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第五十六話 世界最後の日に食べたいものは その三

 

 その小さな飲み屋はシャルリアにとって母親との思い出の場所でもあった。


『お揃い? お揃いにしたいってなにそれ!? いいよいいよ、いいに決まっているじゃん!!』


 母親とは服から何からお揃いだった。

 それくらい大好きだった。


『うん、だし巻き卵上手に作れたね。これは将来は大陸中に名を馳せる天才料理人よ、間違いない!!』


 母親がそんなに褒めてくれるから、シャルリアにとってだし巻き卵は思い出の味になっていた。


『二人とも、大好きだよ』


 母親は死んだ。

 元からそんなに身体が強くなかった……らしいが、シャルリアから見て母親はいつだって元気そうだった。


 最後の最後まで笑っている顔しか思い浮かばない。


 そんな母親と一緒に暮らした家を、思い出を、流星になんかに壊させてたまるか。


 ──命よりも大事なものはないのかもしれないが、それでもシャルリアは命をかけることを即答した。


 思い出のためだけだったならば、少しは躊躇もあったかもしれない。シャルリアの力を間近で見ているアンジェリカがあそこまで危惧していたくらいなのだから光系統魔法の『暴発』でも流星は破壊できずにそのまま巻き込まれて死ぬ可能性だってあるのだから。


 命を賭ける、なんて気軽にできるわけがない。

 思い出がどれだけ眩いものでも、それだけで死ねるほどシャルリアは振り切ってはいない。


 だったらどうして即答できたのか。

 そんなの決まっている。



 他の誰もが逃げ出したとしても、アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢は決して逃げないとわかっていたからだ。



 貴族としての義務を、誇りを、その胸に抱く彼女は当然のように流星に立ち向かうと思っていた。


 だからシャルリアも即答できた。

 他ならぬアンジェリカのためならば命をかけられた。


『店員さん』としての返事を保留していたのはアンジェリカに余計な心配をかけたくないので『店員さん』は避難したとメイドからアンジェリカに報告してくれるよう相談したかったのが一つ。


 そちらはすでに済ませている。『店員さん』は避難して、『シャルリア』は王都に残るとアンジェリカは思い込むだろう。


 だから、もう一つを──



「お父さん、働きすぎだよ。休んだほうが良くない?」


 店に帰って、シャルリアは父親にこう告げた。


「というわけで気軽に羽を伸ばせるようちょっと旅行にでも行ってきていいよ。あ、お金とか諸々は学園の友達が出してくれるから心配しないで! 私はちょっと用事があって一緒にはいけないけど、だけど、とにかく今すぐにでも旅行にいって羽を伸ばそう、ね?」


「シャルリア」


「大丈夫、お店なら心配いらないって! 何日か空けるくらいなら全然大丈夫だよっ。なんならお客さんもみんな旅行に連れていったら楽しいよね、うん、それがいいよ! みんなで逃、じゃなくて、旅行にいこう、そうしよう!! だから──」


「シャルリア」


 それ以上、シャルリアは言えなかった。

 流星によって王国が消滅する可能性がある、と本当のことを言えずに、旅行などと嘘をついてでも父親を避難させようとしていた理由はその目にある。


「俺はこの店から離れるつもりはない」


 そう言うと思っていた。

 だから本当のことは言えなかった。


 言えば、父親は思い出と共に死ぬと思ったから。


「それは、このお店にはお母さんとの思い出がつまっているから? だけどたまには背を伸ばしたほうがいいよ。じゃないと、いつかお父さん……だから、だから!!」


「シャルリアはどうするんだ?」


「え……?」


「シャルリアが『旅行』にいくなら、俺もついていってもいい」


 それは。

 それだけは。


「私は……大事な用事があって、だから……いけない」


「そうか。なら俺も『旅行』にはいけないな」


「お父さん……」


「思い出は確かに大事だが、それより大事なものが目の前にあるんだ。それを見失うようなことはない。だから、シャルリア」


 ぽん、と。

 頭に手を置き、乱暴にかき混ぜて、父親はこう言った。


「俺のことは気にするな。シャルリアはシャルリアの大事な用事としっかりと向き合うんだ」


「うん……うんっ! わかったよ、お父さん!!」


 もしかしたら、だ。

 父親は何か知っているのかもしれない。


 どこまで、だとか、なぜ、だとかそんなのはわからない。だけど知っているのならば、知っていてなおそう言えるのならば、シャルリアの危惧は余計なことだったのかもしれない。


 こんなにも大きな手をした父親のことを、若輩者である娘が心配するのがそもそもの間違いなのだ。


 シャルリアが知る父親は大きい。

 言葉で多くを語らずとも、いつだって助けられてきた。


 だから。


「あ、でもそれはそれとしてたまにはちゃんと休んでよねっ。お母さんみたいにある日突然とかなったら泣きじゃくってやるんだから!!」


「ああ、約束する」


 後ろを見る必要はない。

 周りを気にする必要はない。

 余計な心配なんて必要ない。


 ただただ真っ直ぐに自分のやるべきことを、大事な用事を成し遂げればいいだけだ。



 ーーー☆ーーー



 それから少し経って、シャルリアが去ってから父親は一つ息を吐いていた。


『事情』は知っている。そしてシャルリアの言葉で娘が残って戦うと決めたことも知った。


 だから。

『事情』を説明し終えた辺りでシャルリアが帰ってきたからと今の今まで隠れていたガルドにこう告げたのだ。


「いくらでも利用されてやる。だからなんとかしろ」


「心配せずとも最初っからそのつもりだ。正直な話、流星『なんか』にいつまでも構ってられないからな」


「……なんだ、もう解決策が浮かんでいるのか?」


「いいや? このままじゃシャルちゃん込みでも流星粉砕は絶対に不可能だけど? ……はっはっ! 普通に絶体絶命なんだな、これが」


「それでも、流星『なんか』だと? それほどだったのか、自称魔王の娘とやらは」


「シャルちゃんの母親が生きていれば、なんて現実逃避しているくらいにはな」

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