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転変 その一

 

 夏の長期休暇、()()()

 そこに至る、どこかの未来。


 深淵が滲むような漆黒の髪はくせっ毛なのか髪が二本のツノのように跳ねており、透き通るように瑠璃色の瞳はどこか暗く鋭利な刃物のように突き刺すようで、()()()()()()()なのか床に引きずるほどサイズのあっていないダークスーツを身に纏っていた。


 七、八歳だろう女の子はとてとてとシャルリアの目の前までやってきて、明るくそれでいて底冷えのする笑顔でこう言った。


『はじめまして勇者の娘サン。約束を果たしに魔王の娘が会いにきてやったゾ』


『……?』


 何かのお遊びなのだろうか、とシャルリアは首を傾げる。


 彼女が言っている勇者といえば百年以上前に様々な偉業──それこそ食から暮らしから文明そのものを変革するほどに優れた技術を世に広めた『白百合の勇者』のことだろう。


 そして、魔王とは同じく百年以上前に魔族の軍勢を率いて多くの街を国を滅ぼし、大陸全土を鮮血と死で埋め尽くした『黒滅ノ魔王』のことだろう。


 一応はそれ以外にも勇者や魔王と呼ばれる存在はいるが、そんなものは歴史書の片隅に記されているような者たちであり、そもそも古すぎて正確な情報さえも残っていない。わざわざお遊びにそのようなマイナーな設定は持ってこないはずだ。


 さて。

『白百合の勇者』の偉業の中でも一番有名なのは『黒滅ノ魔王』を殺して世界を救ったというものなのだが、その『娘』を自称するというのは少々ひねったお遊びである。


 ごっこ遊びといえば普通当人になりきるものだが、その娘になりきるとは。しかも彼女自身はやられ役である魔王の娘になりきって、シャルリアに勇者の娘役を与えていた。


 ……この配置は確実にドロドロとした展開になる。七、八歳だろう幼さで随分とひねくれたお遊びにハマっているようだ。


 というかそもそもこのダークスーツの袖から手が出ていないくらいにはぶかぶかな女の子とは一度も会ったことがないのだが、どうしてこんなひねったお遊びに付き合わされているのだろうか?


(まあ、ちょっとくらい付き合ってあげてもいっか)


 もしも迷子なら騎士の詰所にでも連れて行くべきだろうが、話を聞くにしてもある程度親密になっておいて損はない。


 というわけで──



『どっどどっどうして女王陛下がこんなところに来ちゃっているのよお!?』



 全体的に派手で色っぽい【────】がいきなり立ち上がってそんなことを叫んでいた。


 どうやらみんな子供には甘いようだ。

 頭の中ピンク色の淫乱女も即席でお遊びに付き合ってあげるとは意外と面倒見はいいのかもしれない。


『ムウ。今日までわらわを放って過去さえも忘れてそんな奴らと遊んでいたお姉ちゃんなんて知らないんだゾ』


『それは色々と事情があ……いやそんなことよりなんでえ……ああ!? そういえば憎悪を埋め込んだままだったっけえ!? 今は色々と事情が変わってえ、仕掛けるにしても色々と問題があってえ、だからちょっとお話しようよお、ねえ!?』


『あれ? 知り合いなの?』


 シャルリアがそう言うと、なぜか派手で色っぽい【────】は苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。基本刹那的に生きている快楽主義者らしくない反応だった。


 と、そこで厨房から出てきたシャルリアの父親が隻眼の中年男性ガルドに声をかける。


『どういう状況だ? 随分と禍々しい力の波動だが、まあどうせお前の策略の一種に巻き込──』


『騎士崩れの料理人』


 遮って。

 そして、ガルドは言う。

 ……彼らしくもなく、焦りに顔を歪めて。


『こいつは俺も予想外だ。この漏れ出ている魔力の感じは確かに似て……チッ。魔王の娘だと? ふざけるなっ。そんな特大の爆弾があるだなんて聞いていないぞ!!』


 それで終わらない。

 騎士然とした女、夏の長期休暇の中で店に通うようになった【────】=【─────】が腰の剣に手をかけながら、


『つまりなんだ、斬ればいいのでありますか?』


『脳筋はちょっと黙っていろ! ただでさえ四天王が「二つ」も蔓延っていて膠着状態だったってのに、魔王の娘とか特大の爆弾を真っ向から敵に回せるか!!』


『むっ、「二つ」だと? 貴様はまだそのようなことを!!』


『あいにくと俺は国一つを氷漬けにするような怪物を信用する気はなくてな。あの時、普通にぶっ殺して安全を確保したかったくらいだ!!』


『姫様に手を出すなら、まずは貴様からぶった斬るであります』


『だから今は真っ向から敵に回す気はないんだって!! 斬るしか能がないんだから本当ちょっと黙っていろ!!』


『にゃっはっはっ。これはちょろっとやばいかもっしょー』


『……女王陛下……』


 特徴的な耳の女の子、つまりは【──────】=【─────】に続くように周辺気温を低下させるほどに冷たい女、すなわち【────】=【───────】は言う。


『いかに女王陛下といえども……私たちの恩人に手を出すなら……容赦はしない』


『ちょお!? 余計なこと言って刺激しないでよお!! ワタシの「計画」が台無しになるじゃないのよお!!』


『チッ。やっぱり何か企んでやがったな、「魅了ノ悪魔」』


『当たり前のことをドヤ顔で言うんじゃないよお、【───────】お!! ここまで捻れてなかったら真っ先に殺してやりたいのは変わってないんだからねえ、この裏切り者があ!!』


 そして。

 そして。

 そして。



『さっきからうるさいゾ』



 ゴッッッ!!!! と。

 シャルリアの父親もガルドも騎士然とした女も特徴的な耳の女の子も派手で色っぽい女も周辺気温を低下させるほどに冷たい女も呆気に取られていた他の客も、そして何より『アン』という平民に扮したアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢も全員が一律で平等に床に押し倒された。


 何かしらの力でもって。

 これだけの面子が揃っていて誰も抵抗できずに、声さえ出すこともできなくなって、だ。


『え、えっ!?』


『これでゆっくりお話ができるカナ』


 女の子は笑う。

 無邪気な年相応の笑顔のようでいて、どこか底冷えのする圧を秘めて、唯一謎の力の対象から外されたシャルリアを見据える。


『ねえ勇者の娘サン?』

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