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第四話 コカトリスのからあげ その一

 

 目元から腰まで覆うように伸びたボサボサの茶髪、人目を避けるように丸まった腰、そして絵本の中の魔女のように全身真っ黒なローブにとんがり帽子をかぶったシャルリアは光系統魔法というただ一点のみを評価されて魔法関連の名門たる王立魔法学園に入学を果たした。


 魔王を討伐した『白百合の勇者』のように歴史上において光系統魔法の使い手は様々な偉業を成し遂げていた。ゆえにシャルリアもまたそれら伝説の存在と並ぶものと思われており、今のうちに仲良くなっておこうと入学当初は高位の貴族の令息令嬢が集まっていた。……『できること』はそこらの治癒系統魔法の使い手よりも劣るとばれたら瞬く間に散っていったが。


 入学前からそのことを知っていた学園の教師や国家上層部の一部は今からでも新たな性質の力が開花するのではと諦めていないが、基本的にその人間が魔法で『できること』は十歳前後には本人が自覚できるのだ。それこそ成長するにつれて手足の動かし方を何となく理解するように。


 同じ強化系統魔法の使い手でも身体の強化しかできないから肉弾戦専門の者もいれば無機物しか強化できないから身につけている武器や防具を強化するだけでなく大砲による砲撃などを強化して総合的な戦力を大幅に底上げできる者もいるように『できること』の違いによって同じ系統の魔法の使い手でも活躍の場は変わってくる。


 ゆえにいかに光系統魔法といえども『できること』によってその価値は大きく変動する。歴代の使い手の傾向から『できること』には個人によって大きく差がある──つまり自由度が高いがために使い手によってその実力も大きく変わっていた。


 だからこそ軽度の傷しか治せない(しかも自分の怪我は治せない欠点あり)──成長してもそこらの治癒系統魔法の使い手と変わらない──今のシャルリアにそこまで大きな価値はないハズレだと判断された。


 日々の鍛錬で威力や範囲を上げることはできるが、『できること』だけはすでに十五歳であるシャルリアが増やすというのは絶望的である以上、ここからシャルリアが『白百合の勇者』のように絶大な力を開花させる可能性は絶対にない。だから学園の生徒はこぞってシャルリアのことを捨て置いている。


 今まさに学園の図書館の片隅で一人本を読んでいようとも誰も声をかけることはないのだ。


(実技は光系統魔法というブランドと希少すぎて評価基準がないに等しいのを理由にどうにかごり押しで合格できるかもだけど、座学はそうもいかないんだよね。点数悪すぎて退学なら大歓迎だけど、そうならずに留年ってなったら最悪よ)


 だからこそ昼休みにご飯もそこそこに図書館で小難しい本を引っ張って勉強に励んでいるのだが……、


(ああもうっさっぱりわからない!! ここの授業範囲難しすぎるのよ!!)


 何せ大陸でも有数の名門たる王立魔法学園である。授業内容もまた普段平民が見聞きするようなものとはかけ離れた高度な内容であり、光系統魔法というブランドありきで頭の中は空っぽなシャルリアについていけるわけがなかった。


(くっそう。やっぱり留年覚悟で赤点とりまくって退学を狙ったほうが無難かな?)


 そんな風にシャルリアが色々全部放り投げそうになっていた時だった。



「シャルリアさん。このようなところで奇遇ですわね」



 その声に『やばいっみつかった!』と言わんばかりに小さく唸るシャルリア。


 声がしたほうに視線を向けると、予想通りの人物が不敵な笑みを浮かべて立っていた。


 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢。

 黄金から切り取ったような煌く金髪、宝石を埋め込んだのではと思うほど綺麗な碧眼、スレンダーなシミひとつない身体、赤が好きなのか公爵家の財を尽くした豪勢な真紅のドレスが霞むほどに美しい令嬢である。


 ほんの少し前までの彼女の印象は光系統魔法という才能がありながらてんでダメダメな平民に嫌味を言ってくる性格の悪い女というものだった。


 今は?

