間話 それぞれの事情 その一
・『無名の冒険者』ガルズフォード(現在はガルドと名乗っている)
勇者パーティーの一員。
人間限定だが心を見通す『心眼』の魔法や殺した相手の数や質によって自身の能力を上昇させる『能力向上』という特異性の持ち主。
魔族として生まれた彼はこのまま魔王の下にいても自由気ままに生きることはできないと判断。それでいて裏切るには戦力が足りないからと従順なフリをしていた。
覇権大戦よりも前、彼は『白百合の勇者』と出会い、敗北し、『第七』と『第零』以外を掌握するその絶対的な力に希望を見出した。以来彼は『人間の』冒険者としてギルドに紛れ込み、勇者パーティーに属することになり、覇権大戦では人知れず己が持つ魔族側の情報を活かして人類を勝利に導いた。『白百合の勇者』は魔族であろうが敵対しないなら構わないと気にしていなかったし、他の人間はその正体すら気づくことはなかった。
百年以上前の覇権大戦終盤では『第七位相聖女』と共に『雷ノ巨人』と激突。封印ができるほどに魔力を使わせて弱らせることを重点的に立ち回っていた。
それから百年以上経った現在、彼は姿形を変えてガルドとして冒険者をやりながら、その裏では生き残りの魔族を殲滅して裏切り者として命を狙われないようにと様々な後ろ盾や力を得るために尽力してきた。第一王女の手駒として様々な依頼をこなしているのもその一環であり、別に第一王女に味方しているわけではない。
だからこそシャルリアの父親が騎士だった時には共闘することもあれば敵対することもあった。善だろうが悪だろうがお構いなしに縁を繋ぎ利用しようとしていたのだから、状況によって彼の立ち位置は大きく変わっていたのだ(縁を繋ぐには便利なはずの世界を救った勇者パーティーの一員である『無名の冒険者』という立場を捨てたのは長寿の関係から魔族であることがバレることを危惧してではあるが、それ以上に誰かに讃えられるような環境が肌に合わなかったからだ)。
いずれ利用できるだろうとシャルリアの力を開花させたり、第一王女が王位を手にできるよう邪魔な存在を蹴落とすための材料を用意したり、エルフの長老の娘を見つけ出して自分から封印された『轟剣の女騎士』を叩き起こしたりと、とにかく彼はなんだってやってきた。
とはいえ、それだと最初の理由とは矛盾している。自由気ままに生きたいからと魔族を裏切ったのに、自由とは真逆の誰かの都合に縛られて奔走しているのだから。
生き残るためなら姿をくらますほうがいい。
ガルド『だけ』が生き残るためならどうとでもできたはずだ。
彼は自覚すらしていない。
百年以上前の戦争の前と後とでは彼の戦う理由は変わっている。守りたいと、そう思えるくらいの何かが芽生えているからこそ。
・『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズ
勇者パーティーの一員。
北の大国でも有数の騎士の家系に生まれた彼女は物心ついた頃から寝る間もなく鍛錬に励んでいた。騎士になりたいと強く望んでいたわけでも、絶対になりたくないと思っていたわけでもない。
そういうものだから。生まれた頃から定められた絶対の道であり、騎士以外の生き方を望む意思を持つことすら許されない環境だったために。
彼女は十一歳という若さで正騎士となり、十三歳の頃には姫直属の近衛騎士に任命された。年齢が同じで親しいやすいだろう、というのも理由の一つだろうが、単純に大国中を見渡しても彼女以上の実力者は数えるほどしかいなかった──つまり姫の護衛を任せるだけの実力があったからだ。
そこで彼女はリアルル=スノーホワイトに出会った。
北の大国の姫君。物静かながらも誰からも愛されている彼女と出会い、護衛としてそばに仕えたことでナタリーは騎士という人形から自我をもつ一人の人間になることができた。
短いながらもリアルルとの日々は百年以上経っても色褪せないほど大切な思い出であり、だからこそナタリーは己の全てをリアルルに捧げることに迷いはない。
得意技はありったけの魔力を込めて斬撃を放つ轟剣。というかそれしかできないが、力技で空間系統魔法さえも両断することができるほどに強力だ。
