間話 それぞれの事情 その三
・『相談役』ジークルーネ
『第七位相聖女』に力を貸していた超常存在。
本来は『第零』の住人だが、その本質は『第七』──この世界の根幹に根付く『枝』であり、今はその役目を半ば放棄する形で『第零』から現世に降臨した。
『第七位相』そのもの。
『瞳の奥に潜む聖なる存在』。
天使、あるいはワルキューレ。
呼び名は様々だが、その存在の力を一パーセント程度出力可能な『第七位相聖女』が勇者パーティーの一員として数えられていたことを鑑みるにそのものの力は計り知れない。
そう、『相談役』は少なくとも依代として力を貸していた勇者パーティーの一員である『第七位相聖女』よりも強大な力を持つ。神話級というよりは、神話の世界の住人だからこそ。
彼女が地上で活動するには最低でも以下の制約がある。
『相談役』を何かしら行動させるには『相談』すること。その解決のため『だけ』にしかこの超常存在は現世で行動することができない。
『相談』できるのは『相談役』に認められた者、または認められた者からその資格を移譲された者だけ(つまり今は国王から資格を移譲されたブレアグスだけ)。
『相談』を解決するまでは次の『相談』はできない。
これらの制約は彼女固有のものではなく、『同類』が地上で活動するには必ず付与される。……そもそも『同類』は『位相聖女』に力を貸すことはあっても基本的に地上に降臨することはないのだが。
また地上に降臨した影響である程度は力が減衰している。それでも『第七位相聖女』よりも遥かに強く、退魔石の流星くらいなら簡単に破壊可能なのだが。
『魅了ノ悪魔』クルフィア=A=ルナティリスを殲滅するよりも力の温存を選択していたのは現世で力を消費すると回復が不可能であるため。有限の力をいつ誰に使うべきか考えてのことだった(本来いた場所であれば消費した力が回復しないということもないのだが)。
力を全て消費すると存在が消滅する。
そうなれば『第七』の根幹には新たな象徴が埋め込まれるか、他の『同類』が『枝』を伸ばして管理することになる。
彼女のルーツはその呼び名からある程度読み解ける。
プリンシパリティ、すなわち権天使。
地上の国々を統治・支配する存在であり、主権や権力を象徴する。天使九階級の第七位。
あるいはジークルーネ。
勝利を司る乙女であり、死者の中でも勇猛に戦い抜いた真なる強者の魂だけを天の果て、すなわち『第零』に導くワルキューレ九姉妹の七女。
七を冠する存在が習合した存在であること、国王や王子という統治・支配する者の側に『相談役』として降臨したのはプリンシパリティとしての存在に引っ張られたから、その力は天使やワルキューレという象徴に依存しているだろうこと、などだ。
では、『第七位相聖女』に貸し与えられた力はどれがどの存在由来なのか? 治癒や浄化、封印が『第七位相聖女』が出力していた力ではあるが、ジークルーネの勝利という象徴の力だとは思えないことから勝利を冠する力は別にある? そもそも習合しているのは天使やワルキューレだけなのか?
