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第四十九話 お出かけでの食べ歩き その十六

 

『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズは確かに『大罪の領域』を両断した。それは確かな事実だが、同じことが何度もできるかどうかはまた別の話だ。


 女騎士の代名詞である轟剣。

 つまりはありったけの魔力を込めての力技。


 攻撃無効の透過能力であろうとも力づくで破ることができるが、その分だけ反動も大きい。昔ならともかく、今は一振りで身体の内側は悲鳴をあげている。それだけ百年以上前の戦争での後遺症は大きいということだ。


 一度の戦闘で轟剣が使えるのは四回か五回。

 百年以上前の戦争では振るう刃の全てが轟剣であったことを考えると著しい弱体化だ。


 それでもクルフィアの手札が『大罪の領域』だけならガルドと協力して轟剣を叩き込むこともできるだろう。


 だが、もしも。

『大罪の領域』と同等かそれ以上の手札があったら──



 ーーー☆ーーー



 勇者パーティー全員で共有されている情報。サキュバスについて百年以上前に転移の魔法の使い手でもあるアリスフォリア=ファンツゥーズはこう語った。


 ──サキュバスの本質は悪魔であり、契約云々は置いておくにしても魂を喰らうという能力があるかもしれない、と。


 つまりは魂喰い。

 悪魔固有のその能力はクルフィアの言う通り対象の魂を喰らって魔法の能力を奪い取る。とはいえ奪えるのは魔法の使い方であり、『雷ノ巨人』の脅威的な身体能力や魔力まで奪えるわけではないのだろう。というか、そうであればいかに『轟剣の女騎士』であってもとっくに力技で殺されている。


『魅了ノ悪魔』に『雷ノ巨人』の力が丸々上乗せされたわけではない。


 それでもあのクルフィア=A=ルナティリスに雷の魔法が追加されたのは大きい。かつて厳格な宗教国家を拡大解釈された色欲によって堕落に導いた力を象徴するサキュバスの領域に同じく国を滅ぼして禁域に変えた雷が加われば──



「『大罪の領域』」



 ぐわあっんっっっ!! と空間が閉じる。

 色欲に満ちたサキュバスの世界が構築される。


 本来であれば『轟剣の女騎士』がいれば対処可能なクルフィアの全力。だが『轟剣の女騎士』だって『大罪の領域』を破るのには全力を振り絞る必要がある。


『大罪の領域』両断に全力を割り振れば、そこに隙が生まれる。少なくとも雷の一撃に対処するだけの余裕は絶対にない。


 そして残るガルドは勇者パーティーの一員ではあるが、直接戦闘能力は『白百合の勇者』や『轟剣の女騎士』には遠く及ばない。というかこの二人が規格外すぎて比較対象にすらならないといったほうがいいか。


 とにかく裏切る前は一魔族という扱いでしかなかったガルド単体に四天王の代名詞に真っ向から対応できるだけの力はない。大体魔族四天王と真っ向からやり合えるような力があったらこれまでのような周囲を巻き込む戦い方はしないだろうし、何より彼が四天王に至っていたはずだ。


 つまり二種類の代名詞を向けられると対処は不可能。

 連撃ですり潰されるか、全力の轟剣の反動で自滅するか、とにかくいつかどこかで『轟剣の女騎士』が崩れてそのまま押し切られるのは目に見えている。


「憑依はあの『雷ノ巨人』でも勇者パーティーの誰にもできなかったからあ、残念だけどせっかくの勇者パーティーという素体は有効活用できないねえ。まあ仮に憑依できたとしてもガルズフォードだけはここでぶち殺すんだけどお」


「くそが……」


「選んでいいよお。色欲に狂い死ぬかあ、雷に消し炭にされるかあ。お好きなほうで死んじゃえ☆」


「クソがァああああああ!!」


 色欲に埋め尽くされたギラギラと輝くサキュバスの領域に金色の閃光が迸る。直接戦闘では四天王最強であった巨人の代名詞、雷。この世界でも巨人しか使えなかった雷の魔法が勇者パーティーに襲いかかる。


