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第三十七話 お出かけでの食べ歩き その四

 

 夏の長期休暇、()()()()()()


 ついにお出かけ当日であった。

 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢は王都の東部、平民がよく待ち合わせに使う噴水がある大きな広場でそわそわしていた。


 朝、五時。

 ちなみに待ち合わせ時間は十時なので五時間前から待ち合わせ場所に来ていることになる。


『お嬢様ーやっぱり早く来すぎですってー』


「ふん」


 他の人間がいない早朝の広場でアンジェリカはどこからともなく聞こえてくるメイドの声にこう答えた。



「どうせ一睡もできないくらい緊張して何も手がつかないのです! それなら早めに来ていたほうがまだマシですわ!!」



 声音だけは公爵令嬢らしく堂々としたものだった。

 内容は情けないにもほどがあったが。


 黄金から切り取ったような煌く金髪、宝石を埋め込んだのではと思うほど綺麗な碧眼、スレンダーなシミひとつない身体と非の打ち所がないほどに美しいアンジェリカであるが、学園では公爵家の財を尽くした豪勢な真紅のドレスを好んで身につけている。


 だが今日はあくまで街に足を運んでのお出かけである。

 流石にいつもの格好では目立ちすぎるし、だからといって地味すぎる服装でシャルリアと過ごすのは何か嫌だった。


 できるだけ綺麗に。

 それでいて王都の街中でも悪目立ちしない程度に。


 そうやって悩んで悩んで悩み抜いて、頭がゴチャゴチャしてきたアンジェリカは店員の少女のもとに駆け込んだ。


『店員さんっ。今度のお出かけではどんなものを着ていけばいいと思いますか!?』


『私はそういうのはよくわからないからなぁー。だけど、アンさんなら何着ていってもいいと思うよ。なんだって似合うだろうしね』


『そう、ですか?』


『そうだよっ!』


 本当に不思議なのだが、店員の少女からそう太鼓判を押されただけでアンジェリカは安堵していた。


 店員さんがそう言うなら大丈夫だと。


『あ、でも、どうしようもなくなったら服を売っているお店の人に聞くのがいいかも。やっぱりプロに頼るのが1番だと思うし』


『そうですね。ですけど、もう少しだけ自分で考えてみます。わたくしならなんだって似合うのですしね?』


『おっ、良い顔するじゃんっ。アンさんはやっぱりそうやって自信満々に笑っているのが似合っているよっ!』



 結局、アンジェリカは赤を基調としたドレスを選んだ。

 装飾や品質などを街中に出るならと平民の世界に合わせながらも、やはり赤こそ自分によく似合うとそう思ったから。



 なんだって似合うなら、あとは好きかどうかだけ。

 胸を張って、自信をもって、シャルリアとお出かけできる服装を選ぶに限る。


「……ぅ……っふう!!」


 だからといって緊張せずに済むわけではないのだが。

 もう今から心臓がばくばくで荒い息が漏れて仕方なかった。



 ーーー☆ーーー



 シャルリアは待ち合わせの時間三十分前に待ち合わせ場所に来ていた。物陰に隠れて、あと三十分もすればやってくるアンジェリカに見つからないように。


 だったのだが、もう来ていた。

 こうして遠目に見るだけでもよく目立つのは真っ赤なドレスのせいだけでもないだろう。他の人間とは『違う』。輝いて見える。


 それはアンジェリカが綺麗だからだろうが、この感覚は前よりも強くなっているような……。


「って、そんなことより早く連絡しておかないとっ」


 シャルリアは首元に巻いたスカーフの裏に仕込んだ声を送信する用の魔法道具を指で押す。こうしている間に発した声がアンジェリカの耳にはめ込まれた受信用の魔法道具に声として届くという仕組みだ。


「アンさん、もう来ていたんだね」


『てっ店員さん、来てくれたんですねっ!!』


「もちろん。約束したからね」


 シャルリアの耳にはめ込んだ魔法道具からアンジェリカの声が返ってくる。なんだか耳元で囁かれているようで落ち着かなかった。


 少し離れたところからお出かけの助言をしてほしい。そう押し切られてしまった。


 というわけで『店員さん』を装いながらアンジェリカとお出かけをする羽目になったが、果たしてどこまで騙せるか。


『店員さん、どこにいらっしゃるのですか!?』


「いや、それはっ、私はあくまで助言役だから邪魔にならないよう隠れているから!」


『そ、そうですか。あのっ店員さんっ。わ、わたくし、緊張でおかしくなりそうですわ!!』


「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だからね」


『ですけど、あと少しでシャルリアさんがっ、学園の外でっ、いつもとちがっ、もしも嫌われたら……!!』


「アンさん」


 そっと。

 面と向かっては言いにくくても、こうして距離があってなおかつ『店員さん』であれば──



「アンさんなら大丈夫。アンさんほど魅力的な女性が嫌われるわけないじゃん!!」



『…………みりょくてき??? いっいまっわたくしのこと魅力的って言いました!? 言いましたよね、ねっ!?』


「う、うん」


『ふ、ふふっふふ、そうですか、それは、ふっふふっふふふふ!!』


 もう遠目から見ているだけでも浮かれているのが丸わかりなアンジェリカはビールで頭がやられていないはずなのにふにゃふにゃな声音でこう言った。


『店員さんもすっごく魅力的ですわよ!! 可愛らしくて、いつでも優しくて、本当だいっ好きです!!』


「っ!?」


 びくんっ! と全身が跳ねていた。

 頬が熱くて、思わず顔を逸らしていた。


(なんで『店員さん』にはそんなに素直になれるのよ、ばかっ!!)


 それを言うならシャルリアも似たような感じなのだが、自分のことは棚に上げてばかばかと悪態をつくシャルリア。


 結局、三十分前にはついていたのにアンジェリカのもとまで顔を出したのは待ち合わせ時間ギリギリになった。


 それくらいは時間をかけないと絶対に赤くなった顔に気づかれていたはずだ。

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