第五十九話 世界最後の日に食べたいものは その六
夏の長期休暇、残り二十一日。
流星落着まで残り一日。
夜。
シャルリアは閉店後、空を見上げていた。
一層強く輝く星。普段なら綺麗だと思うところだが、あれが落ちてきて王国を吹き飛ばすとなればそんな風には思えるわけがなかった。
……常連の馬鹿どもは星を見ながらの酒も悪くないと流星を肴にビールをがぶ飲みしていたが、あの手の馬鹿は例外中の例外である。
普通なら怖いに決まっていた。
逃げたいと思うに決まっている。
どんな理由があっても、それでも震えが走るのは止められない。もちろん今更逃げ出すつもりはないが、怖いという気持ちを抑えられるかどうかはまた別の話だ。
これが歴戦の戦士であればうまく感情を制御できるのだろうが、どれだけ『特別』な力があってもシャルリアの本質はそこらの平民と変わらない。力が強くとも心まで強いわけではないのだ。
それでも。
「頑張ろう。頑張って生き残って、そして……もう一度、今度はあんな風に台無しにすることなくアンジェリカ様とお出かけしたいな」
そんな願いがあれば頑張れる。
どれだけ怖くても拳を握りしめることができる。
だから。
だから。
だから。
「よお、シャルちゃん」
「相談内容:魔族の魔の手から王国を救う、その方法は? 現在進行中の『相談』を達成するための戦力調達なれば。……そういう形に誤魔化すことができればミラユルの意思を無駄にしなくて済む」
「はあー……今日も星は綺麗ね」
「ガルドさんと……ええと、誰?」
声をかけてきたのはガルドと謎の美女と巫女(?)だった。
一人は網タイツにガーターベルト、赤い蝶ネクタイ、真っ黒なバニーガールという衣装を白い羽が縫い付けられたコートを上からマントのように羽織って覆った金髪碧眼の美女だった。
もう一人は巫女装束とでも言えばいいのか。こちらの女はシャルリアには視線も向けず、夜空を見上げて熱い吐息を吐きながらうっとりしている。
瞳がまるで無機質のように虚無に満ちた金髪碧眼の美女はこう告げた。
「人の子に祝福を授けます。その魂を燃やして定めを覆すように」
「はい?」
「はふう。あんな力強く綺麗な光を浴びながら死ねたらどれだけ気持ちいいんだろう。わたしだけだったらこのまま殺してくれていいのに。……ん? ああ、わたしは祝福とかそういうのはさっぱりだし興味ないわ。星の話になったら参加するから、それまでは放っておいて」
「ええと」
「つまり勇者パーティーのように不可能を可能に変えようって話だな。用法用量を正しく守らないとぽっくりだから気をつけるんだぞ」
「ぜんっぜんわからないんだけど!? せめてちゃんと説明してよ!!」
ーーー☆ーーー
そして。
夏の長期休暇、残り二十日、夜。
流星はもうすぐそこまで迫っていた。
ーーー☆ーーー
「お嬢様。腹ごしらえしていきましょう」
そう言ってメイドは腰掛けるアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢の目の前にそれを並べた。
もつ煮込みや焼き鳥、そして何よりだし巻き卵。
あの小さな飲み屋の料理だけではなく、シャルリアの手料理さえも、だ。
「あ、これは店員さんやその父親が避難する前に作り置きしてもらっていたんですよ。お嬢様のためにと私が頼み込んでですね」
実際には今も王都に残っている父親やシャルリアに頼んでのことだったのだが、その二人はとっくに避難していると(シャルリアに頼まれる形で)メイドからアンジェリカに報告している。
なので適当な口実を並べたということだ。
「今回は大陸全土の国が動くほどにやばいらしいですからね。英気を養ってから挑みませんと」
「メイド。世界最後の日に食べたいものは何ですか?」
「え……? うーん。とにかく高くて美味しいものですかね。どうせ世界が終わるならぱーっと散財したいですし」
「わたくしにとってはこれがまさにそうです。特に店員さんの手料理だなんて最高ですね」
