???話 その三 女騎士とガトーショコラ
夏の長期休暇、残り十一日
そこに至る、どこかの未来。
騎士然とした女、つまりは『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズとシャルリアはひょんなことから知り合った。
北の大国でのアレソレも終わり、落ち着いたある日のことだ。
『せっかく解放された姫様のために何かしたいのであります。店員さん、何かいい案はありませんか?』
そんなことを相談されて、紆余曲折があって甘味を手作りしてプレゼントしようということになった。
休店日のその日、店の厨房でシャルリアとナタリー、そして『アン』という平民の女ということになっているアンジェリカが並んでいた。
『ん? どうしてアンまでここにいるのてありますか?』
『別に? 店員さんとナタリーが二人きりなのが気になったわけじゃないですけれど? 単にわたくしも甘いものが作りたくなったからご一緒しているだけですわ』
『そうでありますか』
もう目が泳ぎまくっていたが、ここで疑問に思わないのが良くも悪くも脳筋なナタリーであった。それを言うならシャルリアも『料理に興味があったなんて意外だよね』などと額面通り受け取っていたが。
『さて、早速作っていくんだけど、その前に一つ。お菓子作りと普通の料理を作るのには大きな違いがあるんだよ』
『それは?』
『分量だよ。普通の料理なら目分量でも意外と何とかなるけど、お菓子作りは違う。分量をしっかり計測しないと絶対に失敗するんだよ。逆に言えば分量さえ正確なら、そうそう失敗しないということでもあるんだけどね』
『なるほどでありますっ』
『というわけでレシピを守って美味しいお菓子を作っていこー!!』
『おーであります!!』
そうして始まったお菓子作りだが、はっきり言って目立ったトラブルはなかった。分量を守り、レシピ通りの時間焼けばそれなりの出来にはなる。いくら脳筋なナタリーでも戦闘でもないのに力任せに厨房を破壊するようなことはない。
だから。
アンジェリカの意識はお菓子作りよりも別のことに向いていた。
教える側だからか、先生のように胸を張っている店員さんに。
(こういう店員さんも新鮮でいいですわね)
店員さんは教える側になるとノリノリで先生ぶる。
そんな一面もあるのだと、それがわかっただけでも最高の一日になった。
ーーー☆ーーー
出来上がったのはガトーショコラだった。
曰く『姫様』が好んでいたお菓子。『あのエルフ』ともよく食べていたと、そこだけはどこか苦々しそうに吐き捨てる女騎士。
それでも『姫様』が喜ぶならと、そのために生きると誓ったのだと、ちょっと重いナタリーであった。
ナタリーはガトーショコラを持って『姫様』の元に駆け出した。だから残ったのはシャルリアとアンジェリカだった。
そして、店員の少女の指示でアンジェリカが作ったガトーショコラも。
『店員さん。よろしければ、このガトーショコラ受け取ってくれませんか?』
『え? いいの?』
『はい。日頃お世話になっている店員さんのために作りましたから。店員さんが見ていてくれたので味は問題ないでしょうし、その……嫌でなかったならば受け取って欲しいですわ』
『私のために……。アンさん、ありがと! それじゃあ今食べてもいい? いいよね、ねっ!?』
『え、ええ。どうぞ』
『それじゃあ、いっただきます!』
表情を綻ばせてガトーショコラを口に運ぶシャルリア。
甘く濃厚で、口の中でほろほろと溶ける。アンジェリカの手作りだと思うと、甘さもひとしおだった。
『どうですか?』
『美味しい、おいしいよ、アンさんっ!!』
『そうですか。それは、よかったですわ』
嬉しそうに、本当に美味しそうにガトーショコラを食べる店員さん。そんな彼女を見ているとアンジェリカの胸の奥が温かくなってくる。
『ありがとうございます』
『うえ? どうしてアンさんがお礼を言うの?』
出会った幸運に。そして今日まで一緒にいることを許してくれたことに。
つまりは店員さんへの感謝が溢れたからだが、もちろんそんなことは恥ずかしくて言えるわけがなかった。