第五十七話 世界最後の日に食べたいものは その四
夏の長期休暇、残り二十五日。
流星落着まで残り五日。
巨大な流星が迫っているという王国からの公的な発表があった。第一王女は流星の粉砕に失敗すれば王国ごと避難中の民も消し飛ぶのだから避難誘導に時間や人員を食うのは無駄だと判断していたが、第一王子ブレアグスが強行した形である。
だったら現場指揮はブレアグスに一任する、となった。流星の粉砕に成功すれば現場指揮を委任した第一王女の手柄になるよう調整した上でだ。
そんなことで犠牲者を一人でも減らせる可能性があるなら構わないと即決するのがブレアグスという男なのだが。
そんな事情で開始された避難誘導の合間にブレアグスは『相談役』へと流星を粉砕するためにはどうすればいいか『相談』したのだが、
「『相談』進行中につき、追加の『相談』は受け付けられないとなれば」
「どういうことだ、『相談役』!? 『魅了ノ悪魔』はとりあえず追い払ったはずだ。なのにどうして次の『相談』が受け付けられない!?」
「相談内容:魔族の魔の手から王国を救う、その方法は? というのが現在進行中の『相談』なれば。それはまだ終わっていないので他の『相談』は受け付けられません」
「……ッ!! つまりお前は流星の対応はできないということか? どうしても!?」
「そういう存在なれば」
「直接関与は無理でも、今の戦力で流星が粉砕可能かどうか予測するとかもか?」
「そういう存在なれば」
「それでこの国が跡形もなく吹き飛べば王国を救うこともできないはずだ。魔族の手ではなくても王国が滅べば『相談』を解決するもなにもあったものじゃないだろう!? 魔族という部分を抜きにして王国を救うために行動はできないのか!?」
「そういう存在なれば」
「くそっ!!」
目下最大の脅威は魔族だと思っていた。だから王国秘蔵の『最大戦力』である『相談役』は魔族の対応に回すのが正解のはずだった。
『第七位相聖女』という勇者パーティーに力を貸していた超常存在そのもの。神話の世界の存在であれば少なくとも魔族四天王とも互角に渡り合った『第七位相聖女』と同格かそれ以上の力を使えるのだ。それだけでも流星粉砕の可能性は大きく高まる。
それを、ブレアグスが使えなくした。
・『相談役』は少なくとも依代として力を貸していた勇者パーティーの一員である『第七位相聖女』よりも強大な力を持つ。神話級というよりは、神話の世界の住人だからこそ。
・『相談役』を何かしら行動させるには『相談』すること。内容にはある程度の具体性が必要(つまり漠然と助けてくれなどというものは適応されない)。その解決のため『だけ』にしかこの超常存在は行動できない。
・『相談』できるのは『相談役』に認められた者、または認められた者からその資格を移譲された者だけ(つまり今は国王から資格を移譲されたブレアグスだけ)。
・『相談』を解決するまでは次の『相談』はできない。
そういう存在だと国王から説明は聞いていた。
だというのに、不用意な『相談』によって肝心な時に使えなくしてしまったのだ。
予想していなかった。
何の前触れもなく、少しの積み重ねもなく、一切の予兆もなく、こんな自然災害が出てきて直接王国を滅ぼしにかかるなどとは。
「とにかくやれることをやるしかない。『魅了ノ悪魔』や新たに出てきた自称魔王の娘だって放置はできないからな。流星にばかり戦力を割けないんだ。『相談役』を魔族のほうに割くのは決して無駄じゃない」
己に言い聞かせているという自覚はあった。
第一王女が(一応の安全圏に避難できたので)お得意の悪巧みで各国の英雄や猛将と呼ばれる者たちを巻き込むために奔走しているし、教会も腹の中はどうあれ人類が滅亡しては困るので各国に働きかけている。そのおかげで相応の戦力は集まる予定だが、それでも……、
「もしかして選択を間違ったか?」
ーーー☆ーーー
夏の長期休暇、残り二十四日。
流星落着まで残り四日。
ブレアグスの指揮下で騎士団の迅速な誘導もあって王都からほとんどの人間がいなくなった。
残っているのは流星に対応する騎士や冒険者、国王をはじめとした一部のお偉方(国王やブレアグスが残るならと王の血を次代に残すために仕方なくという建前で第一王女は率先して避難している。なのでブレアグスの好きにできている面もあるのだが)、あとは王都が滅びるなら一緒に死ぬと頑固として避難しなかった者たちくらいである。
というわけで王都の片隅にある小さな飲み屋はどんちゃん騒ぎであった。
こんな時でもいつも通りな客層であったために。
「冒険者のくせにこの稼ぎ時に逃げ出すとか馬鹿な連中だぜ。今から逃げ出しても流星に巻き込まれて死ぬ可能性もあるんだし、それならワンチャン流星ぶっ壊して生き残れる可能性を狙ったほうがいいだろ!! それに何より国が破格の報酬ばら撒いているしな!! こういう時こそ命を賭けて金を掴むべきだっての!!」
「騎士の臨時報酬はちんけなものだけどな。有事の際には命を賭けてでも国を守るのが騎士だって? はいはいやりますよやりゃあいいんだろうが!! くっそ! あいつら騎士のくせにこっそり逃げ出しやがって!! 全部終わったらどこに隠れていようが見つけ出してぶん殴ってやる!!」
「なあ、シャルちゃん。俺たちは別にいつ死んでもいいくらいのつもりで馬鹿やっているから構わねえが、シャルちゃんはいいのか? 今からでも逃げたほうがいいんじゃねえか?」
その問いに。
店の中を軽やかに駆け回っていたシャルリアはこう答えた。
「『みんな』で世界を救うんだし、逃げる必要ないよ。それとも『みんな』は負けるつもりで戦うの?」
その答えに常連たちは腹を抱えて笑った。その通りだと、勝てばいいのだと、大船に乗ったつもりで任せろと、口々にそう返す。
本音はどうであれ、シャルリアもまた覚悟しているとわかった。それでも残ることを選んだのならば、これ以上外野からとやかく言う必要はない。
理由なんて様々だ。
それでも最後にはどんな形であれ残って戦うことを選んだのだ。
ならば今は決戦に向けて英気を養おう。
酒の席でつまらない悲壮感なんて出してはせっかくの酒が不味くなるだけなのだから。




