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第五話 コカトリスのからあげ その二

 

 コカトリス。

 首から上は雄の鶏、胴や翼はドラゴンにも似ていて、尾には毒蛇が蠢いている巨大な魔獣である。一説にはかつて大陸を震撼させた(そして『白百合の勇者』含む英雄たちに倒された)魔王に仕えし四天王の一角による遺伝子改造によって生み出されたのではないかと言われている。


 コカトリスは鉄をも溶かす毒を操ったり、その瞳で見据えた対象を石化させる魔法を得意としている。


 魔獣の強さを示すランクでいえばAランク。上には禁域指定だけであり、歴戦の冒険者でも二の足を踏むくらいには危険な魔獣である。


 そんな凶悪なコカトリスを討伐してその肉を持ち込んだ隻眼の中年男性ガルドはかなりの実力者なのだろう(普段飲んだくれている様子からは全然そうは思えないが)。


 ちなみにコカトリスの肉は揚げると小籠包のように脂が噴き出すほどであり、旨みも一般に流通している高級肉とも劣らない。


「お父さん、お任せって何がいいと──」


 シャルリアが厨房に入ると、あらかじめ彼女が下処理を済ませたコカトリスの肉を醤油や酒、おろしニンニクや生姜などを混ぜた漬け汁に漬け込んだものを父親がジュッワァァァっっっ!! とそれはもういい音で揚げているところだった。


「うん、こんなの一択しかないよね」



 ーーー☆ーーー



「というわけで今日は揚げたてほやほやのからあげだよっ。しかも滅多に手に入らない()()()()()だからねっ! アンさんも気に入ると思うよ!!」


 ……コカトリスの出現情報が出回ることが稀であり、そもそも魔獣を食べるなんて自殺志願者か珍味にお金をかけるような人間でもなければ考えすらしないのだから珍しいに決まっている、と心の中だけで付け加えるシャルリア。


 ちなみに今回はコカトリスの肉を使っているが、からあげを含めてこの店で料理に使う肉はその日によって違う。手に入った魔物の肉を適切に調理しているのでその料理に合う肉がない場合は注文はできないようになっているのだ。逆にいい肉が入ったからとメニューにない料理が並ぶこともある。


 また店で出す料理に関して客にわざわざ魔物の肉を使っているとは言わずに()()()()()を使っているとだけ伝えるようにしている。代わりにタダで手に入る魔物の肉の分だけ料理の値段は控えめにしている。そこらの飲み屋よりもよっぽど安く済んでいるのだから客もまあ普通の牛や豚とは違うゲテモノだろうなと察してはいるだろう。この国の安い店なんてものは多かれ少なかれ『訳あり』なのが常識であり暗黙の了解であるのだから。


 それでも安くて美味いなら構わない、と大雑把に笑い飛ばせるような客でもなければこんな場末の飲み屋になんて足を運ばないのだから今まで問題はなかった。……公爵令嬢がやってきて前提が崩れている気がしないでもないが、シャルリアは全力で気にしないようにしている。


 それはそれとしてアンジェリカに出された皿には大ぶりのからあげだけが積み上がっていた。彩りとか何とかガン無視のお肉オンリー。黙って脂を取っていろと言わんばかりなスタイルは若い女には少々キツイものがあるだろうがアンジェリカに気にした様子はない。良くも悪くも平民の食事を知らないので平民の中ではこれが普通なのだろうと納得しているからだろう。


 ここまでの茶色づくしは野郎だらけの飲食店くらいでしか出ないものなのだが。


「からあげ、ですか。これなら似たようなものを食べたことがありますね。衣はもっと薄いものですけれど」


「ちっちっちっ。うちのからあげはそこらのとは違うんだから! というわけでどうぞっ!!」


「それでは、いただきます」


 言って、前のようにナイフとフォークでお上品に一口サイズに切ろうとしたところで横から見ていた厳つい顔をした冒険者の男が待ったをかけた。


「おいおい嬢ちゃん、そりゃあねえぜ。からあげを刻むたあ、お肉の神様への冒涜だろ!」


「そうなのですか?」


「おうよ! からあげは思いっきりかぶりついてこそ最大限に楽しめるんだからな!!」


 チラリと伺うような視線があった。

 アンジェリカから視線を受けたシャルリアは僅かに悩んだのは事実だ。何せ相手は正体を隠しているとはいえ公爵令嬢。下手に食べ方に指図して不愉快だなんだ思われて『不慮の事故』コースに乗っかるのは絶対に避けたい。


