第四十四話 お出かけでの食べ歩き その十一
その男は王都の中心部、王城ダイヤモンドエリアの目の前に立っていた。
二人の門番の騎士が腰の剣に手をやりながら、
「これより先は──」
「ああ、いいですって。いらない問答は抜きです。俺は貴様らを皆殺しにする敵と認識してくださいです」
「何を──」
「悠長です。平和ボケとは本当度し難いほどに生物を劣化させるです。だから己の手で死ぬことになるです」
その言葉の後のことだった。
彼らは揃って腰の剣を抜き、目の前の不審者に斬りかかる……のではなく、己の喉元に突き立てようとしたのだ。
「「ッ!?」」
驚愕に目を見開くその様子から彼らの意思ではないのは明白だった。それでも抗えない。王城ダイヤモンドエリア、王の住まう城を護る門番が任されるほどには優秀な騎士であろうとも。
『魅了ノ悪魔』が従える三人の魔族、その一人。
魔族の男と彼らの力は比較にならないほど差があった。自殺。その強制。魔族らしい理不尽なまでに凶悪な力が騎士を殺す。
その寸前であった。
騎士たちの喉元を貫くはずの二振りの剣が根本からへし折れた。
正確には焼き切れていた。
第三者による介入。二人の間に割って入った男が振るった魔法の炎の剣によって。
「好き勝手やってくれているな、魔族」
「へえ。いくらか血が流れてからならともかく、随分とお早い登場です。それにこれでも俺たちはクルフィア様の力で人間の男らしい容貌をしているです。それなのにどうして魔族だと気づけたです?」
「決まっている。百年以上前から俺たちが備えてきたからだ」
そこで。
自殺の強制から解放されたのか、魔族の男がひとまず解放しただけでやろうと思えばいつでも操れるのか、とにかく今は自由になった二人の騎士のうち一人がこう言った。
「殿下!? どうしてこのようなところに!?」
「今はただのブレアグスな。つまりこの国を守りたいと願うお前たちの同士ってことだ。新参者ですどうもよろしく。というわけで早速だが頼まれてくれるか?」
「援軍の要請ですよね!!」
「いいや、逆だ。そのまま静観してくれ」
「な、にを……っ!?」
「そうしないと都合が悪いみたいでな。なに、心配するな。王都に潜む敵勢力、四人の魔族の居場所はすでに捕捉している。後は民に犠牲を出さず、静かに殲滅するだけだ」
ーーー☆ーーー
西部の職人たちの工房が連なる区画。
一般人の立ち入りが禁止された一角は火薬庫よりも危険な扱いをされていた。
魔法道具の製造や開発のための区画。
魔力を使って誰でも安価に便利な力を扱える魔法道具ではあるが、魔法の『暴発』という例がある通り安定する『前』の製造や開発段階に何かあれば大規模な事故に繋がることもある。
だからこそ一般人の立ち入りが禁止されているし、警護のために多くの人員が導入されている。元は騎士だったり冒険者だったり、とにかく今でも一線で活躍できるだけの力がある者たちが。
そんな彼らが十数人、地面に倒れていた。
目の前の男による力の解放、その圧力だけで。
「ぐ、う……!? な、んだ、貴様は!?」
先程まで立ち入り禁止の区画にふらりと現れた男に詰め寄り、立ち去るよう勧告していたはずだった。それが気がつけば魔法を使うこともなく、魔力の解放だけで気圧された。
そもそも戦う場に立つことも許されないほどの力の差。
その結果をその男は誇ることもなかった。
『魅了ノ悪魔』が従える三人の魔族、その一人は言う。
「黙って見ていることだ。事故によって多くの命が失われる瞬間を」
「貴様、まさか……!!」
男が製造及び開発を担っている区画に手を向ける。
護衛のために配備された者たちにさえも向けられなかった力が迸って大規模な事故が炸裂するはずだった。
「シャルリアがせっかくあんなにも楽しそうに出かけたんだ。そのまま何事もなく楽しめるよう、騒ぎになる前に終わらせるとしよう」
いつのまにかその手を横から掴む者が一人。
突然現れた短く刈り上げた茶髪に仏頂面の中年男性を謎の襲撃者は横目に睨みつけ、
「光系統魔法の使い手の父親がなぜこんなところに?」
「こういう小細工が得意な奴に利用されているから、だな」
ーーー☆ーーー
南部が王都の玄関口として商人や観光客が集まるからか食事処や衣服店など多種多様な店が軒を連ねている。
そんな喧騒満ちた大通りをその男は路地裏から眺めていた。
病的なまでに痩せ細った男であった。
『魅了ノ悪魔』が従える三人の魔族、その一人。
どうせ皆殺しならばと彼は口の端を歪めて、嗤う。
「光系統魔法の使い手。あの『雷ノ巨人』さえも打倒した女の顔を悲痛に歪めるならァ……ひっひひ。やっぱりアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢を目の前で殺すのが一番だよなァア! ひひっひひひっ、最愛の存在が失われた時ィ、あの光系統魔法の使い手がどう壊れるか特等席で眺めさせてもらおうかァアア!!」
路地裏から大通りに続く薄暗いそこから、人混みに紛れてシャルリアとアンジェリカが何やら『あーん』と食べさせて赤くなって固まっている姿が見えていた。
その幸せな瞬間は病的なまでに崩れる。
悲劇はいつだってそばに這い寄って隙あらばその幸せを犯し尽くす。
だから。
だから。
だから。
ザンッッッ!!!! と魔族の男の首が両断された。
断末魔も何もなかった。
そんな暇さえ許さなかった。
背後からの一撃。その両手に握る『あの男』から譲り受けた特殊な二振りのナイフと自身の魔法を合わせて魔族の男の首を切り落とした女は断面から鮮血を噴き出して倒れる死体には目もやっていなかった。
彼女の目にはあの出会いの瞬間からたった一人の令嬢しかうつっていない。
アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢。
そのメイド。
暴力担当としての役割を果たすためなら『あの男』、つまりはガルドとかいう男にだって利用されてやる。
それこそ己の主に秘密にしてでも。
「ご安心ください、お嬢様。今日は必ずや良き一日になりますから」
ーーー☆ーーー
そして。
誰の印象にも残らないほど認識を希薄化させた魔族の男はこう言った。
「まあこうなるのも仕方ないっすよね」