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間話 ある女性の一生

 

 勇者と呼ばれる存在は過去にも何人か存在した。

 しかし現代において勇者といえば『彼女』を指し示すようになったのは、それだけ『彼女』の成した偉業が人類史の中でも燦然と輝くものであったからだろう。



「味が薄い。パサパサしている。『他のところ』はもっと美味しそうなのにい!!」



 黒髪に純白の百合を模した髪飾り、魔法使いならこれだろうと常に真っ黒なローブにとんがり帽子という魔女っ子スタイルの『彼女』の嘆きであった。


 それが世界を変えるきっかけだった。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() なんでそんな面倒なことしないといけないのよ。……九つとかそれこそ絶対にいらないわよ、ばかっ!!」



 明確な分岐点はここだっただろう。

 光系統魔法に目覚めて、『できること』を理解して、その上で『彼女』はガルズフォードとかいう魔族の男に向けてそう答えた。



「いやあ、さいっこう! 三食美味しいものが食べられる物資の充実、生態系の改善、そして技術革新!! ここまで世界を変えられるなんて光系統魔法様々だよねっ!! ……ん? あたしはいい人じゃないよ。自分の欲望のために『世界』を歪めるとか普通に悪党に決まっているじゃん。仮にも『第七位相聖女』とかいう神聖な正義の側なら非難するべきで、絶対に褒めたらダメだからね?」



 世界は変わった。

『彼女』が憧れ、好むように。


 個人の都合で世界を歪めるのは悪と断じるべきだ。だから多くの人間から『彼女』が成したことは偉業だと讃えられてもくだらないと思っていた。


 赤の他人の言葉なんてどうでもいいので好きなように言わせていた。だけどプリンシパリティだかワルキューレだかの力を生まれながらに一方的に押しつけられた『特別』であり、どこか境遇の似ている『第七位相聖女』ミラユルにだけはこうして本音をこぼしていた。


 ……それでも『世界』を歪めることに一切の躊躇がないのだから、『彼女』は自分勝手な人間なのだろう。



「どうやって倒したって普通にマウントポジションでしこたまぶん殴っただけだよ。それよりコレの肉って美味しいのかな? ちょっと焼いてみようよ!! ……食べるに決まっているじゃん。そのために持って帰ってきたんだし。……は? 何でこんなの倒したこと証明するためにわざわざ持って帰るのよ。誰が信じようが信じまいがどうでもいいわよ」


『彼女』は禁域指定の魔族にして国殺しの悪龍ファフニールが封印から解き放たれた時、散歩でもいくような気軽さで近づいて尻尾を掴んで振り回し、馬乗りになって何度も何度も拳を振り下ろして叩き潰した。


 敵がどんな力を持っていようとも、それよりも圧倒的な力でねじ伏せていったのだ。



「あたしはそんなに物知りじゃないわよ。人よりちょっと眼とか耳とか直感とかその辺がいいだけで。魔法の力とはまた違うっぽいけど『現在』のことならどうとでも把握できるというか、まあ自分でも制御できていない自覚はあるけど」


『彼女』は察しがいいというか勘が鋭いというか、とにかく目の前の物事に対する『答え』を出すのが早かった。少なくとも珍しい魔法の使い手だから、ではないにしても、能力が高いのは確かだろう。



「あたし、侯爵になるんだってよ。ばっかみたい。まあ、くれるってんならもらうけど。……え? 子供ができたら面倒なしがらみができかねない? ねえミラユル。このあたしが家庭をもつことができると思う? 欲望のままに好き勝手に生きているような女に惚れる物好きがいるわけないじゃん。というか、いたとしてもあたしはその人に合わせることなんてできない。どこかで破綻するのは目に見えているって。……恋とか愛とかくだらない。そんなの一人じゃ生きられない奴らのご立派な建前でしかないのよ。……政略結婚? 強要するなら力づくでお断りあるのみだよ」



『彼女』はバルスフィア侯爵の座を与えられ、ザクルメリア王国の貴族の一員になった。


 少し後に結成することになる現代では最も有名なパーティーも含めて『彼女』はザクルメリア王国に属していると世間一般的には見なされているのもそれが理由の一つである。


 当の本人は嫌になったら捨てればいいだけだと考えていたくらいだが。



「魔王軍、ねえ。別に誰が国を支配してもいいから勝手に争っていろって感じだけど、あいつらのやり方は気に食わない。せっかくあたしがいつでも三食美味しいものが食べられるよう『世界』を変えたのに、片っ端から台無しにしやがって!! あたしの幸せな食生活に手を出したことを後悔させてやるんだから!!」