疑問は尽きず、現状ではある程度までしか読み解けない。
そもそもの根本、その存在が神話の中ではなく現世の中でどう定義されているのかは不明である。
ちなみに『位相聖女』という依代に力を貸し与えるのではなく本体が現世に降臨したのはミラユルが大好きだからだ。最後まで誰かを救うために生き抜いたミラユルが守ったものを踏みにじらせないためにジークルーネは『同類』とは違った道を選んだ。
例え、一度役目を放棄して地上に堕ちたワルキューレは二度と天には帰れないとしても。
・第一王子ブレアグス=ザクルメリア
ザクルメリア王国の第一王子。
王城ダイヤモンドエリアを構築するダイヤモンド『のような』輝きを放つ特殊な魔石に充填された莫大な魔力、そしてそれを使って発動可能な王族の血筋のみが使用できる特殊な魔法道具を使用できる。
王族の血筋のみが使用できるよう制限をかけた魔法道具。
対象となる王族に『調整』した魔力を送り込んで魔法を強化するのに加えて、外から補助して膨大な魔力を『暴発』させずに扱いきれるよう外から補助する機能、そして理想的な動きで敵を迎撃する自動戦闘機能がある。
魔力は個々人によって違いがあり、いくら他者の魔力が充填された魔石があろうとも、他人の魔力を使って魔法を使うことはできない。魔法を具現化する回路が他者の魔力には対応していないためだ(亡霊の遺産や魔法道具はどんな魔力にも対応可能な『回路』を搭載しているために誰でも使えるのだが)。
王家秘蔵の魔法道具は魔力を『調整』する機能がある。つまり他人の魔力だろうとも問題なく扱える機能がだ(シャルリアたちに敗北した後の『雷ノ巨人』の発言からもわかる通り『魅了ノ悪魔』も似たようなことができるが、あちらはあくまで自分の魔力を誰でも使えるよう『調整』して譲渡するのが限界であり、他者の魔力にまで干渉はできない)。
そうしてかねてより秘蔵しておいた膨大な魔力でもって自身の身体強化という単純な魔法をどこまでも肥大化させるだけではなく、理想的な動きで敵を迎撃する自動戦闘は魔族さえも殲滅可能な域に達している。
そんな秘蔵の魔法道具さえも持ち出して魔族撃滅に動いているのは『雷ノ巨人』に憑依されていたとしてもその手で王国を内側から腐らせ、多くの命を奪った事実は変わらない、と考えているからだ。
そんな自分が次期国王になるよりも、少々悪巧みが過ぎるが基本的には優秀な第一王女に譲ったほうが王国のためになる、というのも嘘ではない。
だが本音はその手で奪ってきた命に少しでも報いるために一人でも多くの『敵』を葬るべきだという想いからだ。
今もなお覚えている。
忘れられるわけがない。
操られていたから、なんて言い訳だ。自分が弱かったからこそ弟たちや多くの命が奪われたのだ。ならばせめてそれ以上の命を救ってみせろ。それが無様にも生き残った自分にできる唯一の償いなのだから。
・メイド
レアティス=ファフニール。ファフニールとは『白百合の勇者』に殺された魔族の名であり、その戦闘で吹き飛んで捨て置かれていた一部の肉片をある小国が回収・解析していて、そのデータを元に生まれた強化人間──擬似魔族につけられる識別名であった。
覇権大戦の後、ある小国は秘密裏にファフニールをはじめとして複数の魔族の死体をいじくり回すことで得た情報をもとに人間を強化する計画に腐心していた。その計画の最終目標は禁域指定であるファフニールの力の再現だった。
レアティスもそんな計画の被験体の一つだった。
その国では秘匿されたその実験に選ばれることは名誉なことだとされていた。他国には徹底的に隠すくらいには人道に反していると上層部は自覚していただろうに。
元々国に奉仕することが国民の義務だという暗黙の了解があり、その思想が深く根付いていた小国である。レアティスの両親だって子爵ながら貴族でありながら何の抵抗もなくむしろ喜んで娘を差し出していたくらいだ(その衝撃が大きかったからか、実験の影響か、本当の家名は今もなお思い出せない)。
その小国は今はもう存在しない。
その異常なまでの滅私の思想が実は国家上層部に入り込んで国民を洗脳していた悪魔のせいだと判明。大義名分を得たザクルメリア王国が戦争を仕掛けて、悪魔ごと滅ぼしたからだ。
ザクルメリア王国によって小国は打倒され、恨むべき悪魔も殺された。だからザクルメリア王国は正義である、とは限らない。
何せその頃の王国には(ジークルーネではなく、王国本来の)『相談役』なんてものが存在していたくらいだ。最適解を吐き出す解答装置。物心つく前から才能を見出され、余分な感情を除いて最適解を求めるだけの装置という風に作り変えられたものが平然と国王の隣に侍っているような有様だ。レアティスだってその存在が知られれば嬉々として利用されかねない。