『あの日』から一週間が経った今もどう評価していいか全然わからなかった。


 だからこそ『あの日』から普段よりも注意深くアンジェリカを避けてきたのだが、今日ついに見つかったというわけだ。


「しかし、随分と基礎的な本を手にとっているんですね。その本に書かれている内容であれば五歳児でも理解できるでしょうに」


 光系統魔法ありきでこの学園に入学してきた平民はそんな基礎的なこともわかりませんの? と馬鹿にしている……はずなのだが、『あの日』のことがあってかこれも素直になれないだけなのかという考えが頭を掠める。


「わたくしは悲しいですわ。その歳になってそんなものを必死になってお読みにならなければいけないというのが」


 ……とはいえ、ここまで言われては『あの日』のアンジェリカの言葉が嘘だったのではと思えてきたが。


 これで実は仲良くなりたいとか百人に聞けば百人がありえないと答えるだろう。


「ですので、ええ、学の足りない平民にこのわたくしが施しを……あら? シャルリアさん???」


 何事か言っていた気がするが、シャルリアは気づかないふりをしてさっさと逃げ出すことに。『あの日』の言葉の真偽はどうであれ絡んでくるのは『あの』アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢だ。


 関わらずに済むならそれが一番である。



 ーーー☆ーーー



 学園から帰ったシャルリアはボサボサな髪を後ろで一本にまとめて、目元を覆う前髪を純白の百合を摸した髪飾りで留めて、エプロンのようでいて動きやすい青を基調とした店の制服に着替える。


 いつものようにガタイのいい隻眼の中年男性が冒険者としての依頼のついでに届けてくれた魔物の肉の下処理を済ませながらも頭の片隅では図書館で絡んできたアンジェリカのことを考えていた。


 思い返せば、だ。

 額に微かではあるが汗が浮かんでいたような気もする。それこそ普段いる場所にいないシャルリアを探し回っていたかのような……。


(まさか、いや、いやいや! そこまでして何だって私なんかに会いにくるのよ)


 それは『あの日』に言っていたことが理由なのではと、そこまで考えてぶんぶんと首を横に振るシャルリア。


「まったく。私にどうしろってのよ」



 ーーー☆ーーー



 悩みは働いて発散するに限ると、開店してから普段よりも元気よく接客に勤しむシャルリア。軽やかに動く彼女に合わせて後ろで一本にまとめた茶髪が跳ねる。


 常連のおっさんに『何かいいことあったのか?』と言われたが、その逆で嫌なこと……と言うにはなぜかちょっと抵抗があるが、とにかくもやもやするからこそ普段よりも激しく動き回っているのだ。


 と、そこで新たな客が入ってきた。

 満面の笑みで元気よく『いらっしゃいっ!!』と言って、その客の顔を見て、ピシリとシャルリアの動きが固まる。



 そこに立っていたのはアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢だった。実に一週間ぶり二回目の襲来である。



「あ、一週間ぶりだねっ」


「わたくしのこと、覚えているのですか?」


「もちろん。忘れるわけないじゃん!」


 忘れられるわけがないじゃんと心の中だけで吐き捨てるシャルリア。もちろん表面上は明るく元気いっぱいな『店員モード』でアンジェリカを席に案内してはいるが。


「あ、店員さん。お悩み相談を……いえ、そうでした。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その呟きに一瞬引っかかったが、アンジェリカから『お任せでお願いします。あ、できれば色々なものが食べたいので以前とは違う料理がいいですね』と言われてシャルリアは元気よく『はい、お任せねっ』と頷いていた。……心の中は今度こそ『不慮の事故』になりませんようにと半ばヤケクソ状態であったが。


「ちなみに……ええと、嫌じゃなかったらお名前聞いていいかな?」


「わたくしはアンジェ……アンといいますわ」


「それじゃアンさんは何か嫌いな食べ物とかある?」


「いいえ、特にありません」


「それじゃあ好きな食べ物は?」


「そうですね……。正直、これまではこれといって好きな食べ物はなかったのですけれど」


 この質問はあくまでできるだけ公爵令嬢の好みに合う料理を提供して『不慮の事故』を阻止するのが目的であった。


 だからこそ。


「このお店で食べたもつ煮込み、あれが今のわたくしの一番好きな食べ物ですね」


 まさかそんなこと言われるとは思ってもおらず、一瞬言葉に詰まってしまった。


 天の上の存在である公爵令嬢が、嫌味しか言わないから好ましく思ってこなかったあの女が、胸を張って自慢できる父親の料理が一番好きだと言ってくれた。


 それだけではあるのだが、たったそれだけのことが嬉しく感じるのだから我ながら単純だと、半ば呆れるように口の端を緩める。


「ですので今日も美味しい料理が食べられると楽しみにしていますの」


「ふっふん! その期待にばっちり応えられると思うよっ。お父さんの料理はどれも最高に美味しいからねっ!!」


 我が事のように胸を張ってシャルリアは注文を伝えに厨房に走っていった。その背中を微笑ましそうにアンジェリカが見つめていることに気づかずに。

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