 戦争が始まった。

 様々な争いの果てに『彼女』は魔王を倒した。


 その代償は決して安くはなかったが。



「もう何十年経っているのやら。まあ目覚めることができただけ奇跡よね。やっぱり力の大半は失ったままだけど。……あ、ガルズフォード。今ならあんたでもあたしのこと簡単に殺せるよ。……ん? ガルド??? ああ、顔だけじゃなくて名前も変えたんだ。……そんなにガルズフォード、じゃなくてガルドだって一目でわかったのが不思議? 魔法が使えなくても、同じパーティーの仲間なんだし普通にわかるって。……ぷっ。なんて顔しているのよ、らしくないわね」



『彼女』は魔王と相討ちになって死んだことになっている。事実は何十年も眠りについて、魔王との戦いで受けた傷を癒していたのだが。


『彼女』は目覚めた。

 何十年も眠ってでも、力の大半を失ってでも、少しでも生きるために。



「今のあたしはゴブリンにも勝てないなんてね。……は? 家まで送り届ける? 真面目な騎士さんなことで。どれだけ働いてもお給料は変わらないってのに」



『彼女』は最弱の魔獣であるゴブリンにも勝てないほど弱くなっていた。通りがかった騎士の男に助けてもらわなければ死んでいたことだろう。


 騎士にしてはまったく愛想のない仏頂面ではあったが、不思議と好ましくさえ思えた。



「シャルティリア……ううん、シャリア。あたしはただのシャリアだよ」



『彼女』は騎士の男にそう名乗った。

 過去を捨てて、今を生きるために。



「他人なんてどうでもいい。自分の欲望を満たせればそれでいい。一人で好き勝手に生きて死ぬんだろうって、そう思っていたのに。そう思えなくなったのは、ぜえーんぶあなたのせいだからね。……ああっもう!! はっきり言わないとわからないわけ!? じゃあ言うわよ言ってやるわよ言えばいいのよね!! ……あなたのことが好き。そうよ好きなのよもう一人じゃ満足できないのよずっとずっと一緒にいてほしいのよ!! わかったなら早く返事を……ッ!! う、あ。そう、なんだ。あなたもあたしのこと……な、なんか、その、こっち見ないで! なに!? 嬉しすぎてにやけているのよ、悪い!?」



『彼女』は騎士の男と結ばれた。

 その過程は二人だけの大切な宝物である。



「騎士をやめて飲み屋を開く、ねえ。いいんじゃない。……なによ? 反対されるとでも思った? これまで散々あたしのわがままに付き合わせてきて、これからも付き合ってもらうのよ。あなたのわがままだって受け入れてやるわよ。そう思えるくらい好きなのよ、ばーか」



 小さな飲み屋を開くことを決めた。

 その『わがまま』には多くの幸せな記憶が刻まれることになる。



「あたしたちの子供……。絶対に産んであげるからね」



『彼女』に子供ができた。

 勇者の子供として認知されない、普通の平民として生まれる子供が。



「はあ、ふう。んっく、はっあ……!! こ、これなら魔王と殴り合うほうが百倍楽だよ……あ、この子が……は? なにこれ? 可愛すぎない? こんなの絶対世界一の美人さんになるよ! だって今の時点で世界一可愛いんだもん!!」



『彼女』は娘のことが大好きだった。

 産まれた時から、ずっと。



「お揃い? お揃いにしたいってなにそれ!? いいよいいよ、いいに決まっているじゃん!!」



『彼女』とその娘はよくお揃いの格好をしていた。

 店では制服を、普段は絵本の中の魔女のように全身真っ黒なローブにとんがり帽子という格好を。



「どうよ、あたしたちの娘かわいすぎない!? わっはっはっ、そうよそうよかわいいに決まっているよね! さあ存分に崇め奉ることよ!! ……あ? お前のようなガサツな女から産まれたのが信じられない? うるっさいのよ、この酔っ払いが!!」



 小さな飲み屋ではよく女店員と客とが掴み合いになることがしばしばだった。そんなだから気がつけばゴロツキ一歩手前の馬鹿どもが常連になったのだろう。



「うん、だし巻き卵上手に作れたね。これは将来は大陸中に名を馳せる天才料理人よ、間違いない!!」



『彼女』は娘と一緒に料理を作ってはとにかく目についた人間に自慢していた。なんなら娘が赤ん坊の頃、立ち上がった時から『こんなに早く立てるなんて天才じゃん!』とかそんな感じであった。


 初めて『ママ』と喋った時? 感動しすぎて膝から崩れ落ちて号泣したに決まっている。



「ごぶっ!? は、はは。これはまた見事な真っ赤ね……。もうこれ以上隠しているわけにもいかないよね。あの人にだけはちゃんと話さないと。……この際『白百合の勇者』だったってことも含めて全部話そう。全部、ちゃんと……。ああ、嫌だなぁ。わかっていたことなのに、それでも……もっとずっと一緒にいたかったなぁ」