彼女は同じ時代に『白百合の勇者』がいなければ必ずや勇者と呼ばれていただろう。それほどの力があってもリアルル=スノーホワイトを守りきれなかった。失ったのが覇権大戦の最中ということもあって自分を呪うように殺意を振り撒いていたが、それでもその剣は自然と誰かを守るために振るわれていた。騎士。そんな彼女のことを姫君は寵愛していたから。
失った直後こそ自暴自棄になって無謀な戦いを繰り返していた。それでも覇権大戦の前から何かと共闘することが多かった『白百合の勇者』のパーティーに加わってその中でも前から知り合いではあった『第七位相聖女』と共に行動した日々で気持ちにある程度整理はついたのか、シャルリアたちの前に現れた彼女が無作為に殺意を振り撒くようなことはなかった。
覇権大戦の初め辺りまではあの『白百合の勇者』とも肩を並べるほどの力を持っていたが、魔王が召喚した『欠番ノ魔』という魔族四天王を遥かに超える怪物と一人で激突。勝ちはしたが、その時に使用した『魂魄燃焼』の後遺症で本来の力を失った。そこからも何度か『魂魄燃焼』を使ったために今の彼女の力は全盛期には遠く及ばない。
百年以上前の覇権大戦終盤では『魅了ノ悪魔』と激突、勝利はしたが死を偽造されて逃げられたことには気づけなかった。
その後、ナタリーは百年以上前の戦争において守りきれなかったリアルルのために『第七位相聖女』の封印の魔法で長い時を眠ることになる。
次に目覚めたら、その時はリアルル=スノーホワイトを救うことになる。そう覚悟していた。
それもエルフの長老の娘を引っ張り出してきたガルドによって台無しにされたが。彼女に施された封印は外から破壊するのは困難だが、内側からなら容易く破壊することができる。わざとそのような形にしたのはいざとなったらエルフの長老の娘のように誰かの補助は必要とはいえナタリーの意思で出られる余地を残していたのだろう。
肉体時間が止まり、精神も眠りについていたナタリーをエルフの秘術でもって叩き起こし、騎士として人々を守るために力を貸してくれとガルドは告げた。そんなことを言われたらナタリーに拒否できるわけがない。
だってリアルル=スノーホワイトはナタリーのことを騎士として寵愛してくれた。誰かのために剣を振るって、どんな悲劇も斬り捨ててハッピーエンドで終わらせられるナタリーが格好いいのだと。
だからナタリー=グレイローズは百年以上の眠りから覚めて、ガルドに利用されるのも構わずに誰かのために剣を握った。そうある自分こそリアルルが寵愛してくれたのならば、例えその手で救えなくなるとしてもやるべきことをやり通すべきだ。
ちなみにリアルルのことは大好きだが、アリスフォリアのことは嫌い。
・『第七位相聖女』ミラユル
勇者パーティーの一員。
戦闘時以外は自主的に両目と後ろに回した両腕を覆うように拘束具を巻きつけた金髪の美女。不用意に力を撒き散らさないため、という理由ではあるが、力を制御できなかったのは幼い頃の話だ。制御可能になって拘束具自体必要なくなっても何かと理由をつけて自身を縛っていたのは普通にそれが性癖になっていたからに他ならない。何なら寝る時は両目や両腕だけと言わず全身ガチガチに縛りつけているくらいだ。
浄化というはっきり言えば教会が金儲けのために独占する理由づけとしての通常の聖女と違って『位相聖女』は神話の世界の超常的存在の力を借り受けることができるほどに『特別』でいる。
『第七位相』そのもの。
『瞳の奥に潜む聖なる存在』。
天使、あるいはワルキューレ。
様々な呼称がある『何か』。その絶大な力を現世に出力する依代である『位相聖女』は様々な偶発的要因で生まれるとされているが、それは今になっても解明されていない。
ミラユルが借り受けている能力は以下の通り。
空間系統魔法の究極たる対象の肉体及び精神時間を完全に停止させて異空間に閉じ込める封印。
大抵の傷や汚染は瞬時に消し去る治癒及び浄化系統魔法。
そして祝福という名の『魂魄燃焼』の使い方を他者に伝授する能力。すなわち魔力の源である魂を生存本能を無視して消費して魔法の威力はもちろん『できること』の幅さえも広げて本人も想像していなかったほどに広域の力を発揮する奥の手が誰でも使えるようになるということだ。ただし魂を消費しすぎると魔法の力を失ったり、魔力が回復しなくなったり、最悪の場合は死に至る諸刃の剣ではあるが。
