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第三十四話 お出かけでの食べ歩き その一

 

 夏の長期休暇、()()()()()


 夏の長期休暇が始まって一週間が経っていた。


 第一王子に憑依していた『雷ノ巨人』を追い出し、撃破してと色々と非現実な大立ち回りからある程度日数が経っても特にシャルリアの生活に変わりはなかった。


 つまりアンジェリカたちが光系統魔法の真の力について黙っていてくれており、他の生徒たちにも気づかれてなかったということだ。そうでなければ今頃『特別』扱いされていたことだろう。


 ちなみに『雷ノ巨人』を倒したのはアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢ということになっている。光系統魔法を『かすり傷を治すのが限界のちっぽけな魔法』ということにしたいシャルリアとしてはあんな怪物とやり合ったという事実すら隠しておきたかったからだ。


 アンジェリカは他人の手柄を横取りするようで誇りがどうのと言っていたが、頼みに頼み込んでどうにか押し通すことができた。いずれは『白百合の勇者』のような伝説的存在に並ぶほどの才能があるとまで言われている彼女であればそうおかしなことでもないと国家上層部も判断している。近く何かしらの勲章なりが授与されるかもしれないらしい。


 ただし。

 アンジェリカは全然納得していないようで、わざわざ(黒髪のメイド経由で連絡を寄越して)シャルリアを学園に呼び出したのだ。


 目元から腰まで覆うように伸びたボサボサの茶髪、人目を避けるように丸まった背中、そして絵本の中の魔女のように全身真っ黒なローブにとんがり帽子をかぶったシャルリアへとアンジェリカはこう切り出した。


「『雷ノ巨人』の力の波動は王都中に撒き散らされていました。そのためその脅威度も把握されており、わたくしが調べたところによるとあと少しで国王陛下直々に用意した『最大戦力』が差し向けられていたようです。残念ながら『最大戦力』の正体までは調べきれませんでしたけれど、逆に言えばそれだけ秘匿されるくらいの奥の手を持ち出す必要があると国王陛下は判断したということです」


「は、はあ」


「それだけの事態を丸く収めたとなれば相応の勲章が与えられることになります。本当ならシャルリアさんが与えられるはずのものがわたくしに、です」


「いや、いやいやっ。そんな気にしないでよっ! 私は平凡に、ひっそりと、一般的な平民らしく暮らしていけたらそれで幸せなんだしね。勲章とかなんとか普通に邪魔だから!! だからアンジェリカ様がもらってくれるってんならそっちのほうがすっごくありがたいんだって!」


「…………、」


 ダメだった。

 もう表情からして納得いっていないのが丸わかりだった。


 しばらく黙っていたアンジェリカはやがて名案とばかりにこう口を開いた。


「それでは、こうしましょう。『雷ノ巨人』撃破の功績をわたくしがいただく代わりにシャルリアさんに何かお返しをします。何かご希望はありますか?」


「お返しって、私は単に気に食わないからぶっ飛ばしただけで……」


「何かご希望はありますか?」


 あ、これ絶対に断れないヤツだ、とシャルリアは悟った。

 敬語抜きで話していいと許してくれたとしても、あの店での『アン』がふにゃふにゃであっても、根本的に彼女はヴァーミリオン公爵令嬢としての誇りも持ち合わせているのだから。


 施されたままで納得できるような人間ではない。

 そんなものは誇り高き人格が許しはしない。


 だから。

 だけど。


「うーん。お返し、お返しねえ。別に今欲しいものとかないんだよね。あ、ノートが少なくなっていたはずだから、それで……あ、はい。だめですよね、はい」


 思わず敬語になってしまうくらいには不満が圧となって噴出していた。王都が、この国そのものが、第二の雷の地獄という禁域に変わって多くの命が奪われるのを阻止した功績を何だと思っているのだと言わんばかりだった。


 だから。

 ちょっと投げやりにこんなことを言っていた。


「もうアンジェリカ様がお返しを選んでよ」


「………………………………、そ、れは」


 ん? とシャルリアが疑問に思った時には。

 こんな返答があった。



「一緒にお出かけしてお返しを選んでほしいと、そういうことですか!?」



 …………。

 …………。

 …………。


「は、ひ?」


 なんか気づいたらとんでもない展開にぶっ飛んでいた。



 ーーー☆ーーー



 夕方。

 昼間のことを思い出しながら、シャルリアは魔物の肉の『下処理』をしていた。


 毎度のごとく隻眼の中年男性ガルドからもらった魔物の肉に染みついた魔王の極大魔法・瘴気を浄化し、人間への悪影響を取り除きながら、


「うわあん!! なんでそんなことになるんだよお!!」


 夏の長期休暇中だから用事があると言い逃れするのも難しかった。というか平民が公爵令嬢からの要求を断れるものか。


「別に嫌ってわけじゃないけど、なんか……なんか緊張する」


 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢はシャルリアに対しては親の仇のようにツンツンしているが、それが本音ではないことはわかっている。


 本当の彼女は『違う』ことはよくわかっている。


 とはいえ、それとこれとはまた別だ。

 学園で接する時も『勉強会』……というか、アンジェリカが一方的に話すのを聞くだけだ。『雷ノ巨人』と戦っていた時のほうが普段よりも多く会話していたくらいにはまだまだなのだ。


 これが『アン』であれば『店員モード』で乗り切ることもできるが、もちろんそんなことができるわけもなく。


 約束の日まで残り三日。

 さあ、どうする?


「とりあえず服でも買いにいこう。公爵令嬢と並ぶんだからそれなりの服を用意しないとね。いやっ別に浮かれているわけじゃないからね!?」


 ……誰にともなく言い訳するくらいには大慌てなシャルリアであった。

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