第三十五話 お出かけでの食べ歩き その二
「店員さあん!! ひっく。どうしましょうーっ!!」
その日の夜、ビールが入って酔っ払った『アン』があわあわしていた。
店が開いてすぐにやってきたアンジェリカはとにかく酔って口を軽くしたかったのか、豪快にビールを煽って即席酔っ払いの完成……かと思ったら先の発言であった。
「どうしたの、アンさん?」
「や、ややっやってしまったのです」
「何を?」
「つっついに! シャルリアちゃんをお出かけに誘ってしまったのですう!!」
あ、やっぱりそういうアレだったんだと、口が緩みそうになるシャルリア。先程までは『下処理』も手につかずにあわあわしていたが、こうして慌てまくっている人間を見ていると不思議と落ち着いてくる。『店員モード』で誤魔化しているのもあるだろうが。
ボサボサな茶髪を後ろで一本にまとめて、目元を覆う前髪を純白の百合を摸した髪飾りで留めて、エプロンのようでいて動きやすい青を基調とした店の制服に着替えてとするだけでだいぶ印象が変わるのか、いまだに店員の少女がシャルリアだと気づかずにアンジェリカは続ける。
「いえ、そのですよ、別にそう仕向けたわけではなくてお返しをしなければならないと思ったのは本当でですけれど話の流れからいけそうだと思ってですからそのつい流れでですねあんなにうまくいくとは予想外でつまりですからわたくし本当にシャルリアさんとお出かけするんですかなにそれどうしよう本当どうしましょう店員さあん!?」
「ええと、とにかく落ち着いて説明して、ね?」
流石にここまで詳しい説明のないメチャクチャ具合から話についていくと不自然なので説明を促すシャルリア。
酔っ払いに加えてテンパっているのもあって客観的に状況を理解できる説明を聞き出すのに三十分はかかった(流石に酔っていても『雷ノ巨人』などに関しては誤魔化していたが)。
「つまり事情があってシャルリアちゃんとやらの手柄をやむなくアンさんがもらっちゃったから代わりとなるお返しを一緒に選びに街に出る、と」
こくっこくっ! と空になったジョッキ片手に大きく頷くアンジェリカ。
学園では優雅にして高慢な、いついかなる時も凛々しく堂々としているアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢が英雄に憧れる生娘みたいにもじもじしながら、
「ど、どうしましょう? 確かにシャルリアちゃんとは、その、前に比べたら少しは距離が縮まったかとは思うのですけれど、いっしょにお出かけして大丈夫ですか? ダメダメ過ぎて幻滅されませんか!?」
少なくとも『こんな』アンジェリカを見ても幻滅するどころか親しみやすさすら感じているので多少ダメダメな部分が出てきても何の問題もない。
ないのだが、もちろん店員の少女とシャルリアが同一人物だということを隠している以上そんなことは言えない。
だから、シャルリアはこう言うのだ。
「アンさんなら大丈夫だよ」
「そう思います? 本当に!?」
「うん。何なら私もアンさんと一緒にお出かけしたいくらいには魅力的なんだしもっと自信もってよっ!!」
『店員モード』とは本当に厄介なものだとシャルリアは思う。酔っ払いどもに合わせてきたから、何も考えずにポンポン言葉が出てくるのだ。
そう。
シャルリアは後先なんて考えていなかった。
「あ、その手がありましたわ。ですけど店員さんにとってわたくしは『アンさん』ですから一緒だと流石にわたくしの名前を呼ばれた時に……」
「ん?」
「店員さん、お願いがあります」
「うん、なに?」
「不躾なお願いだとは自覚しています。それでも店員さんの力がないとわたくしは絶対にやらかすと思います。ですから、どうか、わたくしとシャルリアちゃんとのお出かけに店員さんもついてきてくださいな!! 困った時にすぐに助言がもらえるように、こう、こっそりと後ろからついてくる形でどうかよろしくお願いしますわ!!」
「はぃいいい!?」
そんなの不可能に決まっていた。
繰り返すが、店員の少女とシャルリアは同一人物なのだから。
「それと、それとは別に改めてお出かけしませんか?」
「いやいや、えっ、ちょっ、待って待って!!」
ーーー☆ーーー
深夜。
店を閉めると共にシャルリアは頭を抱えていた。
「うわあん!! 押しが強すぎるよ、アンさあん!!」
よっぽど不安なのか、どれだけ断ろうとしても食い下がってきた。
「通信系の魔法道具差し上げるからこれで逐一助言がほしいって、本当、なんでこうなった? つまりアンジェリカ様とお出かけしながらアンジェリカ様に助言するってことで、なんかそれは色々とまずくない? 目の前でケチつけるみたいなことにならない!?」
百年以上前に猛威を振るい、『白百合の勇者』たちによって倒された魔族四天王の一角である『創造ノ亡霊』。
その亡霊は超常的な力を発揮する道具を作り出していた。その道具自体は魔族しか使えないようになっていたが、遺産の一部を解析することで人間でも使えるように改良したものが魔法道具だ。
とはいえ、亡霊の消滅から百年以上経ってもそこまで強力な道具はできておらず、日々の生活を役立てるものが大半だった。
通信、つまりは遠くの人間と道具を介して話すことができる魔法道具もそうして作られた一つである。
音を受信する道具は目立たないよう耳につけて、声を送信する道具は服の裏にでも貼り付けて使う最新型をアンジェリカからもらうことになっていた(かなり高価なものなのだが、それを貸すのではなくプレゼントするというのがアンジェリカらしかった)。
そういった便利な道具があるなら、お出かけ中もなんとか正体がバレないよう助言ができる、かも?
「やばい。やばいやばいやばいっ!! アンジェリカ様と一緒に出かけるだけでも一大事だったのに、こんなのどうしろってのよお!!」
相手が常連の馬鹿どもであれば問答無用で断れただろう。
だけど、それでも、本当に困っていると、頼れるのは店員の少女だけだと、助けてほしいと、そう言葉もなくあんな涙目で訴えられたら……。
「ああもうっなんで断れなかったのよ、私っ」
少なくとも出会ってすぐの時のように断れば『不慮の事故』で消されるかもしれないと無意味に怯えているわけではない。
強引にでも断れば、残念がるだろうが、それ以上何かがあるわけではないのはわかっている。
だから。
だけど。
「ああ、そっか。悲しませたくなかったからか。……それにしても断るべきだよね!? 自分の首を締めまくるだけなんだしさあ!!」
距離が縮まれば縮まった分だけ心乱されることが増えた気がする。
それはそれとして、本当にどうすればいいのだとシャルリアは一晩中頭を抱えていた。
……何なら別の日に改めて『店員さん』と『アン』の二人きりでお出かけする約束まで取り付けられたのだから、それも含めてもう頭の中がいっぱいいっぱいだった。