あくまで力を借り受けて現世に出力しているだけでミラユル自身の力はそこらの人間と大差ないが、だからこそ勇者パーティーの一員として活動できるほどの力を出力できる体質は『特別』だと言っていいだろう。
それこそ歴代の『位相聖女』よりも出力できる力は大きく、『瞳の奥に潜む聖なる存在』の力を一パーセント程度扱うことができたのだ(逆に言えばその程度でも勇者パーティーの一員として絶大な力を発揮できていたほどに『何か』の力は飛び抜けていたということだが)。
『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズとは覇権大戦前から何かと共闘することも多く、知り合いではあった。その縁からナタリーの主である姫とも顔を合わせる機会はあった。
だから信じられなかった。
絵本の中の光り輝く騎士のように格好よかったナタリー=グレイローズがあんなにも変貌していることが。
勇者パーティーに合流した時の彼女は常に殺意を振り撒いていた。何かの拍子にその切先がこちらに向いてもおかしくないと、そう思えるほどに。
……そんな状態のナタリーでも強いならいいじゃんという理由で招き入れるのが『白百合の勇者』だというのは昔からの付き合いで理解はしていたが。
勇者パーティーに合流した直後のナタリーの荒れようは酷かった。ミラユルが間に入って宥めていなければ自分勝手の極みである『白百合の勇者』や何かと余計なことばかり言う『無名の冒険者』と殺し合いになっていたはずだ。
そう、普通に血くらいなら飛び散るのが勇者パーティーの日常ではあったが、それくらいでとやかく言うようなお利口さんが覇権大戦を生き残れるわけがない。少なくとも仲裁する側だったミラユル自身誰も死なないならまあいいかと思うほどで、あくまで殺し合いに発展するのを止めていてそうでないなら剣を抜いて斬り合う程度は適当に流していたくらいなのだから勇者パーティーの倫理観とか普通に終わっていた。
そんなわけで流血上等のとんでもなく物騒なパーティーだったのだが、そんな中でもナタリーは誰かが悲劇に巻き込まれそうになっている時は誰よりも早く駆けつけていた。口では悪態ばかり吐き出すというのにその剣は自然と無辜の民を救うために振るわれていた。
憎悪に満ちた目にはそれ以上の深い哀しみに溢れていた。
だから、おそらくは、いつも撒き散らされている殺意はナタリー自身に向けられたものだったのではないか。
どうにかしてナタリーを笑顔にしてあげたいと、いつしかそんなことばかり考えていた。
やがて己の主である姫を守りきれなかったことと、姫に対する恋心を彼女自身の口から聞くことができたのはそれなり以上に仲を深めている証拠だっただろう。そこで、ようやく、ミラユルはナタリーのことが好きになっていることに気づいた。気づいてしまった。
百年以上前の覇権大戦終盤では『無名の冒険者』と共に『雷ノ巨人』と激突。肉体と精神の時間を停止させる封印でもって憑依で逃れることさえ許さず『雷ノ巨人』を封殺した。
戦争は終わったが勇者パーティー全員が『魂魄燃焼』の使いすぎで魂が摩耗し、寿命や全盛期の力を失った。魔法や魔力、そして生命の根幹。生命体を構築する超常的な力は魂に依存しているため即死しなかっただけ運が良かったほうである。
とはいえ『無名の冒険者』のようにある程度で済んだ者もいれば、『白百合の勇者』のように力や寿命の大半を失った者もいるが。
『無名の冒険者』は魔族であり、魂が破損してもまだ余裕はあった。
『白百合の勇者』はミラユルに封印してもらい、その間に『第七位相聖女』がかけた治癒の魔法で自然治癒能力を促進して魂の修復を選択(それでも復活できるかどうかは怪しく、そのまま死ぬことも十分ありえたが、『白百合の勇者』は少しでも長く生きるために賭けることを選んだ)。
『轟剣の女騎士』もまたミラユルに封印してもらうことを選択したが、それは万が一『氷ノ姫君』が復活した場合にその手で斬るためだ。そのため彼女の封印は北の大国を凍りつかせた力が広がらないよう施していたもう一つの封印が破れた場合には自動的に霧散するよう調整している。その時、初めて、彼女は小さく笑った。『ありがとうであります』とそう告げて。……うまく笑い返せたかどうかは自信はなかった。
そして『第七位相聖女』であるミラユルは自身を封印することはなかった。時間をかければある程度寿命を取り戻せるかもしれない。だけど戦争によって荒れ果てた『今』こそ『特別』な自分の力を求める人間がいるはずだと考えて。
