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第六話 コカトリスのからあげ その三

 

「ええと、とにかく悩みってのを聞かせてよ、ね?」


 これが常連の馬鹿どもであれば何を泣いているんだと遠慮なく背中でも叩いてやるが、流石に公爵令嬢相手ではそうもいかずにおっかなびっくり声をかけるシャルリア。


 今度こそ公爵令嬢特有の深くて難解で政治的意味を持つ悩みだろうかとびくびくしていたのだが、



「シャルリアちゃんの助けになりたいのにうまくいかないのですっ!!」



 …………。

 …………。

 …………。


「あ、はい」


 実は頭の片隅でくらいはそんな話なのではと思ってはいたが、それでも本人の口から聞いた今でも完全には信じられなかった。


 どうして公爵令嬢が平民相手にそこまで頭を悩ませているのか。


「わたくしは、ただあ、授業についていけずに困っているシャルリアちゃんに勉強を教えてあげようと思っただけなのにい! どうしてあんな言い方しかできないのですかぁっ!!」


「よくわからないけど」


 詳しい説明がなかったのであくまで事情を知らない別人ですよと思わせるためにそう前置きして、その上でシャルリアはこう告げた。


「そこまで自己分析できているなら素直になればいいだけじゃあ?」


「それができれば苦労はしませんわよ!! わたくしのひねくれ具合舐めないでくださいな!!」


「ええー……」


「ううっ、ううううっ、わたくしのばかっ。そうですよ、素直になればすぐに解決する話ですよね、分かっていますとも! それでもあんなにも可愛い女の子を前にして冷静になんてなれるはずないのですからどうしようもないのですよお!!」


 サラッと可愛いとか言われたものだから何とも言えずに視線を彷徨わせるシャルリア。その間にも酔っ払っていて普段の嫌味満載な感じはなくなっていても根本的なところで公爵令嬢らしい高慢な女はこう続けたのだ。



「ですのでひねくれた言い方しかできないわたくしでも困っているシャルリアちゃんの力になれる方法を教えてくださいな!!」



 それをシャルリア本人に言うのかと何とも言えずに前髪を留めている純白の百合を模した髪飾りを指でいじくる。


「このままではシャルリアちゃんの留年が決まるかもしれません。そうなったら学年が異なることで接点が今以上に減るでしょうし、それ以上に留年が決まって悲しむシャルリアちゃんを見たくないのです!! ですからどうかお願いします!!」


(どうしてそんなに親切なのに、出てくる言葉はあんなに嫌味たっぷりなんだか。出会った時からそれくらい素直なら私もアンジェリカ様のことを信じられたのに)


 ここまで酔って素顔を曝け出しているアンジェリカを前にしてもシャルリアはまだ『もしかしたらこれもまた壮大な嫌がらせの前振りなのでは?』という疑いを拭えずにいた。


 だって学園でのアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢はそれくらい嫌味しかない女であるから。


 だから。

 だけど。


「もう素直に言えないなら問答無用で勉強を教えてやればいいんじゃない? あくまで独り言だというテイで勝手に喋ってさ。問題の解説だけならそんなひねくれた言い方にもならないかもだし。そしたらシャルリアって子もその内親切から声をかけてくれているんだって気づくと思うよ」


 やれるものならやってみろと内心吐き捨てるシャルリア。

 公爵令嬢が平民に勉強を教える。そんな身分の差からすれば絶対にあり得ない屈辱を『あの』アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢に受け入れられるのならと。


 これが壮大な嫌がらせの前振り──つまり親切ぶって近づいて最後には盛大に裏切って踏みにじってやろうとしているのだとしたら、だからこそそれほどまでに嫌っている平民に勉強を教えることなど我慢できないはずだ。


 高慢な公爵令嬢なら必ずやボロを出す。

 やってられるかと投げ出すに決まっている。


 ……逆にシャルリアのために親身になってくれたならば、酔って吐き出しているその言葉を信じるしかないだろう。



 ーーー☆ーーー



 無言だった。

 昼休み、学園の図書館の端っこで朝に返却された座学の小テスト(ほとんど間違っている)と専門書を見比べて何が間違っていたのか見直しているシャルリアの隣に何も言わずにアンジェリカが腰掛けたのだ。


