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第八話 怪鳥のやきとり その二

 

 ──今日はやきとり感謝デーだ。その意味をアンジェリカはすぐに思い知ることになる。


「おらーっ! お前らあーっ!! ひっく。とにかくお父さんにじゃんじゃん焼いてもらうからちゃんと食べろよこんにゃろーっ!!」


 もう客商売の基本をぶん投げた有様であった。少しでも空いているところがあれば即座にやきとりを放り込んでいくとか真っ当な人間が見れば怒ってもおかしくない。それこそ場末の飲み屋だからこそまかり通る光景であった。


 初めこそ色んな種類のやきとりが食べられて幸せだと顔を緩ませていたアンジェリカであったが、基本的に味が濃いタレがたっぷりなやきとりを次から次に持ってこられては流石に胃が限界を訴えかけている。


 美味しいものはいくらでも食べられる、とはよく言うが、何事も限度があるのだ。


「て、店員さん……。そろそろ限界なのですけれど」


「ふうん。『こんなに美味しいならいくらでも食べられそうです!!』と言ったのは嘘だったんだ?」


「い、いえ、それは……」


「べっつにいいけどねー。ふんだ。……アンさんの嘘つき」


 拗ねてそっぽを向くシャルリア。

 きらりと目元で光ったのは涙だろうか。


 これならまだ怒ってくれたほうがマシだった。


「……、嘘ではありません」


 そんな悲しそうな顔をされては、黙ってはいられなかった。ここで立ち上がらずにいつ立ち上がるというのか。


「いくらでも食べてあげますわ!!」


「じゃあ追加でどうぞっ!!」


 切り替えが早いにもほどがあった。先程の悲しそうな顔は何だったのか、やきとりの山を満面の笑みで放り込んでくるシャルリア。


「あら? てん、いん……さん?」


「はい、めしあがれ☆」


 後ろのほうで常連たちが『みんな一度はハイになったシャルちゃんにやられるんだよなあ』とか『完全に酔ったような状態にならないとあそこまでできないってのが残念だがな。俺は可愛い女の掌の上でならいくらでも転がされたいぜ!』とか『あれを自覚して使いこなせるようになったらとんだ悪女の出来上がりだっつーの』とか言っていたが、やきとりの山に圧倒されているアンジェリカはそれどころではなかった。


「ねえ。まさかとは思うけど、やっぱり嘘ですなんて言わないよね?」


「わ、わかりましたわよ。食べればいいのでしょう!? やってやりますとも!!」


 最終的にアンジェリカが酔いではなく満腹感で机に突っ伏したところで影が薄く印象に残らない客が『お持ち帰りしてもいいっすか?』と革新的なことを提案したことでやきとり感謝デーは終了となった。色々と染まりきっていない新参者だからこその着眼点だと大盛り上がりであったが、酔っ払いがその程度のことも気づけないのはいつものことである。



 ちなみに後日、酔いのような何かが覚めて冷静になったシャルリアが『私は公爵令嬢相手に何をやっているのよお!?』と頭を抱えてこれはもう流石に『不慮の事故』待ったなしではと震えることになるのだが、それはまた別のお話である。



 ーーー☆ーーー



 数日後。

 アンジェリカが店を訪れると同時にシャルリアは勢いよく頭を下げていた。


「アンさんこの前は迷惑かけてごめんなさい!!」


「迷惑……? ああ迷惑だなんて、そんな……少し驚きましたけれど、終わってみればああいうのもまた楽しかったですよ」


「そ、そう? 軽蔑してない?」


「していれば、こうして店に来ることもありませんよ」


「そっか。……本当にごめんね」


 そうやってしゅんとしているシャルリアを常連たちはニヤニヤと見ながら酒を楽しんでいるので(そうやって常連になる者もいるほどだ)、売り上げ的には短期的にも長期的にもプラスになるというのだから普段どんな客層が足を運んでいるかがよくわかるものだ。


 とりあえずアンジェリカがビールを注文したところでシャルリアはこんなことを漏らしていた。


「やっぱり魔法を使いすぎて疲れた時に店に出るのは控えないとなぁー。どうしてだか、ひどく酔っ払った時みたいに暴走しちゃうし」


「わたくしとしてはたまにはあんな店員さんもアリなのですけれど」


「……、なんか酔っ払いの馬鹿どもに似てきたよね」


 そんなに醜態晒す私は面白いの? と不貞腐れたように吐き捨てるシャルリアに、アンジェリカは目を細めてこう告げた。


「いいえ、かわいいとそう思いましたわ」


「ぶっふふ!? なんっ、ばっ、はあ!? なんでそうなるの!?」


「何でも何も、そう思ったというだけですけれど」


「な、なんっ」


 あまりにもストレートすぎて言葉を詰まるシャルリア。呼吸を整えて、意趣返しのように、


「どうしてその素直さの十分の一でも例のシャルリアちゃんとやらの前で出せないのよ?」


「そっそれは、仲良くなろうと意識すると緊張して空回りするのですから仕方ないではありませんかっ。店員さんとは緊張する前に仲良くなれたのでどうにかなっているだけです!!」


「仲良く……」


「え? もしかしてなれていませんでしたか? 単なる客と店員だというのにわたくしが勝手に勘違いしていただけですか!?」


「あ、違うよっ!」


 シャルリアは思わずそう言っていた。

 目の前にいるのは学園ではあんなにも嫌味たっぷりなヴァーミリオン公爵令嬢だとわかっていても、なお、自然に口が動いていたのだ。


「私もアンさんとは仲良くなれたと思っているよ」


 その一言で本当に嬉しそうに微笑むアンジェリカを見て、シャルリアは何とも言えずに視線を逸らしていた。


 少なくともこの店の中であれば仲良くなれているはずだ。その『外』でどうなるかはまだわからないにしても。



 ーーー☆ーーー



 お持ち帰りしたというやきとりを認識できないほどに影が薄い部下から受け取った『彼』は一口齧り、そしてこう言った。


「なるほど。だからこそあの時ヴァーミリオン公爵令嬢は()()()のか」


「ほぼ間違いなくっすね。で、これからどうするっす?」


「少し考える。方針が定まるまでは観察に留めておけ」


「了解っす」

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