第六十二話 世界最後の日に食べたいものは その九
夏の長期休暇、残り二十日。
『無名の冒険者』や『轟剣の女騎士』という勇者パーティーの一員。
エルフの長老の娘・アリスフォリア=ファンツゥーズ。
そして『白百合の勇者』と同じく光系統魔法の使い手であるシャルリアの一斉攻撃であった。
着弾と同時に『崩れた』のか粉塵が流星を覆っていた。
確かにシャルリアたちの一斉攻撃は流星に対して損害を与えたのは粉塵に覆い隠されていようとも明らかだった。
唯一、その性質ゆえに一斉攻撃には参加できなかった『相談役』ジークルーネが感情の読めない虚無な瞳で夜空を見上げて、一言。
「やはりこの程度では完全な破壊は不可能なれば」
ゴッッッ!!!! と流星が粉塵を引き裂く。
『崩れた』からかそのサイズは多少小さくなっているが、それでも十分に王国を滅ぼして氷河期の到来を告げるに足るほどには巨大な退魔石が王都に迫っていた。
何度も繰り返せばもしかしたら破壊は可能かもしれない。だけどそう簡単に繰り返せるほど簡単なものでもない。
ガルドは先の攻撃で魔力の大半を使った。
『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズだって多大な魔力を消費した上に全身の筋肉が内側から断裂しているほどだ。
エルフの長老の娘・アリスフォリア=ファンツゥーズの先の攻撃は最上位の秘術だった。余力はほとんどない。
それはシャルリアだって同じだった。
今のままでは同じ攻撃をもう一度放てるかどうかも怪しい。ましてや何度もなんて不可能だ。
だから。
だから。
だから。
「私が──」
「どうせ完全破壊は不可能なんだから引っ込んでいろ。俺たちに戦力を無駄にする余裕なんて一切ないんだからな」
何事か言いかけたナタリーをガルドが制する。
視線だけでガルドを射抜いて殺しかねないナタリーだったが、それ以上は何も言えずに自らを呪うように剣を鞘に戻していた。
「なあ、シャルちゃん。どうする?」
残酷なのは理解していた。
だからこそガルドは率先して自分から役目を果たしていた。
『こういうの』は自分の役目だ。
自分を恨んでいる者などそれこそ行列待ちするくらい大量にいるのだから、そこに一人加わったところでなんということはない。
……『あの女』の娘を守れずに、ましてや結果的に殺すために背中を押している事実に、しかし今だけは目を背ける。
誰かがやらなければならないのだ。
そうしないと何も残らない。
だったらシャルリアを殺し、恨まれるのは自分──
「ありがとうね、ガルドさん」
「あ……?」
それは、予想外の言葉だった。
恨み言なら覚悟していた。嫌だと叫ぶのならば説得するためにいくらだって酷い言葉を投げかけただろうし、最悪の場合はアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢を人質に無理やり言うことを聞かせる必要だってあっただろう。
それくらいは覚悟していた。
そうしないと最終的にはシャルリアも含めて誰もが死に絶えるのならば、そうするのが結果的により長くシャルリアを生かすことに繋がるのだから。
だから恨み言なら受け止められた。
どれだけ泣き叫ぼうとも嫌がるシャルリアの背中を押すことだって。
だけどこんなの予想できるわけがない。
どうしてここで恨まれるべき自分に向かってお礼の言葉が出てくる?
「ガルドさんのおかげで私は『みんな』を守り抜くことができる!!」
「……ッ!?」
『あの女』──シャルリアの母親は自分勝手な女だった。
自分のためなら国だろうが世界だろうが好きに歪めることに躊躇はなかった。その莫大な力をあくまで自分のためだけに使ってきた。
その裏に誰かの思惑があろうともそんなこと気にせずに自分のしたいことをしたいように貫いて、結果的に誰かの思惑さえも自分勝手に振り回していた。
だけどそれはあくまで『あの女』だ。
娘であるシャルリアは似ていても違う生き物なのだ。
『あの女』であれば、今にも泣きそうな顔でそれでも自分に言い聞かせるようにあんなことは言わない。他人なんて、ガルドなんて気遣って言葉を選んだりはしないのだ。
「……チッ。クソッタレな祝福の使い方は腕を動かすように意識せずとも身体が覚えているはずだ。ただし魔法を初めて使った時のように制御できずに馬鹿みたいに垂れ流したらすぐにくたばるから気をつけろ。無駄遣いせず、流星が消滅したら即座に使うのをやめる必要があるってことだな。見ていて無理そうだと判断したら流星が消滅した段階で俺がシャルちゃんをぶん殴って気絶させてでもやめさせる。それでいいな?」
「うんっ! その時はよろしくね、ガルドさんっ!!」
怖くないわけがない。
それでもシャルリアは恨み言一つこぼさずに拳を握りしめた。
そうしないと『みんな』が守れないから。
自分以外の誰かを優先するその姿はまさしく『あの女』とは違った。
「ちなみに最低限の消費で済んだとして、どれくらい残るの?」
「あくまで推定ではあるが、おそらく一年も残らないだろうな」
「そっか。まあ、しゃーないよねっ」
シャルリアは笑っていた。
心から、のわけがない。
その笑顔はガルドを気遣ってのものだ。
そこまで追い詰めたのはガルドだ。それでも、だからこそ、自分勝手にも彼は何も言えずに目を背けたのだった。
ーーー☆ーーー
夏の長期休暇、残り二十一日。
流星落着まで残り一日。
ガルドが連れてきた二人のうちの一人、金髪碧眼の美女は『相談役』ジークルーネと名乗った。
そのままの勢いでこう告げたのだ。
『祝福として「魂魄燃焼」を授けます。王国を脅かす魔族を撃滅するという「相談」を果たすための戦力調達なれば。さりとて祝福をどう使うかはシャルリアが決めること。流星を破壊することに使っても構わない』
『ええっと……うん?』
『はいはい俺が説明するから。ったく、神だの天使だの天の超常存在はなんでもわかって当然って顔で語るからやりにくいんだ。そんなんで伝わるわけないだろうに』
『……? なぜ??? 簡単な話のはず』
『はいはい俺が悪うござんしたねっと。それじゃシャルちゃん。久々のお勉強の時間だ。つってもそんな難しい話じゃないんだがな。魔法だの魔力だのってのは魂に依存している。「魂魄燃焼」ってのはその魂を普通じゃ不可能なほど多量に消費できるようにする。祝福というか欠損というか、とにかく生存本能を狂わせて生物の根源的禁忌である魂を消費することを可能にする技術ってわけだな。それでも消費できる魂は半分も満たないんだが、それはともかく。魂なんてものを普通じゃ考えられないほど消費すれば負荷もそれなりだ。その分だけ魔法の威力はもちろん、魔法で「できること」も普段以上に多くなるとしてもな。言ってみれば火事場の馬鹿力を極限まで高めた自爆特攻的なもんか』
『自爆特攻?』
『ああ。何せ本来なら生存本能が働いて絶対に不可能なのを祝福で無理やりに魂を消費させるってんだからな。使いすぎると魔法や魔力を永遠に失うこともあるし、寿命が縮むこともあるし、まあ、なんだ。魂なんてもんを使うんだ。最悪普通に死ぬわな』
『…………、』
『それでも、俺の予想が正しければシャルちゃんが「魂魄燃焼」を使えば被害ゼロで流星を処理できるはずだ。とりあえず流星について星読みの巫女に解説してもらってから──』