第五十五話 世界最後の日に食べたいものは その二
王立魔法学園。
その屋上でのことだ。
「お嬢様。シャルリア様をお連れしました」
「ええ、ありがとう」
アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢はメイドには労いの言葉を投げかけながらも、シャルリアに向ける視線はまだ鋭利なものだった。
……そこらの幼子なら泣き出しそうなくらい鋭かったが、これでもマシになったほうである。
「シャルリアさん」
「なに?」
「お話をしましょう」
と、そう切り出したのが十分前。
そこから見つめ合って、待ちに待って、それでも会話はなかった。
「ええと、アンジェリカ様? お話とはいったい???」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいな! 物事には順序というものがあるのです!!」
「は、はあ」
「ごほん。シャルリアさん。これは本来なら昨日言っておきたかったのですけれど──わたくしは昔、異形の化け物に変貌したことがあるのです」
…………。
…………。
…………。
「は、はあ」
あれ? 流星に関する話をするつもりなのでは??? と思ったし、いきなりすぎて受け止めるのに時間がかかったが、よくよく考えてみると『雷ノ巨人』はこんなことを言っていたはずだ。
『その瘴気は、まさか、わたくしの身体をあんな風にいじくり回したのは!!』
『やっぱり気づくか。というか気づかせてやったんだしな。アンジェリカの予想した通り、俺様はこの力でお前を異形に変えたことがある』
あの会話から考えるに、瘴気を浴びたことで異形の化け物に変貌したということだろう。今は特に後遺症とかもなさそうなのでよかったと思う。
なぜこのタイミングでそんな話をしたのかはわからなかったが。
「そんなわたくしを救ってくれたのがシャルリアさん、貴女です」
「え……?」
「王都から秘密裏に離れようとしていたわたくしの馬車を白い光が包み込みました。その光がわたくしを異形から人間に戻してくれたのです」
「それが私の魔法だったの?」
「はい。あの光は間違いなくシャルリアさんのものでした。王都の近くにあった小さな森はご存じですよね? あそこでおそらくは広範囲に光系統魔法を放ったことがあるのでは?」
「確かに昔、そこで魔法の練習はしていたけど……っていうか最後には吹っ飛ばして……あ、そういえばあの森で初めて魔法を使うのが成功した時、調整できずにそこらじゅうに撒き散らしたっけ。あれは女神暦992年の5月くらいだったような?」
「わたくしが救われたのは女神暦992年の5月14日です。光系統魔法の使い手がシャルリアさんの他にも存在していて、偶然にもシャルリアさんが魔法の練習をしていた場所でさらに偶然にも広範囲に魔法を展開してわたくしを救ってくれた、などとは流石にあり得ないでしょう。となると、わたくしを救ってくれたのはやはりシャルリアさんですね」
「そう、なんだ」
シャルリアとしては偶然以外の何物でもなかった。
だけどアンジェリカにとっては違ったのだろう。
深く、深く。
あのアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢が頭を下げたのだ。
「な、ちょっ、何やっているのアンジェリカ様!?」
「ありがとうございます。シャルリアさんはわたくしの恩人ですわ」
「わかった、わかったから頭をあげてよっ」
「しかし」
「しかしも何もないって! 私のやったことでアンジェリカ様が救われたなら嬉しいよ。だけどそんな大袈裟に頭を下げられても調子が狂うだけだし。偶然が重なってよかったね、でいいじゃん」
「……必ずお返しはするとして」
「さらりとなんか言っているし」
「もちろん有耶無耶になっている『雷ノ巨人』討伐の功績をわたくしのものにしてしまう代わりとなるお返しも忘れていませんからね」
「そっちはもう忘れていると思っていたのに!! お返しばっかり膨らんでいくよお!!」
本当気にしていないのだが、アンジェリカはその辺りはきちんとしておきたいのだろう。
「シャルリアさん」
「なんだよう。絶対に土地とかいらな──」
「ありがとうございます」
「……うん。どういたしまして」
そこで終わればよかったのだが、もちろんそんなことはない。
アンジェリカは改めるようにこう告げた。
「わたくしは命の恩人を死地に追いやるのは本意ではありません。それでも、ヴァーミリオン公爵令嬢としてこの国を救うためならば個人の感情は無視するべきだと考えます」
つまり。
だから。
「この国を滅ぼす規模の流星が迫っています。その流星を破壊するにはシャルリアさんの力が必要です。協力、してくれますか?」
「うん、いいよ」
即答するとは思ってなかったのだろう。
アンジェリカらしくもなく唖然としていた。
すぐに切り替えてはいたが。
「もしかして冗談だと思っていますか?」
「まさか。アンジェリカ様がそんな冗談言うわけないよね」
「流星は魔力を弾く性質を持ちます。その性質を力づくで破らないと流星は破壊できません。それは大陸中の精鋭を集めても成功するかどうかは予測ができません。もしも破壊できなければ……死ぬのですよ?」
「だろうね。だけどさ」
シャルリアは言う。
真っ直ぐに。
「私にだって守りたいものはある。命をかけてでもね。だから気にしないでよ。これは私が自分で決めたことだから、絶対に負い目とか感じないでね?」
「シャルリアさん……」
「私としてはアンジェリカ様にこそ避難してほしいくらいだけど……逃げてって言っても逃げないよね?」
「もちろんです」
「だったら一緒に頑張ろうっ! 私たちで流星をぶっ壊して全部まるっと救っちゃおうよ!!」
「ええ。ええ、そうですね!」
ーーー☆ーーー
アンジェリカとシャルリアが王都を散策(一部の人間はデートとも呼んでいる)した時のことだ。
『お返しのため……そうです、今回の目的はあくまで巨人の……ごほんごほんっ。お返しを差し上げるためで、そのためには……はっ!? 土地を買いにいきましょうそうしましょう!!」
『はい!? なに土地って!?』
確かにこのような会話はあった。
だが、それはアンジェリカと『店員さん』の内緒話であったはずだ。
となると。
『なんだよう。絶対に土地とかいらな──』
シャルリアのあの発言は公爵令嬢なら土地くらいお返しで渡しそうという想像からの発言ともとれるが、もしもそうではなく前に土地を渡されそうになったことを知っていたからこその発言だとすれば。
シャルリアと『店員さん』がどこかで繋がっていて、密かに情報共有をしている?
それとも──
「まさか、そんなわけありませんわよね」
シャルリアと『店員さん』は雰囲気が似ている。
だからといってまさか同一人物なわけがないだろう、とアンジェリカはそう自分に言い聞かせるのだった。
ーーー☆ーーー
「やばい……。私が『店員さん』だってバレたかも」
アンジェリカと別れて学園の外に出たシャルリアは今まさに己の失言に気づいたところだった。
土地云々の話は『店員さん』に話されたものであってシャルリアは知らない情報だ。それを前提にしたようなぼやきを漏らすなど、気づいてくださいと餌を投げているも同然である。
「バレたら……うん。バレたら今まで黙っていたことを謝ろう。謝って、もしも許してくれたら……そしたらどうなるんだろう。今まで通りでいられるのかな」
そうなれれば最高だが、果たしてそれだけで済むのか。
アンジェリカときちんと向き合うことになったら、この心地よい空気がどう変わるのか読めなかった。
先に進んだら、この関係はどう変わるのか。
漠然とした不安から今まで現状維持を選択したきたが、バレてしまえば否が応でも向かい合うしかない。
『答え』は未だ見つかっていない。
アンジェリカと友達になる。果たしてそれがシャルリアが心から望む『答え』なのかどうかさえも。