だから彼女は戦争後のどさくさに紛れて逃げ出した。
それが七十年ほど前のことだ。
それからレアティスの外見はほとんど変わっていない。
ファフニール再現計画唯一の生き残りにしてファフニールの肉片から採取した遺伝子情報を身体に刻まれた女。つまりは魔族の長寿や魔法能力の高さをある程度は再現しているために彼女の外見はほとんど変わることはなかったのだ(今のところファフニールの力は発現していないのでそこまで深く魔族に近づいてはいないようだが)。
他の被験体は突然発狂して自死したり、内側から崩壊したり、魔法が暴走して吹き飛んだりして誰も生き残っていないことを考えると、彼女は運が良かったほうなのだろう。
それでもいつ不具合が起きて崩壊するかわかったものではないが。
逃げ出したレアティスにアテなんてあるわけもなく、各地を転々とする日々だった。その果てにアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢に出会ったのだ。
数十年も一人で彷徨っていた彼女がメイドとして忠誠を誓うことを望むくらいにアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢に惹かれる何かがあったのだろう。
彼女はメイドになったことを後悔していない。決して真っ当な人生ではなく、いじくり回された身体もそうして得た力も大嫌いだったが、それも主のためになるというならと受け入れられたくらいには。
血反吐を吐いて絶望してばっかりの人生だったが、今は幸せだと胸を張って言える。
・シャルリアの父親
ザクルメリア王国の騎士として数十年勤めた彼であるが、勇者パーティーのように派手で人々の記憶に残るようなことはなくとも多くの命をその剣で救ってきた。
必ず一定の結果は残す。
最強とは呼べずとも、最適に誰かを救ってきたのだ。
彼が騎士であった時に目の前で取り逃した者といえばガルドくらいだろう。逆にいえば勇者パーティーの一員くらいでないと彼から逃れることはできなかったとも言える。
世が騒乱の時代であれば名を馳せていたかもしれないが、彼が生まれたのは覇権大戦も終わって数十年が経ってから。魔族に支配された隣国との戦争さえも過去のものであり、平和そのものの時代なのだ。元来の仏頂面もあってその経歴とは裏腹に平和な時代では人々が歓声を上げるような有名人にはなれなかった。それでも構わなかった。腕っぷしくらいしか取り柄のない自分らしく騎士として荒事を片付ければいいと考えていたからこそ。
そんな彼はシャリアと出会った。
妻となった彼女が『白百合の勇者』だと知ったのは娘が生まれてしばらくしてからであったが、そんなことで妻への愛は変わらなかった。
こんな自分には似合わないと無意識に封じ込めていた飲み屋を開くという夢だって、妻と出会ったからこそ叶えようと思えたのだ。
そんなにも変えられるくらいには妻のことを愛していた。
そんな妻が死んでからは、彼は娘のためだけに行動してきた。光系統魔法という『特別』な力を妻から受け継いだ娘が邪な連中に狙われないよう、また『特別』であっても不利益を被らないよう店が休みの日には必ずといっていいほど駆け回って、娘の未来のためにできることをやってきた……つもりだった。
『今日、一緒にご飯……食べたいなって』
そう言った娘の表情は暗くて。
『いいぞ』
『あ……。作る、今すぐ作るからね!』
たったそれだけのことで喜ぶくらいに一人寂しい思いをさせてしまっていたことに気づいた。
それからは娘との時間もできるだけ作るようにした。気に食わないが、ある程度はガルドに任せておけば丸く収めることができるのもあったが(あまり頼りすぎると娘が殺し合いが基本の日々に巻き込まれて帰って来れなくなる可能性もあるので油断はできないが)。
最愛の娘だけは何があっても守り抜く。
そう妻に誓ったからこそ彼は一度は捨てたはずの龍殺しの異名がある剣を握りしめてどんな強敵だろうとも斬ると決めたのだ。
・アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢
…………。
…………。
…………。
他にも、他にも、他にも。
誰にだって紡いできた人生があり、積み上げてきた想いがある。
それでも死はそんな想いを簡単に消し飛ばす。
どんな想いがあろうが、絶対的な力の前には何の意味もない。
誰もが魔王によって殺された。
その胸に抱いた想いと共に。
だから。
だから。
だから。