間話 サキュバスについて
それは百年以上前のことだ。
『ミラユルちゃあーん!』
『げっ、ドヤ顔チビ女エルフっ。転移使っていきなり抱きついてくるなといつも言ってるよね?』
『にゃっはっはっ! エルフの長老の娘であるあーしにそんな舐め腐ったこと言えるのはミラユルちゃんくらいっしょー』
『はいはい。で、何の用よ?』
『いやいや別にー。暇だからミラユルちゃんで遊ぼっかなーって』
『…………、』
『わーわー待つっしょー! うそうそ、四天王に関するお役立ち情報を持ってきたんだってえー!! だからその物騒な魔力の塊を向けるのはやめてっ、ね? 流石に「第七位相聖女」の「暴発」食らったら死んじゃうから!!』
『はぁ。わかったから抱きつくのはやめて。暑苦しいから』
『これがあの女騎士だったら?』
『ぶっふふ!? あっあの脳筋がこんなっ抱きついてくるわけないじゃん!!』
『……、あの女騎士はカチンコチンな姫にゾッコンなのによくもまあそこまで熱烈に好意を向けられるもんっしょー』
『はっはぁ!? 何を馬鹿なこと言っているのよ!? べつに、そんな、そんなんじゃないし!? それよりお役立ち情報とやらをさっさと教えなさいよ!!』
『ふーんだ。まあいいけど……にひっ。それが教えを乞い願う態度かにゃー?』
『は?』
『アリスフォリア=ファンツゥーズさまあーこの哀れで無知で清楚ぶっていて実は色恋に頭が焼かれているポンコツ聖女にぜひともその崇高なる知識を授けてくださーい、くらいは言えないのかにゃあ?』
『…………、』
『ふっにゃあ!? やめっ関節技はやめてえー!! っていうか聖女って後方支援が基本じゃない? なんでこんなに関節技がうまいの!?』
『普通の聖女と違って「位相聖女」は前に出て戦うのも仕事ってことよ。で、なんだって?』
『待って折れる待って待って!! わかった、わかったから、求められれば何だって差し出して尽くす都合のいい女になりますから許してくださあーい!!』
『最初からそう言えばいいのよ。で、お役立ち情報ってのは?』
『はあ、ひい。あ、まだじんじんする……ふうっ!? 痛いのも悪くないかも。はあ、はあ!!』
『何か変な扉開けようとしていない?』
『開けたのはミラユルちゃんなんだからこれはもう責任とってもらうしかないっしょー!!』
『はいはい。いいからさっさと話を進めて』
『冷たい……。でもこれはこれで……』
『い・い・か・ら! 早く!!』
『はいはいにゃあ。それでは、ミラユルちゃん。目下最大の脅威である魔族四天王について教えてあげるっしょー。とはいっても勇者パーティーが命懸けで戦った情報があるからこそ、それをあーしの知識で埋め合わせるってだけなんだけどねー』
ーーー☆ーーー
『──だから「氷ノ姫君」は厄介っしょー。ああ、ミラユルちゃん的には戦闘能力や特異な性質よりも何よりその存在そのものが厄介だったっけー? しっかしあの女騎士も一途だよねー。もう目覚めるわけがないし、万が一目覚めたとしてもその手で斬り殺すしかないんだし?』
『アリスフォリア』
『はいはい真面目にやるっしょー。……ふーんだ』
『で、残る「魅了ノ悪魔」については?』
『あれはサキュバスってヤツだにゃあ☆』
『真面目に言っている?』
『大真面目だって。そもそもエルフや魔族や巨人や魔王なんてのが平然と闊歩しているこの世界にサキュバスがいて何の不思議があるっしょー?』
『それは、だけど悪魔や天使というものは空想の存在で──』
『まあ、確かにそれも間違ってはいないんだけど、大雑把に敵対者全部を魔族って定義したせいで巨人や悪魔が同じものとして扱われているからわかりにくくなっているっしょー。悪魔という枠組みで区切ったあの手の連中は他の魔族とは明確に違うんだしにゃあ。召喚可能な「外来種」である悪魔に関してはきちんと説明しようとすると結構難しくなるんだけど、どうする?』
『あー……どうせ覚えられないから、しなくていい』
『素直でよろしいっしょー。頭がゆるゆるでお馬鹿さんな聖女様もあーしは愛しているからね?』