 だから。

 だけど。


「そうだね。ちょっとはしたないと思うかもだけど、からあげは思いっきりかぶりついたほうが美味しいよ」


 もちろん強制はしないけどね、と予防線は張っておくシャルリア。それでも背中を押したのはできるだけ美味しく食べて欲しかったからだ。


 からあげの衣や肉汁をわざわざ刻んで台無しにするなどそれこそ冒険者の男の言う通りお肉の神様への冒涜である。


「店員さんがそう言うなら、そうしましょう」


 おっかなびっくりではあったが、器用にからあげをフォークの上に乗せて口に運ぶアンジェリカ。その可憐で小さな口ではお肉だけでなく衣もたっぷりなからあげに齧りつくために大きく口を開ける必要があった。


 社交界どころか人前では絶対に見せないだろうその姿。


 淑女の鑑だと、完璧な令嬢だと、誰もが遠くから感嘆とした様子で見ている普段のアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢からは考えられない姿に何も言えずにじっと見つめるシャルリア。


 やがて、がしゅっと衣が破れる聴き心地のいい音が響く。遅れてアンジェリカの口にコカトリスの肉に詰まった脂や染みついた漬け汁の味と共に揚げたての熱が広がったのか、驚いたように口元に手をやる。


 隠しても口の中ではふはふと熱さに悶えているのが感じとれる。公爵令嬢といえども熱いものを食べた時の反応は平民と変わらないようだ。


 そのせいで怒らせて『不慮の事故』コースに乗ったらまずいとは思っていた。それでも揚げたてのからあげはああやって熱さを我慢してでも齧りついたほうが絶対に美味しい。そして、そんなからあげの味を『不慮の事故』の危険性があってもなおアンジェリカにも知って欲しいという思いもあった。


 それは、おそらく、もつ煮込みのように自分の好きな料理をアンジェリカにも好きになってもらいたいと、そう思ったから。


 それがどうしてかはうまく言葉にできなかったが。


「ふっ……んっ!? あふっ、あつあつですねっ」


「揚げたてだからね。どう?」


 コカトリスの肉の脂だけでもそこらの鶏の肉よりも濃厚ではあるが、そこに醤油をベースに様々なソースや香辛料を混ぜ込んだ漬け汁が染みて味に深みというか重みを持たせていた。


 つまりはビールがよく進む飲み屋特有の濃くて美味しい料理なのだ。


「ふっぁふっ……ふ、ふふっ。美味しいですわっ」


「それはよかった!」


 口の中の熱さに口を押さえながらもぱぁっと表情を明るくするアンジェリカにこの時ばかりは色々と小難しいこと抜きに嬉しそうに頷くシャルリア。


「店員さんたちの言う通り、からあげは切らずにそのまま食べたほうが食感や溢れる肉汁を楽しめて美味しく感じましたわ。からあげ、ふふっ、これもまたわたくしの好きな食べ物になってしまいました」


 年頃の女の子のように笑ってそう言われて、なぜか照れくさくなって視線を逸らすシャルリア。


 そこまでなら全然何ともなかったのだが……、


「これ、絶対ビールが合いますよね。店員さん、ビールももらっていいですか?」


「はい、ビールねっ!」


 あれ? 何だか嫌な予感がすると思ってはいても客からの注文を店員が断るわけにもいかない。


 そんなわけで山のように積み上がっていたからあげがなくなる頃には空のジョッキの山ができあがっていた。


「ひっく」


 ついでに酔っ払いも。


「店員さあん!!」


「はいはい、何かな?」


「わたくし、悩みがあるんです!!」


 真っ赤な顔でふんっと胸を張って元気よくそう言うアンジェリカ。酔いのせいもあるだろうが、大ぶりのからあげの山をひょいひょいと口に放り込んでも平気なくらいには意外とよく食べる公爵令嬢は先程までの元気はどこへやら、気がつけば目に見えて落ち込んでいた。


「そう、悩みが……うう、うううっ!!」


「ちょっ、なんで泣いてっ、ええ!?」


 酔っ払いが突拍子もないのは今に始まったことではないが、公爵令嬢にこんなことをやられると心臓に悪いからやめてほしいものである。

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