彼女は戦争が終わった後、各地を巡った。魔族四天王の一角である『創造ノ亡霊』の凶悪な遺産を破壊したり、傷ついた人たちを癒したり、自分にできることを精一杯頑張って生き抜いた。
『位相聖女』とは教会が『特別』な人間を仕分けして管理、利用するためのものだったが、始まりがどうであれ彼女の魂は聖女と呼ぶに相応しいものだった。
だからこそ、そんな彼女が大好きな者は人間だけでなく他種族にも多く、『ミラユル教』なんて立ち上げたら一国の軍隊を遥かに超える『力』が結集する勢いだった。何なら彼女がうっかり国が欲しいとでも言えばミラユル王国なんて出来上がりかねないくらいには。
当の本人はそんなことになっていることに気づいてすらなく、だからこそ恋愛関連の騒動を無自覚に引き起こすのも珍しいことではなかった。
……もちろんミラユルの周りは怪物揃いだったので騒動とは罵り合うような可愛いものではなく、ガルドが悪態をつきたくなるくらいには物騒で凶悪なものだった。覇権大戦という特大の騒動に埋もれただけで時代が時代なら歴史的な大事件として記録されていたはずだ(あまり詳細が残っていないのは『第七位相聖女』のブランドを下げたくないお偉方の思惑などもあったのだろう)。
そんな彼女の死体は現在、教会の奥深くに秘密裏に保管されている。『第七位相聖女』だからというよりは、当時の教会の権力者による個人的好意がきっかけというのだから、生前の彼女がどれだけ好かれていたかがわかるというものだ。
ちなみに美化された歴史書の中ではなくガルドのような実情を見てきた少数はミラユルこそ最悪のトラブルメーカーではあったが、なんだかんだでミラユルがいたからこそ勇者パーティーは内部分裂せずに戦い抜けたと思っている。
それくらい彼女の善性(というか無自覚のたらし能力)は大きかった。おそらく彼女がいなければ自分勝手の極みだった当時の『白百合の勇者』と守りきれなかった姫のことで頭がいっぱいで殺意を振り撒いていた『轟剣の女騎士』とで普通に殺し合いに発展してどちらかが死んで人間は魔族に敗北していただろう。
ちなみにナタリーのことは大好きだが、リアルルのことは嫌い。
・アリスフォリア=ファンツゥーズ
エルフの長老の娘ということにしているが、正確にはエルフの世界に君臨する支配者の双子の妹。『初代』光系統魔法の使い手やこの世界の女王(つまりこの世界では実質的に女神と扱われている)ヘルとも友好関係にある彼女の本名はフレイヤ。その名はこの世界では『第七位相聖女』ミラユルにしか教えていない。
女神暦以前から生きている彼女の知識は現存する生命体の中でも抜きん出ている。またエルフの秘術と呼ばれる魔法とも異なる才能に依存しない──魔法と違って修練すればいずれは会得できる──技術の始祖でもある。使用には基本的に詠唱と魔力が必要。詠唱は破棄も可能だが威力は大幅に落ちる。
基本的に長寿なエルフ基準であるためか、人間の短い一生では秘術を使えるほどに魂を昇華させることは不可能とされている。……『あの女』の裏技は例外である、という注釈付きではあるが。
転移の魔法の使い手でもあり、百年以上前の覇権大戦では勇者パーティーに協力していた。魔族四天王の一角である『創造ノ亡霊』がエルフの住む島を襲った際に勇者パーティーが助けてくれたから、というのが表立った理由だが、仲間にも明かしていない本音は違う。
正直な話、『第七位相聖女』ミラユルに一目惚れしたからだ。
長い歴史の中で人間から与えられた迫害よりも、胸を射抜いた恋のほうが大事だった。というか実際に迫害してきた『奴ら』ならまだしも人間全体を恨んでも意味がないというのが彼女の持論である。何千年も生きる身でそんなこと言っても憎悪に歯止めが効かなくなるだけだ。
そもそも『好き』は何よりも優先されるべきだろう。
覇権大戦後は生き残りのエルフと共に人里離れた山奥で生活していたが、ガルドに見つかって力を貸すよう頼まれた。断るつもりだったが、ミラユルが守った世界を守るためと言われたら拒否もできずに協力。自ら封印された『轟剣の女騎士』の精神を起こし、封印の外から声を届けられるよう秘術を使い、ガルドの口車に乗せられて『轟剣の女騎士』もまた表舞台に顔を出すことになった。