「お喜びになられたようで何よりです」
「だからこそ、まだ食べられません」
アンジェリカは席を立つ。
今は幸せに背を向ける。
「ここで口にしてしまったら世界最後の日だからと満足してしまいそうですもの。そうならないために戦うのですから、口にするのは全てを解決してからでないといけません」
さあ、戦おう。
何の憂いもなく幸せな味を噛み締めるために。
ーーー☆ーーー
シャルリアは自分で作っただし巻き卵を摘もうとして、その手を止めていた。
メイドから頼まれてアンジェリカのために作った残りだが、母親との思い出の味でもあるこれを食べるのは全てが終わってからでもいいだろう。
「一仕事してから食べたほうが絶対に美味しいよね、うん」
昨日、ガルドはこんなことを言っていた。
『流星破壊のためにシャルちゃんの力を貸してくれ』
『まあそのつもりだったから別にいいけど』
魔法の使い方や『暴発』の制御方法を教えてくれた師匠であるガルドにはシャルリアが『特別』なのはバレている。だから力を貸してくれと言ったのはそうおかしなことでもない。
共に戦うだけなら受け入れられた。
だけど問題はその後だ。
(……何も救えずに全てを失うくらいなら……だけど祝福に頼らなくても何とかなるかも……)
「ああもうっとにかく今はやるだけやるっきゃないよね!!」
できることならば祝福を使わずに済めばいいが、万が一の時は覚悟しないといけない。
「なんとかなる。大丈夫に決まっているんだから」
そうして店を出たシャルリアを彼らは出迎えた。
『無名の冒険者』ガルズフォード……だったガルド。
『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズ。
『第七位相聖女』ミラユル……に力を貸していたというか力の源であった『相談役』ジークルーネ。
そこに『白百合の勇者』と同じく光系統魔法が使えるシャルリアが合流した。
「勇者の枠がこの子であれば変則的ではあっても勇者パーティー復活と言っていいかもでありますね」
「勇者パーティー? なんで???」
シャルリアが首を傾げると、ナタリーは呆れ顔でガルドを横目に見つめて、
「おいクソ野郎。まさか何も説明していないのでありますか?」
「まあ、いいじゃないか。そんな過去のアレソレなんてよ。大事なのは今、何を成すかだ」
「忠告。勇者パーティー復活とするには不足が多い。特に『相談役』として『相談』中なれば、『第七位相聖女』の代わりは不可能。……そうでなくてもミラユルの代わりだなんて誰にも務まらない、絶対に」
「はいはいそれだけは言いたかったんだな。ナタリーもそんなマジで言ってないから重く受け止めないでくれ。……はぁ。ドロドロ四角関係にまさかの新手、それも神話の世界の住人とか取り扱い間違ったらどうなることやら。ミラユルも面倒なの残して死にやがって。鈍感系ハーレム主人公が一番にくたばったら誰がこいつらの手綱を握るんだっての」
「にゃーはー! お喋りはそこまでだにゃあ。もう連合軍が動くからあーしたちも急がなきゃっしょー!!」
と、そこで虚空から現れた全身無数の薄い布で覆い、首に炎のように輝く黄金の首飾りをかけた女の子、エルフの長老の娘であるアリスフォリア=ファンツゥーズがそんなことを言った。
相変わらずシャルリアは何も聞かされていないので彼女の名前すら知らないのだが。
「ねえ。流星なんとかしたら私に隠していること、全部説明してくれるよね?」
「何のことだ?」
「ガルドさん。私が違和感すら感じていないと思っているならそれはちょっとふざけすぎだと思う。これでも昔からの付き合いなんだから」
「あー……どうしても?」
「どうしても!!」
「わかったわかった。あまり面白い話でもないが、それでもいいならな」
ここに集まった者たちの力だけ見るなら魔王を倒して世界を救った勇者パーティーの再来と言ってよかった。
これだけのメンツが揃えばもう一度世界を救うことだってできるはずだ。