第三十九話 お出かけでの食べ歩き その六
ザクルメリア王国、王都。
中心部は貴族街や王立魔法学園、王城ダイヤモンドエリアなど平民には縁遠い建物が並ぶ区画となっている。
西部に魔法道具などの職人が工房を連ねており、東部が平民街、北部には雑多に様々な人間や機関が集まっており、南部が王都の玄関口として商人や観光客が集まるからか食事処や衣服店など多種多様な店が軒を連ねている。
今回アンジェリカたちが足を運んだのは南部であった。アンジェリカとしては中心部で高価なものを、という感じだったが、それは店員の少女という立場から適当に理由をつけて却下した。
当たり前のように土地を差し出そうとするようなアンジェリカの『普通』に付き合ったらどんなとんでもないお返しをもらうことになるかわかったものではない。
シャルリアは単に自分のために戦ったのだ。死なせたくなかったから。その手を汚すことも厭わないと思えるくらいに大切だったから。それはあくまでシャルリアの勝手であり、自己満足であり、決して見返りを求めてのことではない。
魔獣退治の依頼を受けた冒険者が正当な対価をもらうのとは話が違うのだ。あんな奴の好きにさせるのは嫌だったから。憑依などという方法で平気で人の人生を踏みにじる奴の思惑を台無しにしてやりたかったから。そうまでしてでも守りたいものがあったから。
だったら、生き残った時点で十分だ。
それ以上なんて求める必要はない。
それに、何より、いきなり土地とかもらっても持て余す。普通の平民はそういうものをもらってもちょっと扱いに困るのだ!!
というわけで多くの人が行き来している南部を散策しながらお返しを探すよう誘導した。ここなら基本的には平民基準なので扱いに困るものをもらう心配もない。……たまに掘り出し物として妖精の鱗粉とかエルフの工芸品とか女神暦以前の品物とか訳の分からないものが売っていたりはするが。
とにかくここまでくれば、後は何かそれっぽいものでも買ってもらって、手柄を横取りしたようで申し訳ないとこれ以上アンジェリカが気にしないよう──
『て、店員さん……』
「っ!?」
ぼそり、と。
耳元、正確には耳にはめ込んだ魔法道具からの声に肩を跳ね上げるシャルリア。
よほど高性能なのか、吐息の微かな震えまでしっかりと拾ってくるものだからなんだかアンジェリカが寄りかかってきて囁いているような錯覚に陥る。つまりドキドキして仕方なかった。
当のアンジェリカはそんなシャルリアの心情など知る由もなく、顔を背け、ぼそぼそとこんな風に続けた。
『会話がありませんわっ』
「……、うん」
南部は多くの人が行き交って喧騒に満ちている。
そんな中、彼女たちだけが会話もなく並んで歩いていた。
とはいえ、
「話を聞いている限り、学園でも似たような感じなんじゃあ?」
『そうですけれど、そうではないのですっ』
並んで歩いていながら二人揃って魔法道具越しに会話を交わすというヘンテコな構図だった。
社交界では羨望の眼差しを独り占めな淑女だとは思えないくらいおどおどしているアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢は言う。
『せっかくこうしてお出かけしているのですよ? 少しはいつもと違って楽しげに話したいのです!』
「それは、そうかもだけど」
『ですから、店員さんっ。何を話せばいいと思います?』
「アンさんが話したいように話せばいいんじゃない?」
『それだと嫌味たっぷり威圧感を添えてになるではありませんか!!』
「あ、はい」
この辺はもうつっこんでもキリがないので受け入れるしかなかった。
とはいえ、まだダメなのか。『雷ノ巨人』との一件で少しは距離が近くなって、慣れてくれたとも思っていたのだが……。
『先程は勢いでどうにかできましたけれど、もう無理です。こうしてシャルリアちゃんと並んで歩いているだけでドキドキして冷静になどいられませんわ! 今考えなしに口を開けばそれはもう罵詈雑言の嵐ですわよ!!』
「罵詈雑言って……なんか悪化してない?」
『それは、仕方がないではありませんか』
ぼそぼそ、と。
小さく、弱々しく、それでも魔法道具は正確にその声を捉えてシャルリアまで届ける。
『「あの一件」でのあんなにも格好いいシャルリアちゃんを見てからというもの、前よりもずっと心惹かれてしまったのですから』
卑怯だ。
反則だ。
こんなのはズル以外の何物でもない。
あのアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢からこんなことを言われたら、誰だって耐えられない。
「……だったら……仕方ない、ね」
『ええ、仕方がないのですわ! というわけで失敗しないためにも事前に話す内容を決めておかないとなのですわ!!』
そっと。
にやけが止まらないその顔を背けるシャルリア。
二人揃って並んでいて、お互いの顔なんて見ていなくて、だけど決して不快感などあるわけがない。
大切で、大事で、だからこそ『一歩』を踏み出せずに、心の中に想いだけが積み重なっていく。
ーーー☆ーーー
『彼女』は雑踏の中でアンジェリカとシャルリアを観察していた。
腰まで伸びた赤髪にどろりと欲に濁った赤い瞳、盛り上がった胸元、甘ったるい色気に満ちた派手な女、すなわち『魅了ノ悪魔』クルフィア=A=ルナティリスである。
「あっは☆」
そして。
そして。
そして。
「よお。久しぶりだな」
その背後から男の声が突き刺さる。
そこまで大きな声ではなかった。それでも多くの人が生み出す喧騒の中でもその声はしっかりとクルフィアの耳に届いていた。
振り返ると、予想通りの男が立っていた。
「ガルドだったっけえ」
「どうして俺がここにいるか、そんなのわざわざ説明する必要ないよな。できればそれなりの被害でも出してもらって、討伐するだけの価値を底上げしてもらったほうが討伐した時に相応の利益が出るもんだが、四天王ともなるとシャレにならなくなるかもだからな。ここらで決着つけさせてもらうぞ」
「その前にい、一ついいかなあ?」
「なんだ? 遺言なら聞かな──」
「今あ、すっごくいいところなんだけどお!? 女の子がイチャイチャしているのを見守っている最中に邪魔してくるとかアナタちょっとこれは万死に値するわよねえ!?」
…………。
…………。
…………。
「は?」
「は? じゃねえーんだよお、このクソボケがあ!!!!」
流石のガルドも唖然としてうまく返せなかった。
これが本音だとしても適当な戯言だとしても反応に困るとはこれこのことだろう。