第四十五話 お出かけでの食べ歩き その十二
(う、うおおおおっ!! 何をやっているのよ私ぃいい!!)
どれだけ二人揃って固まっていたか。
やはり揃って我に帰り、目を逸らして、それでもなんとも言えずに黙り込むしかなかった。
シャルリアは頭に乗せた純白のミニハットを意味もなく弄りながら、
(なんかおかしい。アンジェリカ様と一緒にいるとなんか、こう、とにかく変なことばっかりしちゃうよ!!)
『あーん』なんてするつもりはなかったと言えばそれで済んだ話だ。わざわざ勘違いしたまま付き合う必要はなかっただろう。
それでも付き合った。
手元には二つの串焼きが残っている。一つは小さく齧られていて、それを見るとこれを『あーん』と食べさせたんだとどうしても思い出してしまう。
嫌ではなくて。
その反対で。
だけど照れくさくて、そして、
「まだ……残っていますわね」
「あ、うん。そう、だね」
「食べさせてくれませんの?」
「え、あ、アンジェリカ様がそう言うなら、うん」
それでいて止められなかった。
結局一つの串焼きがなくなるまで『あーん』は続くことになった、
ーーー☆ーーー
「やだよお!! 私はいいって!!」
「そんなわけには参りませんわ! わたくしだけ施されてばかりでシャルリアさんに『あーん』しないのは貴族令嬢としての誇りにかけて許されませんわ!!」
「そんなものに誇りを見出さないでよっ!」
「といいますか、今日はわたくしがシャルリアさんにお返しをするためのお出かけだというのに串焼きもシャルリアさんが買っていましたわよね!? 施されてばかりな気がするのですけれど!?」
「別にこれくらい私の奢りでいいって」
「それではわたくしの負債が膨らむ一方ではありませんかあ!! やはりここはシャルリアさんにも『あーん』して──」
「いや、それはっ、えいっ!!」
「ああっ!? どうして一人で串焼きを食べているのですか!?」
「んくっん! 恥ずかしいからだよっ!!」
「わたくしにはしておいて、自分はされたくないとはどういった了見ですか!?」
「いいじゃん別に! とにかくこの話はもう終わり、そうだよ終わりだから!!」
「……この借りは返しますからね。絶対に、必ず、何があっても」
「めっちゃ念押しするじゃん。怖いって」
照れ隠しなのか何なのか、とにかく気がつけば互いに遠慮して一歩が踏み込めない空気はどこかにいっていた。
そんなこんなでいつまでも言い争っていても仕方がないと大通りを散策することに。
「これはなんですかシャルリアさん!?」
「ああー……内臓の踊り食いなんてゲテモノどうして見つけちゃうのやら」
「あのお店のもつ煮込みも似たような感じでしたし……こちら、二つくださいな」
「ちょおっ!? 勇気ありすぎない!? しかも二つって、私も食べるのそれ!?」
魔法で洗浄しているから腹を壊す心配はないらしいが、それにしても内臓であることに変わりはない。味付けもほとんどされていない新鮮な内臓の踊り食いに挑戦して、独特な生臭い味に悶絶したり。
「見たこともないフルーツですわね。二つくださいな」
「なになに、割る時は周囲に配慮してください? 注意書きからして嫌な予感がするんだけど!?」
見るからに禍々しいフルーツを割って、溢れ出る異臭に悶絶したり。
「こ、今度はこちらにしてみましょう」
「ねえ大丈夫? 今までアンジェリカ様が選んだのゲテモノばっかりなんだけど」
「今度は大丈夫ですわよ! ほら、見た目は綺麗ですから!!」
「というか、光りすぎじゃない? 眩しいくらい輝くパンってなにそれ!?」
つい最近食べた食べ物の味を反芻する特殊なパンを食べていきなり口の中に広がる臭気溢れるフルーツの味に悶絶したり、終始そんな感じであった。
「アンジェリカ様、ちょっと休憩しない?」
「そう、ですわね」
と、そんなこんなで近くのベンチに腰掛けるシャルリアとアンジェリカ。
耳元の魔法道具に耳を傾けるまでもない。顔を見れば一目瞭然だ。
こんなはずではなかったと、そう嘆くアンジェリカの声を断ち切るようにシャルリアはこう告げた。
「まさかアンジェリカ様とのお出かけでこうもゲテモノ祭りになるとは思わなかったよ」
「あ……申し訳──」
「楽しかったねっ!」
「え……? お返しのためのお出かけだというのにこんな有様で、不快に感じてはいなかったのですか?」
「まさか。あのアンジェリカ様とこんな風に馬鹿やれたんだよ? それこそ恐れ多くも……友達みたいにね」
「シャルリアさん……」
「まだお出かけはこれからだよ。だからもうお返しのことなんて忘れてよ。気を遣いすぎないでよ。もしもアンジェリカ様が嫌じゃないなら、もっと気兼ねなく遊んで楽しくやろうよ、ね?」
「いいのですか? わたくしは口を開けば嫌味しか出てこない人間ですわよ?」
「そんなことないよ。それだけじゃないって、十分わかっているから。だから……その、あれだよ。これでも遠回りに友達になりたいって言っているつもりなんだけど……だめ、かな?」
その問いに。
アンジェリカは僅かに耳元の魔法道具に手をやろうとして、それでも『店員さん』に連絡を取ることなく、まっすぐにシャルリアを見つめてこう答えた。
「わたくしでよければ、喜んで」
ああ。
今日は一生忘れられない幸せな一日になるだろう。