夏の長期休暇前の一幕
女神暦862年3月:のちの『白百合の勇者』による技術革新。
『白百合の勇者』は誰も発見していない農作物のタネや物質、新たな料理や未知の技術を広めて──複数の『文明』を一人でつくりあげるように大陸全土を急速に発展させていった。
あるいはそれは光系統魔法によるものだったのかもしれない。それほど常識的には考えられないほど超常的な成長具合であったとされている。
女神暦867年4月:覇権大戦勃発。
『黒滅ノ魔王』率いる魔族軍の同時多発先制攻撃により、三十分という短時間ながら総人口の一割が死滅。それからも対象となるものに直接作用する転移と違い、空間に作用して座標を連結、長距離を一瞬で移動可能なほどに高度な力でもって魔族軍は奇襲を仕掛けることになる。
女神暦867年8月:九の国が滅亡。魔族側に寝返ったり、無抵抗での降伏を宣言する国が増える。
西の戦士の国、東の宗教国家が滅ぼされ、禁域に変貌。またその他の国も魔族軍の圧倒的な力とどんな防衛も無視して内側に攻め込める瞬間移動からの奇襲によってなすすべもなく蹂躙された。
女神暦867年11月:最後の魔族四天王『氷ノ姫君』が北の大国を凍結させる。
北の大国の姫であるリアルル=スノーホワイトが魔族四天王の一角『氷ノ姫君』に任命される。同時に北の大国と共に凍りつき、そのまま生命活動を停止させる。
女神暦867年12月:『白百合の勇者』率いる勇者パーティーと魔族四天王の一角『創造ノ亡霊』が激突。エルフの離れ小島での決戦にて初めて魔族四天王の殺害に成功。
勇者パーティーによって魔族四天王の一角が撃破されたこと、また勇者パーティーの味方になったエルフの長老の娘の知識や秘術によって人類は反撃のための力を得ることができた。
例えば魔族側の瞬間移動を妨害する秘術、あるいは魔族側の特性や弱点といった知識などなど。
……エルフたちが最初から人類に味方していればとの見方もあるが、歴史的な観点からいって少し助けられた程度で味方してくれたことが奇跡なのだ。共通の敵が現れたから、だけが理由だとも思えないが、どうして人類側に味方してくれたのかは不明である。
女神暦868月2月:残る魔族四天王と勇者パーティーとが激突、撃破。その直後に大陸中心部に降臨したとされる魔王が勇者との一騎打ちの末に殺された。
その決戦の一部始終はどの歴史書にも残っていない。
一つ言えるのは、その日に人類の勝利が決したということだ。
付け加えるならばその後の勇者パーティーについては戦いの後遺症で亡くなったとされているが、その死が多くの人間に見守られて死んだとされる『第七位相聖女』以外は明確な死亡日時までは残っていない。とはいえ覇権大戦からすぐに表舞台から消えたこと、魔王や四天王との戦闘で負った傷は決して浅くなかったこと、百年以上経っていることからもう死んでいるのは確かだろう。
──などと、長々と話されても頭に入るわけがなかった。
教師の堅苦しい授業内容はシャルリアの耳から通り抜けてそのまま霧散していった。
頭に残らない。
覚えようとしても眠気が勝ってしまう。
これがアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢による勉強会であったならば違うのだが。
あんなにも綺麗な声を聞き流せるわけがない。
……早くアンジェリカ様の声が聞きたいな、と最近のシャルリアは授業中そんなことばかり考えていた。