『彼女』は決して安くない代償と引き換えに魔王を倒した。その事実はどうあっても変わらない。



「光系統魔法。この力はわかっていないことが多いからね。あたしの親はさっぱりだったから血筋依存ではないはずだけど、もしもあたしの光系統魔法が受け継がれていたら……。あたしは自分さえ良ければそれで良い人間だから好き勝手できたけど、そうじゃないならこの力は負担にしかならない。ろくでもない連中を引き寄せるし、善意にしろ悪意にしろ一度ドツボにハマったら殺し合いが日常になるしね。ほら、あたしがそうだったし。まあ、昔のあたしは特に気にしてなかったけど、普通はそうじゃないわけで。だからできればあんな力は受け継がれていないといいんだけど。……うん、そうだね。今ならこう思えるよ。『特別』なんていらない。平穏無事に、できることなら愛する人たちと過ごせればそれでいいんだって。……今日この日に繋がるってんなら仮に過去に戻れるとしても『特別』を振りかざして何度だって魔王を殺すけどね」



『彼女』は『特別』だった。

 その力を自分勝手に振るってきた。


 その道を選んだのは『彼女』で、そのことに後悔はない。


 だけど、だからこそ。

『特別』なんてなくても手に入る幸せがあることを知った。いいや、『特別』だからこそ遠ざかる幸せというべきか。


『彼女』のような自分勝手な人間でなければ『特別』なだけで多くの騒乱を招くことは幸せには繋がらないだろう。不幸に繋がる可能性のほうが大きいはずだ。


 自分の娘にはあんな殺し合いの日々を送ってほしくない。『特別』に振り回されて何気ない日々の中の幸せを気付かずに踏み潰すようなことがない人生を歩んでほしい。


 もちろん『特別』な力が受け継がれるかどうかもわかっていないし、もしも自分たちの娘が『特別』であったとしてもその力をどうするかは本人が決めることではあるだろうが。


 親にできるのは自身の経験をもとに最適『だと思う』助言をすることだけだ。



「あたしたちの娘は今日も可愛いなぁー。これだけで世界を救った価値があるよ、うんうん。……身体は大丈夫かって? さあね。あたし自身、数十年かけてどれだけ寿命を取り戻せたのかわからないからね。ある日ぽっくり逝く可能性は十分あるよ。それでも、あたしはあなたとの子供が欲しかった。寿命を削ることになっても、あたしが生きた証を残したかった。それくらいあなたのことが好きってことよ、光栄に思うことね。……ふん。自覚はあるわよ。勝手よね。こうなるまで隠していたこと怒っているよね。だけど、ほら、あたしはそういう女だから。どこまでいっても自分勝手なあたしに惚れたのが運の尽きってことで。……なんで怒らないのよ。ばか。……うん、あたしも大好きだよ。……ねえ、あなた。これで満足できると思っていたのに、全然だった。あたしたちの娘がもっと大きくなった姿が見たい、あなたくらい素敵な人と結婚するところが見たい、孫の顔が見たい、それにもっともっとあなたたちと一緒に……はは。できるわけないのに、本当ばっかみたい。……シャルリア(あたしたちの娘)のことよろしくね」



『彼女』は。

『白百合の勇者』シャルティリア=バルスフィア、ではなく、ただのシャリアとして最期を迎えた。



「二人とも、大好きだよ」



 ーーー☆ーーー



 ある日、閉店作業が終わった時だった。

 シャルリアの父親は小さな寝息を耳にする。


 見ると、シャルリアが自分の部屋に戻るまで我慢できずに机に突っ伏して寝息を立てていた。母親が亡くなってからずっとこの店のために行動してきた娘が。


 言葉にはしない。だけど彼女がそこまで固執しているのはこの店には母親との思い出が詰まっているのも理由の一つだろう。


 ……母親が亡くなってからしばらくは、どこか昏い執着といってもいいくらいであったから。


 だけど今は違う。過去の思い出だけが理由ではない証拠に彼女はいつも楽しそうにしている。アンという女が店に通うようになってからは特に。


「お前の懸念通り、シャルリアは平穏無事な生活を送れそうにはない。光系統魔法は良くも悪くも『特別』だからな。ガルドをはじめとしてろくでもない連中が寄りついている」


 それでも、と。

 彼は続ける。


シャルリア(あたしたちの娘)のことよろしくね』という妻の言葉を思い出しながら。


「シャルリアが普通に幸せになるためなら何だってやってやる」

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[良い点] 親父さんカッコよすぎる
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