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第十二話と第十三話の間の一幕

 

 これは『アン』がシャルリアのだし巻き卵を味わってからしばらく経った頃、夏の長期休暇よりは前のことだ。


 王都の片隅にある小さな飲み屋ではたまに店員の少女の手料理が提供されることがある。


 味は決してプロのそれとは言えない。それでもなぜだか常連からの人気があるがために不定期、数量限定での提供となっていた。


 ある日のこと。

 店員の少女が作るポテトサラダがメニューに並んだ日のことだった。


「シャルちゃんの手料理は俺が食うんだ!!」


「あァ!? 死にてえのかクソ野郎がァ!!」


「俺よりも高ランクの冒険者が相手でも譲れねえもんはあるんだ!! 全員、まとめて!! ぶっ殺してやるよお!!!!」


「今ならまだ間に合う。だが、ここで引き下がらないというならパーティーから追放するぞ!!」


「追放だろうが何だろうがすればいいだろうが!! 世の中には何がなんでも掴まないといけないものがあるんだよ!!」


「これは流れ的に僕も参加しておいたほうがいいっすかね……ぶふっ!?」


「やる気がねえ奴はすっこんでいろボケが!!」


「素朴で可愛らしい女の子の手料理……。ハッ!? これ魔法道具による顔写真とか添えて売り捌けば大儲け間違いなしだろ!! ポテトサラダなら冷凍保存すれば多少日持ちはするし、うんうん、これはいけるぞ! そうだ、俺の物語はここからなんだ。しこたま儲けて成り上がっていくぞお!!」


 常連の馬鹿どもによる掴み合いのどんちゃん騒ぎであったが、まあこれもいつものことだった。何やら印象に残らない男が吹っ飛んでいたが、この店にその程度で騒ぐような常連はいない。


 そろそろ止めようとシャルリアが声をかけてようとした時だった。



 よくよく見るとなんか混ざっていた。

 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢その人が馬鹿どものどんちゃん騒ぎの渦中に突っ込んでいたのだ。



 というか普通に取っ組み合っていた。

『これだけは譲れませんわ!!!!』とアルコールにやられて真っ赤な顔で叫びながら。


 酔っ払って醜態を晒すのを見るのは慣れていたが、流石にこれは『不慮の事故』云々は心配いらないだろうとわかっていても心臓に悪い。


「ちょっちょちょちょっ、待ってえ!! このっばか!! とにかく一回落ち着いてえーっ!!」


 最終的に今から注文した客全員にはシャルリアの手料理を振る舞うということで事態を収めることができた。ある常連の馬鹿、というかガルドに将来に向けた練習になるだの何だの唆されて始まった不定期での手料理の提供であるが、まさかこうして公爵令嬢の取っ組み合いを誘発することになるとまでは思ってもいなかった。



 ーーー☆ーーー



 ポテトサラダは簡単そうで意外に手間がかかるものだ。

 凝ってみると奥が深く、迷走して色々と余計なものを入れてイマイチな出来になったことも一度や二度ではない。


 なので今回は変に凝らずにシンプルに、ということを意識して作ってみた。茹でたじゃがいもは食感を楽しめるよう大きめに残るよう潰し、ハムやきゅうりはあくまで添えるくらいの少量で、健康とか考えずにたっぷりのマヨネーズを混ぜて、だ。


「はい、おまたせっ。私が作ったから味のほうは期待しないでよねっ!! その分お値段は控えめだから!」


「なん、ですって……!? 店員さんの手料理というだけで山ほどの宝石よりも価値があるというのに、お値段まで安くなるとは大盤振る舞いすぎませんか!?」


「大袈裟だよ、アンさん」


「大袈裟なものですか!! こんなの食べる前から美味しいのがわかりきっているのですよ!? だし巻き卵だってあんなにも美味しかったですしね!! これは定価の二倍、いいや十倍してもおかしくないですよ!?」


「いっ、いいから早く食べてよっ!!」


 ポッと赤くなった頬を隠すように手を口元にやるシャルリア。まだ実際に食べてもいないというのにどうしてこんなにも褒められているのか。


「それでは……いただきます」


 器用にポテトサラダをフォークに乗せて口に運ぶアンジェリカ。口の中でじゃがいものほくほくとした感触、マヨネーズと混ざってマイルドな味が口いっぱいに広がる。


 アンジェリカはポテトサラダというものを食べたことはない。だが似たような、じゃがいもの味を最大限に活かしたシンプルな料理なら口にしたことがある。


 それと比べると粗はあっただろう。

 茹で方も、じゃがいもの質も、マヨネーズで大半の味を占めているのも、決して上手な料理ではない。


 だけど、アンジェリカはごちゃごちゃと考えることもなく、気がつけばこう口にしていた。


「やっぱり店員さんの手料理は美味しいですわ……」


 お世辞ではない。

 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢はそんな器用には生きられない。


 素直に美味しいと、そう感じたのだ。

 ビールに合う料理ではあった。だけどこの一口は純粋に最後まで楽しみたかったからゆっくりと飲み込んでから感想を口にしたほどに。


「そっ、か……。それは、よかった」


 搾り出すようにそう言って、顔を逸らす店員の少女。

 そんな彼女の姿がたまらなくかわいくて、アンジェリカはポテトサラダを食べることも忘れて見惚れてしまった。


 だから、


「追加でマヨネーズどおーん!!」


「しっかし、まさか最低ランクの冒険者にBランクのあの男が負けるとはな。実力を隠していたのか?」


「そんなことはないんだが、ここだけは負けられねえって思ったら普段以上の力が出せてなあ。まさか俺にあれだけ強い力が眠っていたとは」


「追放とかその場のノリで言ってごめんなさい。雑務やら戦闘でのメンバー全員への支援強化やらすぐ調子を崩すアマゾネスや爆炎女のメンタルケアやらお前がいないとうちのパーティーはやっていけないんだ。頼む、パーティーに戻ってきてくれ!!」


「いやまあ流石に酒の席でのアレコレを本気にしないって。シャルちゃんの手料理も食えたことだし、そうだな。今日奢ってくれればそれでチャラにしてやるよっ」


「……ふ、ふぐう……っす」


「追いマヨネーズとかも気に食わないが、それ以上にテメェシャルちゃんの何を売り捌くって?」


「ごめんなさいそんなことしないですだから本当許してくださあい!!」


 何やら常連の馬鹿どもが思い思いに騒いでいたが、完全に二人の世界に入っていてそんないつものことに気づくことはなかった。

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