「…………、」


「…………、」


 何この時間? と汗ダラダラなシャルリアであったが、やがてアンジェリカは無言で小テストを取り上げて、一通り見て、何事か言いかけて慌てて口を手で塞いでいた。


 その後、小テストを机に置いたかと思ったら、トントンと最初っから間違えている解答欄をその細く美しい指で示す。


「魔力とは魔法を構築する燃料です。そして魔力とは魂から捻出されるものですが、生命体には生存のための本能が備わっているので魂に悪影響が出るまで魔力を捻出することはできません。それがいわゆる魔力量の上限というものです。なので──」


「ええっと」


「黙ってなさい。わたくしはあくまで今回のテストの振り返りをしているだけです。平民ごときがその邪魔をすることは許されませんわ」


 ふんっとそっぽを向くアンジェリカ。

 だけどよく見ればその頬は少し赤くなっていて、なんというか、ここまでくると呆れてしまう。


 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢とはこういう女なのだと、ようやく受け入れることができた。


 そうして一方的な、それでいてシャルリアがついていけていないと察したらよりわかりやすく詳しく説明してくれる『勉強会』はどちらが何も言わずとも図書館で出会ったら行われるようになった。


 不器用で、口が悪くて、どうしても素直になれない令嬢のお陰でシャルリアもどうにか授業についていけそうだった。



 ーーー☆ーーー



「あら、これは正解していますのね」


 よほど意外だったのか、図書館の『勉強会』においてアンジェリカはそんなことを言っていた。


 過去に魔王が撒き散らし、未だ大陸の中心部に蔓延る瘴気に関する問題。


 瘴気とは物や人を問答無用で穢して、本来の性質を大きく歪めて、やがて存在の全てが腐り落ちるように抹消される歴史上魔王しか使えない極大魔法である。


 また例外として魔物は瘴気に適応しており、瘴気を取り込んで力に変えている。そのお陰か魔物の牙や鱗は鉄よりも硬く、特定の魔物の部位は魔法にも似た特殊な機能を保有している。ゆえにそれらは武器や防具、建築などにも素材として広く活用されている。


 ただし剥ぎ取った素材をそのまま活用すると染みついた瘴気が人体に悪影響を与えるので浄化する必要があるが。


 そのために使われるのが俗に言う聖女による浄化系統魔法である。ゆえに浄化系統魔法の使い手は聖女として教会(そしてその裏で深く繋がっている国々)が保護し、世界平和のために尽力してもらう……という名目で莫大な利益を生み出すために働かせるのが大陸の国々の常識である。というか浄化系統魔法の使い手は聖女として尽力すべきというのは国民の義務として法律で定めされているくらいだ。違反すれば終身刑……という名目で確保する仕組みも複数の国家が共通で組み込んでいる。


 教会が国境を超えて絶大な力を誇っている理由の一つは間違いなく聖女という仕組みを確立したからだろう。もちろんそれだけではないにしても。


 ちなみに浄化のためにわざわざ聖女が直接出向くのではなく、浄化系統魔法の性質を染み込ませた聖水を売り捌くという方法をとっている。その聖水によって魔物の素材は人体に無害で強力な道具に生まれ変わるのだ。


 もちろん聖水はそれなりに高価であり、一般人には簡単には手が届かない。それほどの価格設定をしておいて、聖女という特別な枠組みを作って浄化系統魔法を独占し、教会に属さずに浄化系統魔法を使った場合は犯罪として取り締まっている。


 だからこそ、瘴気が染みついた魔物の肉を食べようとすれば高価な聖水を用いる必要がある。わざわざ魔物の肉を食べるのは自殺志願者か珍味にお金をかけるような人間くらいだと言われているのはそういった理由からだ。


 ──ということには詳しいシャルリアだが、それは彼女の知り合いに冒険者が多いからだ。依頼によっては魔物の討伐や素材の採取を行う彼らは、だからこそ国が浄化系統魔法を独占していなければもっと稼ぎになるとよく愚痴っているのだから。

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[一言] 好みの作品をお供に呑む酒は最高よね 今夜も美味い酒が飲めました、感謝!
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