほどの衝撃によって魂の奥の奥から搾り出される記憶があった。


 シャルリアはこう思う。


(ああ、そうか。私は……そうなんだ……今回『も』だめだったんだね)


 目の前には唖然と目を見開くラピスリリアの姿があった。こんなことをするつもりはなかったと、違うのだと、年頃の女の子のように顔を悲痛に歪ませて。


 無数の死の記憶が溢れ出す。

 これまで何度も何度も『みんな』が、何よりアンジェリカが目の前で殺された。


 こうなるとわかっていたはずなのに。そう、今更思い出しても手遅れなのだ。


(もっと早く思い出していれば……そうよ、前提となる情報さえあれば立ち回り方も違ってくる。だから手放すな。守り抜け。記憶を残したまま()()()()()()()()()()()()()


 ぴしり、と。

 ラピスリリアの表情が軋む。


 いいや違う。

 今目の前にいるのはラピスリリアではない。


『サァ、ソロソロ天ニ叛逆スルトシヨウ』


 つまり。

 だから。


『魔王……ッッッ!!!!』


『黒滅ノ魔王』。

『娘』を器として生存していた過去の脅威が世界を絶望で塗り潰していく。



 ーーー☆ーーー



 シャルリアの死後、1657回目の全世界の時間の巻き戻しを確認。


 記憶はシャルリアの中に眠っているだけで決して消えてはいない。強く意識して死ぬことができれば死に至る衝撃がなくとも時間の巻き戻し直後にある程度の記憶を思い出すことはできる。


 その結果、以後は試行錯誤の末に記憶を保持したまま世界と共に過去に至る術を身につける。


 最初こそ朧げだった記憶の保持も、652回ほどの繰り返しでもって一つも欠けずに過去に至ることができるようになった。


 つまり。

 2310回目──記憶を完全に保持しての一回目が始まる。



「……ここからが本番なれば。『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネとしての力をどれだけ高めても突破できない『相談』を解決する術を探し出す必要がある」

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