ちなみにミラユルのことは大好きだが、ナタリーのことは嫌い。
・『氷ノ姫君』リアルル=スノーホワイト
百年以上前までは大陸でも一、二位を争う規模だった北の大国の姫にして魔族四天王の一角『氷ノ姫君』になった女である。
限られた者しか知らないことであるが、北の大国の王家には薄いながらも魔族の血が混ざっている。その血が色濃く現れたのがリアルルであった。
見た目こそ人間と大差なかったが、その身体能力も魔力量も何より扱う魔法の強大さも尋常ではなかった。
もしも彼女が幼き頃にその特異性を感じ取って王家の護衛さえも掻い潜って会いに来たアリスフォリアに秘術を施してもらっていなかったら無意識下に地の底から吸い取った力を制御しきれず内側から吹き飛んでいたことだろう。
そこからアリスフォリアとの秘密の関係は始まった。
後に護衛騎士となるナタリー以外には誰にも知られることはなかったが、月に一度のお茶会がリアルルにとっては何よりも幸せなものだった。
大国の姫として常に気を張らないといけなかったが、長生きな小さい友人の前では普通の恋する女の子でいられたのだ。
それも覇権大戦、そして彼女の特異性によって壊れることになるのだが。
魔族としての特徴が色濃く現れている彼女が成長すれば姿形も魔族のような異形のものに変わるのではないか? そのせいで周囲に王家の血筋に魔族のものが混ざっていることがバレるのではないか? そう国王は考えてしまった。
覇権大戦の最中であったのも問題だっただろう。その頃は魔族への憎悪は大陸中を埋め尽くす勢いであり、ほんの些細な『疑い』であっても隣人を魔族(あるいはその仲間)だと思い込んで治安維持の側であるはずの騎士が歪んだ正義感で民を殺すことさえ起きていた。
そんな中、王家の血の秘密が露見すれば王族の権威は失墜するかもしれない。いいや、それどころか民衆に囲まれてその命さえ奪われかねなかった。
そう考えた国王は姫を殺してでもその可能性を抹消しようとした。
皮肉にも実の父親から侮蔑の感情を向けられ、多くの騎士を差し向けられた。その時にリアルルが縋るように口にした『ナタリー』という名を聞いた国王は希望を折って確実に殺そうと考えたのか、『ナタリー=グレイローズなら喜んで貴様を見捨てたぞ。貴様の護衛たる彼奴がこの場にいないのが何よりの証拠だ』と吐き捨てた。……実際には王命によって遠くに追いやられそうになって、それでも違和感を拭えずに駆けつけようとして複数の騎士に足止めされていたのだが、実の父親に裏切られ、殺されかけて、弱り果てていたリアルルはその悪意を信じてしまった。
だから北の大国は氷の底に沈むことになった。
自己防衛なのか、悲嘆にしろ憎悪にしろ何かしらの感情が爆発した結果なのか、完全に覚醒して暴走した彼女の力は大国を丸々氷漬けにして、自身もまた氷の中に閉じ込めた。唯一ナタリー=グレイローズだけを除いて。
後の調査でその力は彼女だけのものではないことが判明した。
地脈や龍脈と呼ばれているものの本質。惑星の根幹を維持する莫大な力──通称『星の力』を吸い込んで自身の実力を底上げしており、無理に外から刺激を加えたら暴走した彼女の力が大陸全域に及ぶかもしれないし、何より反射的な迎撃のために『星の力』を吸い上げすぎて惑星そのものが自壊する可能性もあった。
何より彼女が振るう氷結は肉体及び魂の状態を完全に停止させる。つまり単に凍っているのではなく『第七位相聖女』の封印のように概念的に対象を封じるというわけだ。
だからこそ覚醒した力を評価されて魔族四天王の一角に任命された彼女には手出しすることが固く禁じられた。被害拡大を防ぐために氷漬けされた北の大国の外側から『第七位相聖女』の封印が施されているが、それも中にいる『氷ノ姫君』が全力を出せば突破できる程度でしかない。
だから『第七位相聖女』はその封印と『轟剣の女騎士』の封印とを繋げて、『氷ノ姫君』が封印を破った際には『轟剣の女騎士』も解放されるよう調整した。『氷ノ姫君』が正常な判断能力を維持できていればいいが、己の力を制御できずにいるくらいだ。その精神はとっくに力の暴走に呑まれて壊れている可能性もある。
ゆえにいざとなればその手で自らの姫を救うつもりである同じパーティーの仲間の意思を尊重した形であった。
ちなみにアリスフォリアのことは大好きだが、ミラユルのことは嫌い。