『はいはい。で、そのサキュバスとやらの能力は?』
『個性を手に入れている可能性まで考え出すとキリがないから、ここはひとまず予想可能な範囲での説明に留めるっしょー。少なくともこれくらいはできるってだけで今から説明するのが全部とは限らないことは頭に入れておくように。まあつまりは北欧の領域に伝わっているサキュバスの伝承を語るだけなんだけどにゃあ」
例えば、サキュバスは悪魔にしては珍しく自前の肉体を持っており、獲物の最も好む姿に変化して色欲を誘発して、最終的には精気を喰らうと言われている。つまり一般的な悪魔が魂だけで存在するのと違って他の生物と同じく肉体がないと活動できない存在である。
その他にもサキュバスの本質は悪魔であり、契約云々は置いておくにしても魂を喰らうという悪魔特有の能力があるということ。
あるいは状況証拠から色欲を軸に宗教国家を内側から滅ぼしたということは伝承よりも魔法によってサキュバスの能力を遥かに増幅、拡大解釈している可能性があるとアリスフォリアは語った。
『これ以上何か隠しもっている可能性もある、と』
『何せこの世界に現出するほどの悪魔だからにゃあ。警戒し過ぎて損はないっしょー。まあ本当はそこも含めて暴くのが求められている役割なんだろうけど、そこまではできないからあーしはどこまでいっても協力者でしかないんだけど』
『そんなことはない。少なくとも私は、その、いつも助けられているし、だから、あれよ、同じパーティーの一員だと思っているわよ!』
『ふ、ふうん? まーあー? これでも「初代」光系統魔法の使い手や女王ヘルだって頼りにしていたあーしだし? だから短命にして生命として不完全な人間が頼りにするのも当然的な??? 「第一」生まれのあーしが「第七」に移住していてよかったと感謝感激崇め奉ることっしょー!!』
『はぁ。そうやってすぐに調子に乗るから感謝しにくいのよね。っていうか色々と意味深なのは何なのよ???』
『にゃっはっはっ!!』
『はいはい毎度の意味深なこと言うだけ言っておちょくっているのね。まあ、何でもいいけど。……心配して損したじゃない、まったく。……ああ、そうそう。色々と話してもらったけど順当にいけば「魅了ノ悪魔」の担当はあの脳筋になる予定だから警告してもお構いなしというか普通に忘れてそれでも勝つと思うのよね』
『む。そこニヤニヤしない。ちょっと話題に出しただけでそこまでデレデレになれるとかこれだから初恋拗らせた女は』
『べっ別に拗らせていないけど!?』
アリスフォリアの助言はそこまでだった。
その助言は今はガルドと名乗っているガルズフォード含む勇者パーティーで共有された。
『第七位相聖女』は魂に直接干渉できる悪魔由来の能力こそがサキュバス由来の色欲の誘発よりも危険なのではと警戒していた。
魂の破損は生命としての土台を崩すに等しい。そのことは魔族との戦争が終わってから『第七位相聖女』自身より強烈に理解することになる。
だからこそ、魂に直接攻撃を仕掛けられるのは厄介極まりないのだ。言うなれば即死技。直撃すれば必ず殺せると言っても過言ではないのだから。
『まったく……。私は別にそんな初恋とか本当違うんだから。単に、その、ちょっと気になるってだけで、だから』
『あーしが悪かったから一人でぶつぶつ言うのやめて欲しいっしょー。何ならそろそろあーしのこと親愛を込めてフレイヤって呼んでくれてもいいんだよ? いつでもベッドの上でそんな初恋忘れさせてあげるし☆』
『…………、』
『はいはいジョーク冗談悪ふざけっしょー。そういうことにしてあげるあーしは本当都合のいい女だにゃあ。でも、あーしがミラユルちゃんのこと大好きなのは本当だからね?』
『物好きなんだから』
『そんな物好きがうじゃうじゃいるからあーしもちょっと焦っているわけだけど、当の本人は直接好意を口にする奴が少ないからって気づいてすらいないのが本当罪な女っしょー』
『???』
『そこでキョトンとできるからこそミラユルちゃんは立派な鈍感系ハーレム主人公っしょー!!』