「なんてな」



 そこでガルドたちの目の前にその少女が現れた。

 転移。それによって呼び出されたのは『雷ノ巨人』を撃破した少女、つまりはシャルリアだった。



「光系統魔法だ!!」


「え、あ、えいっ!!」


 目を白黒しながらもシャルリアは魔法の師匠であるガルドの呼びかけに反射的に光系統魔法を放った。それだけで盤面はひっくり返った。


 全て、消し飛ばされた。


 ギラギラと輝くピンク色の空間も、金色に迸る雷も、シャルリアのあらゆる魔法を無効化できる純白の光の前では等しく消し飛ぶ。そういうものだというのは、四天王最強である『雷ノ巨人』であっても魔法では太刀打ちできなかった事実が物語っている。


「なあ、んでえ……」


「そんなに不思議か? 使えるもんは何でも使う。俺がいつもやっていることじゃないか」


 ガルドはこんなことを言っていた。

『誰がシャルちゃんに頼るって言った?』、と。


 その上で彼は口の端を歪める。

 頼るとは言っていないが、頼らないとも言っていないと言わんばかりに。


「王都の中じゃシャルちゃんはそこらにいる民衆を気にして全力で戦えない。王都の外に『魅了ノ悪魔』を連れ出したって王都のほうで血が流れたら同じく。だが今なら? この状況なら周りを気にすることなくシャルちゃんは戦える。つまり全部が全部光系統魔法の使い手を万全の状態で使うための布石だったってわけだな」


 ガルドは言う。

 決定的な言葉を。



「選んでいいぞ。俺の手で殺されるか、ナタリーに斬り捨てられるか、シャルちゃんの『暴発』で吹き飛ぶか。お前の好きな方法で殺してやるよ、『魅了ノ悪魔』」



 ーーー☆ーーー



 王都の南部、露店が連なる区画でのことだ。


 それは色鮮やかな布を着物のように幾重にも組み合わせた格好の女の子であった。ただし着物というにはあまりにも薄すぎるが。


 一応は布が頭の先からつま先まで全身みっちりと覆っているが、顔以外の部分がスケスケすぎて色々と見えそうになっている。隠したいのか見せたいのかわからない有様だった。


 なぜか顔の防御力が一番高く、そこだけは黒い布で素顔さえも見えない彼女だが、それは特徴的な耳を隠すためのものだ。


 尖ったその耳はエルフの身体的特徴である。

 百年以上前の魔族との戦争では勇者パーティーに協力したこともあるエルフの長老の娘・アリスフォリア=ファンツゥーズは露店で買ったアイスクリームに舌鼓を打ちながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ガルドに利用されるのはシャクだが、『第七位相聖女』が守り抜いた世界を見捨てるのかと言われれば力を貸さないわけにもいかない。


 ガルドもその辺全てわかった上で口車に乗せたのだろうが、どんな理由であれ今は亡き『第七位相聖女』のためならアリスフォリアは何だってやるのだから。


「こんないい女を最後まで選ばないっていうんだから、ミラユルちゃんも見る目がないっしょー」


 首にかけた炎のように輝く黄金の首飾りが薄い布の隙間から見え隠れしている。


 彼女の近くでは突如として消えたシャルリアにアンジェリカが慌てていたり、耳にはめた音声を送受信する魔法道具から(転移で魔族の迎撃のため人員を送る際に連絡できるようガルドが諸々用意していたので)メイドから非難の声が届いていた。


 耳がキンキンする、とアリスフォリアは眉をひそめる。


「むーうー。あーしだって別にやりたくてやったわけじゃないのに、これじゃあーしが悪者みたいだにゃあ」


 メイドたちを利用するためにわざとデート日を選んだガルズフォード、いやガルド? とにかく相変わらずなクソ野郎を責めるべきっしょー、とアリスフォリアは不満そうに吐き捨てるのであった。

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