第五十三話 お出かけでの食べ歩き その二十
夏の長期休暇、残り二十七日のその日も終わりを迎える。
あの後でアンジェリカと再会はできたが、どうにもぎこちなく解散して。
『店員さん』と今後どう向かい合うべきなのか。
そして『ラピスリリア=ル=グランフェイ。通りすがりの魔王の娘だゾ』と名乗った謎の女の子の存在。
頭を悩ませる要素が重なってアンジェリカとの会話に集中できなかったのだ。
「結構いい雰囲気になったと思っていたのに……」
シャルリアだって放置できない大変なことが起きかけていたことくらいはわかっている。それでもどうにも現実感がなく、気を抜くと軽く扱ってしまうのだが。
とにかく『何か』は起きなかった。
『店員さん』とは改めて対峙して、きちんと言葉を交わして、どうにかして救う必要はあるが、それは今じゃない。その辺りの調整はガルドがやっているはずだから任せるとして、だ。
『──だから友達になりたいって思うんだけど……だめ、かな?』
『わたくしでよければ、喜んで』
あのひと時は本当に楽しかった。
幸せだったのに。
「はぁ。うまくいかないなぁ」
ーーー☆ーーー
アンジェリカは『事情』についてはシャルリアが消えてすぐにメイドから聞いていた。ガルドとかいう奴の思惑ありきだったとはいえ主に黙って魔族撃滅に動いていたことについて思うところはあったが、今日この日のためにメイドが気を回してくれたのだということはわかっている。だからそれ『は』呑み込むことができた。……シャルリアを巻き込んだのはメイドも予想外ではあったようなので。
できれば助けに駆けつけたかったが、どうやらシャルリアを転移で呼び出してから戦闘終了まですぐだったようでアンジェリカが駆けつける暇もなかった。
それだけならば、まだ呑み込めたのだ。
再会したシャルリアとも気にせずに接することができたはずだ。
問題は向こうの戦闘が終了し、シャルリアと合流するまでの間にあった。
「お嬢様」
メイドではない。
人混みに紛れて公爵家に仕える人間、つまりはヴァーミリオン公爵家当主にしてアンジェリカの父親に仕える執事がこう告げたのだ。
「当主様がお呼びです。至急お戻りください」
おかげで再会したシャルリアと早く解散するためにぎこちない対応になってしまった。
本邸の書斎まで足を運んだアンジェリカは父親にしてヴァーミリオン公爵家当主に非難するように視線を向けて、
「お父様。わたくしも暇ではないのですけれど」
「仕方ないだろう。『雷ノ巨人』を撃破した英雄ということになっているアンジェリカは良くも悪くも目をつけられてしまうのだからな。いつまでも学生気分ともいかない」
父親には『雷ノ巨人』との一部始終は包み隠さず話している。本当はシャルリアが『雷ノ巨人』を撃破したことも含めて。
下手に隠してもいずれはバレるだろうし、それなら『雷ノ巨人』撃破という手柄をアンジェリカ経由でヴァーミリオン公爵家にもたらす代わりにシャルリアのことは黙っていてもらったり、隠蔽に協力してもらったほうがまだマシだと考えてのことだ。
「とはいえ、アンジェリカが本当に『雷ノ巨人』を撃破した英雄であったとしても手の打ちようはないのかもしれんが」
「お父様?」
「流星だ」
ヴァーミリオン公爵家当主は言う。
長年貴族社会を生き抜いてきた彼が焦りさえも滲ませて。
「教会からザクルメリア王国に向けた報告によると王都に退魔石の塊が降ってくるらしい。それを発見した星読みの巫女の予測では猶予は一週間。それまでに魔力を弾く退魔石の塊を破壊する方法が見つからなければ王都どころかザクルメリア王国は跡形もなく消滅するとのことだ」
今日は良き一日になる。
一生忘れられない幸せな一日になるはずだったのに。
ーーー☆ーーー
夜。
その連絡は雇い主である第一王女や共闘関係にあるブレアグスからガルドにももたらされていた。
忌々しそうに星が輝く夜空を見上げて、
「『魅了ノ悪魔』や自称魔王の娘の仕業……じゃないな。皆殺しが目的ならこれまでの行動だってもっと派手だったはずだ」
となると、これは魔族側の意思とは関係ない、つまりは自然災害の一種ということか。
それにしてもよりにもよって退魔石の塊とは。
魔力を弾く性質のある鉱石ではあるが、本来なら大陸には存在しないものだ。空の彼方からの飛来物。小さな隕石から微量ながら発見されることもあるが、砂粒程度であれば大したことはできない。
だが、この国を消し飛ばすほどの大質量であれば話は別だ。どんな魔法でも効果を無視して打ち消す──シャルリアの光系統魔法に絶大な破壊力を追加した最悪の災害に変貌している。
「参ったな。魔族との戦争とかこれまでの積み重ね関係なく、何の前触れもなくやってきた自然災害で全部ぶっ壊れるってのか? ふざけるなよ、くそったれ!!」
ーーー☆ーーー
そして。
「『相談』進行中につき、追加の『相談』は受け付けられないとなれば」
『相談役』ジークルーネは言う。
「それでも、ミラユルの意思を無駄にしないためにできることはあるはず」