第四十一話 お出かけでの食べ歩き その八
王都の南部。
その中でも食べ物関連の露店が連なる大通りにシャルリアたちはやってきていた。
アンジェリカは緊張から朝ごはんを食べる暇もなく待ち合わせ場所に足を運んでいて、つい先程ぐうっとお腹が鳴ったのがきっかけだった。とりあえず軽く何か食べようと、そんな流れができたのだ。
……そんなきっかけがなければ何も決まらず無言でふらふらしていただろうから、結果的にお腹が鳴ってよかったと言える。その直後こそ魔法道具越しに『やってしまいましたあっ』というアンジェリカの後悔の嘆きが溢れてはいたが。
「アンジェリカ様、とりあえず散策しながら気になったの食べ歩く感じでいい?」
「ちょっと待ちなさいな。食べ歩く?」
「うん。あ、貴族令嬢は食べ歩きとかしないか。ほら、ここらの店はあんな感じに手に持って食べながら歩き回れるようなのが多いんだよ」
と、シャルリアが指差す先に歩いていたのは串に刺さった肉をかじる少年や冷やしたチョコをかけたお菓子を口にする女性、複数の果物の果汁を混ぜたジュースをちびちびと飲む騎士のようでありながらこの国の騎士のそれとは異なる格好をした女などなど。
貴族令嬢であればはしたないとして考えすらしないことではあるが、露店が多く集まるこの区画ではこれが普通だった。というかそういうお手頃な空気を醸し出して購買意欲を刺激するために似たような露店が集まっているのだから。
とはいえ公爵令嬢であるアンジェリカには衝撃的な光景だったのだろう。あの店に『アン』として足を運んでいるとはいっても、食事とはあくまで席についてするものだという観念までは揺るがされていなかったのだから。
「忙しないものですわね。食事くらい座って楽しめばいいものを」
「食べ歩きもそう悪くないよ。もちろんアンジェリカ様が嫌だというなら──」
「平民風情がわたくしの考えを察しようとは随分と図々しいですわね。誰も嫌だとは言っていないですわ」
ふんっと切り捨てるように息を吐き、高慢にして嫌味たっぷり(に見える)公爵令嬢はこう言った。
「食べ歩き、上等ですわよ。このわたくしが平民の食事文化を査定してあげますわ! 哀れな結果になるのは目に見えていますけれどねっ!!」
「……ほんっとう、なんでそんなに口『だけ』は悪いのやら」
「? 何か言いましたか???」
「別に何も。それでは、適当に回りながら気になったの買おうか」
「ふんっ。よきにはからえ、ですわ!!」
なんか言葉遣いが偉そうを通り越してきた。
それでいて今もなおまともに目も合わせていないのは緊張しまくっているからだろう。そう思うと、あんなことを言われても微笑ましく思えてくるのだから不思議である。
素直になれないということを知っているだけで、見え方は変わる。くだらない勘違いをするような浅い関係ではない。
だからシャルリアは笑みさえ浮かべることができるのだ。
こんなやりとりさえも楽しいと、そう思うことができた。
ーーー☆ーーー
この国の騎士は銀のレザーアーマーを基本として騎士だと分かるよう意匠を施している。
対してその女はフルプレートアーマーを基本としていた。淡い青の着色を施したマントを羽織り、兜を脇に挟むように持ちながら、フルーツジュースをちびちびと飲んでいた。
くすんだ灰色の髪。一般的な平民のように地味な色を纏いながらも、フルプレートアーマーを着ていながら何の苦もなく動くことができるくらいには鍛えている十代後半だろう女はぴくりと眉を動かす。
半分以上残っていたフルーツジュースを惜しそうに見つめ、それでも意を決して一気に飲み干す。
「うっ、こふっがはっ!?」
慌てて飲んだせいで咳き込み、口の端から溢れたジュースを手の甲で拭う。
ちょっと涙目になりながらも、切り替えるように首を横に振る。
腰の剣。
その鞘にはこの国のそれとは異なる、それでいてある国を象徴する紋様が刻まれていた。
百年以上前、氷の底に沈んだある国。
未だに『姫様』への忠誠に一切の揺らぎはない
騎士然としたその女は言う。
「この私がいるのであります。誰一人として死なせないでありますよ」
などと格好つけているが、先ほどの醜態を周知を行き交う人たちに見られていたことに気づいて思わず兜をかぶって顔を隠していた。
ーーー☆ーーー
王都の外、かつては小さな森があった跡地であった。
今はもう草の根一つ生えていないその場所で彼らは向かい合っていた。
つまりはガルドと『魅了ノ悪魔』が、である。
つい先程まで王都の南部にいたはずが、瞬きした次の瞬間にはそれなりに距離が離れたこの場に移動していた。
魔法。
それも瞬間移動ともなると──
「この普通の魔法とは系統の異なる感じはあ、まさか『あのエルフ』まで重い腰をあげるとはねえ。今は亡き『第七位相聖女』でもなければ懐柔できないと思っていたけどお。……ガルドお、アナタ本当何者お?」
「そんなに知りたいなら教えてやるよ。ここまでくればもう隠す必要もないからな」
ガルドは首に手をやり、ゴキリと鳴らし、そしてこう言い放った。
「勇者パーティー、その一員。こう言えば流石に俺の正体もわかるよな?」