第六十話 世界最後の日に食べたいものは その七
天を覆い尽くしているかのように巨大な光があった。
流星。
魔力を弾く性質を持つ退魔石の塊は十キロ前後。そんなの小さな島がそのまま降ってくるようなスケールだ。
明日の朝を迎えることなく流星は落着する。
阻止できなければまず王国が跡形もなく吹き飛び、その次に舞い上がった粉塵が空を覆って日光を遮り氷河期を迎えて人類は滅亡する。
──流星そのものではなく、落着の際の衝撃波や粉塵を外側からドームのように魔法で囲い込む案もあった。その場合王都は消し飛ぶが、少なくとも氷河期を迎えての人類滅亡は阻止できる。
だが、落着の衝撃で流星の表面は砕かれる。それが衝撃波に乗って炸裂する以上、外側を魔法で囲ったところで凄まじい勢いで撒き散らされる退魔石の粉塵に破られる可能性はある(魔法を作用させる範囲を広げればその分だけ一点の強度は落ちるので一概に流星本体を避けて『外側』への影響を阻止するほうが簡単だとも限らないということだ)。
それに、あのサイズの流星が落着した場合の影響は完全には想像しきれない。落着の衝撃で惑星軌道がズレて環境が激変するかもしれないし、自転が狂う可能性もある。
安全策で王都やその周辺を見捨てたとしてもその後がどうなるかは未知数。ある程度の犠牲を許容してでも安全策を選んだはずがどう転んでも人類滅亡は避けられなかったなどとなれば本末転倒だ。
その辺りを精査する時間はなかった。
だからこそ確実に人類を守り抜くためには流星本体を破壊しなければならないのだ。
……それはそれで流星破壊時に生まれる衝撃波などが撒き散らされてまったくの被害ゼロにはならないにしても。
全て承知の上でブレアグス=ザクルメリアは現場指揮を任せられた者として責任を取るつもりだった。
まずはとにかく流星をなんとかしなければならない。
どれだけ困難でも、不可能だとしても、今は全力で足掻いて犠牲者ゼロのハッピーエンドに向かって突き進む時だ。
「──ここに集まったのは所属も何もかも違う者たちだ。中にはザクルメリア王国など滅んでも構わないと考えている者だっているだろう」
王都の外。
そこに集まった大勢の者たちに向けてブレアグスは言う。
王国の騎士はもちろん、各国の騎士や兵士、教会保有の私兵に冒険者。中には猛将や一騎当千の強者と呼ばれるような歴戦の実力者だって集まっている。
各国に絶大な影響力を誇る教会の働きもあっただろう。
(王の血を途絶えさせてはならないという建前で)すでに国境付近に退避している第一王女の悪巧みで弱みを握られて仕方なく馳せ参じた者だっているかもしれない。
あるいは金のためなら命だってかけられる者だって。
理由はそれぞれだ。決して綺麗事だけでなく、様々な思惑や悪意だって混ざっているだろう。
「それを否定はしないし、変えろとも言わない。生きて明日を迎えればこの中のいくらかとは今まで通り敵対するのも仕方ないだろう」
それでも、だ。
「だけど、これだけは確かだ。ここで流星を破壊できれば人類が救われる。だから今だけは色んなもん全部呑み込んで力を合わせよう!! 今日この瞬間だけは安っぽい正義感だと普段は表に出せないことだって我慢しなくていいんだ! 人類を、世界を救うんだと、そんな子供の頃一度は夢見た英雄のようなことを成し遂げられるチャンスなんだから!!」
ブレアグス=ザクルメリアは拳を振り上げる。
高らかに宣言する。
「さあ、やってやろうぜ、英雄ども!! 『白百合の勇者』のような『特別』な奴がいなくても世界の一つや二つ救えるんだってことを証明してやろう!!」
ーーー☆ーーー
隠しようもないほど夜空に大きく輝く流星。
朝を迎えることなく流星はこの国に落着し、国そのものを跡形もなく消し飛ばし、大量の粉塵を舞い上げ太陽を覆い隠してやがては大陸全域を極寒の地獄に変えて滅ぼすことだろう。
避難誘導もどれだけ意味があるのか。
王都からは大半の人間が避難しているが、どこまで逃げようともあの巨大な流星が落着すれば大陸全域が極寒の地獄に変わる。奇跡的に単純な破壊から逃れることができたとしても、やがて全ての国が滅びを迎えるのだ。
そんな結末を阻止するために各国から精鋭が集まっている。他人事として流すわけにはいかないというだけではここまでは集まらなかっただろう。多くの国に影響を及ぼす教会が動いたり、悪巧みが得意な第一王女が綺麗事ではない『理由』を用意したり、多くの要因が重なり合って国の垣根を超えて猛将や一騎当千の強者と呼ばれる者たちが集結したのだ。
王都の外に並ぶ大勢の実力者。
公的には『雷ノ巨人』を撃破したアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢もまたその中の一人である。
(これだけの実力者が集うことはもう二度とないでしょう。それでも……魔力を弾く性質を力づくでねじ伏せて、あの流星を破壊することができるかどうかは怪しいところです)
ここまでの人員が揃ったのは奇跡に近い。
それでも、だ。
天を覆っているのではと錯覚するほどに巨大な流星を破壊するには心許ない。
「せめて店員さんが巻き込まれないくらいには砕くことができればいいのですけれど」
「らしくもなく弱気ですね。というか私の心配はしないんですか?」
「わたくしに仕えるメイドであればわたくしと共に生きて死ぬべきでしょうに、どうして心配する必要があるのですか?」
「はいはい、それもそうですね」
肩をすくめるメイド。
夜空が流星に埋め尽くされる。迫るは破滅。落着を許せば最終的に大陸全域を滅ぼすどうしようもない自然災害である。
(シャルリアちゃん……)
現場指揮を取るブレアグスの指示が下る。
流星に向けて一斉攻撃が仕掛けられる。
そして──
ーーー☆ーーー
奇跡は起きなかった。
流星は多少表面を削られた程度であり、そのままの勢いで王都に向かって迫り来る。
ーーー☆ーーー
誰もがこれから巻き起こる悲劇を思って顔を歪めて目を伏せた。
自分が死ぬのはもちろん、命懸けでも守りたい者たちさえも失われるのだと思い知らされて。
だから。
だけど。
アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢だけは目を逸らすことなく真っ直ぐに流星を見上げていた。
その瞳に絶望の色はない。
なぜなら来ると、逃げているわけがないと、信じているからだ。
瞬間、王都のほうから先の一斉攻撃が霞むほど強大な力が流星に向かって放たれた。
複数の力が混ざっているが、その中でも一際強烈な力があった。
『暴発』。
純粋な魔力の一撃。
脳裏に浮かぶは一人の少女。
目元から腰まで覆うように伸びたボサボサの茶髪、絵本の中の魔女のように全身真っ黒なローブにとんがり帽子をかぶった彼女に決まっている。
すなわち、
「遅いのですわよ、シャルリアちゃん」
まだシャルリアという希望が残っている。
ならば絶望するには早いだろう。