間話 共喰い
『第七位相聖女』が残したかった記録、『雷ノ巨人』に関してこのような記載があった。
魂と十分な量の魔力さえあれば肉片という起点さえなくても肉体を再構築できる、と。
つまり肉体が跡形もなく消し飛んでも魔法さえ使えればいくらでも復活できるということだ。
『ぜえ、はあ……は、はは。台無しだなあ』
肉体の全てが光に消し飛ばされてすぐのことだ。
魔族四天王の一角たる『雷ノ巨人』ライジゲルザ。その存在は魂だけとなり、自ら座標を合わせなければ一般的な識別能力では視認できない『ズレた』空間を漂っていた。
座標は同じでも肉体を持っていては到達できない『ズレた』空間。ゆえに彼はあの戦場から誰に見つかることなく魂だけで抜け出すことができた。
とはいえ全魔力はもう失っている。このままでは憑依や肉体再構築魔法は使えない。そのまま一分もあればその魂は霧散するだろう。
『魔力さえ補充できれば肉体を再構築できるし、憑依だって。肉体があれば魂が霧散することもないんだ。だから魔力、魔力だ! ハッはは。俺様はまだやれる。はっはっ、まだまだシャルリアたちの努力を台無しにすることができる!!』
王都の外。
かつて森があった場所。
今は草の根一つ生えないその場所に派手な女が立っていた。
魔族四天王、その一角。
『魅了ノ悪魔』クルフィア=A=ルナティリス。
探していた女を見つけて、『雷ノ巨人』は自ら座標を合わせて三次元空間に魂を表出させる。禍々しいヘドロのような形で、魂に直接響くような声を出しながら。
『見つけたぞ、クルフィア! 魔力だ、お前なら他の生物でも使えるよう「調整」した魔力を渡すことができるだろ!? このままで終わってたまるか。俺様たちには切り札がある。こんな国、「奴らの娘」の力で跡形もなく消し飛ばしてやる!!』
「魔力の補充なら確かになんとかなると思うわよお。七つの大罪ではない『A』を紐解けばわかる通りにねえ。……しっかし良くも悪くもどう転んでも台無しになれば楽しめる悪癖のせいなのかあ、聞いてもいないのに情報を垂れ流すのは最期まで治らなかったわねえ」
『はっははっ!! ここからだ、今度こそこの世界を鮮血と死で──』
「あっは☆」
ぶじゅるう!!!! と。
『魅了ノ悪魔』が大きく開いたその艶やかな口がヘドロのような『雷ノ巨人』の魂に齧りついた。
『あ……?』
その魂を、その力を、その存在を咀嚼する。
その淫欲に満ちた外見に似合わず野蛮な獣のように荒々しく啜り、喉を鳴らし、取り込んでいく。
『がぶばぶべぶばあ!? な、まっ、貴様何をやっている!?』
「なにってえ、力は最高峰なのに肝心なところで足を引っ張るクソ野郎の有効活用だけどお? あれえ? 台無しな末路なのにい、いつもみたいにゲラゲラ笑わないわけえ? ……自分の身が本当に危なくなったら怯えが溢れるくらいなら最初からくだらない悪癖撒き散らすんじゃないよねえ」
『ふっふざけ、淫売な悪魔ごときが俺様を喰らっ、いいや、そもそもどうしてそんなことができる!? 貴様は悪魔だろ!?』
「だからだってえ」
『第七位相聖女』はこうも記していた。
『魅了ノ悪魔』。
魔族の中でもわざわざ悪魔と明確に差別化された種族の一角(つまり魔族の中でも異端ということ)。そんな悪魔の中でも色欲を司り人を魅了する力を得意とする存在、つまりはサキュバス。
その能力も危険ではあるんだけど、そもそもこいつは悪魔なのよ。魔族とひとくくりにせずにわざわざ更なる分類を用意する必要があったのには相応の理由がある。
つまりその能力よりもその本質が厄介だと考えるべき。
なぜなら悪魔は──
「契約を果たした代償に魂を簒奪するのが悪魔なんだからあ」
『だから、それなら! おかしいだろうが!! 貴様が悪魔であり、魂に干渉ができるとしても、それは契約ありきだ!! 契約を果たした後にしか魂を喰らうことはできないはずだ!! 俺様と貴様の間に契約などないのだから、だから!!』
「確かに悪魔ってヤツは契約に則って契約者の魂を奪うものだよねえ。そういうものだと定義されているんだからあ」
『だったら……っ!!』
「だけどお」
単純な実力であれば『魅了ノ悪魔』を凌駕する『雷ノ巨人』ではあったが、今は肉体を再構築する魔力すら切れている。
魔力を使い果たし、格下に貪られるしかない屈辱。
その感情さえも食事の彩りに変えて、舌を楽しませながら、『魅了ノ悪魔』は言う。
「そもそも邪悪を極めた悪魔がそんな決まり事を守るわけないじゃん。そういうお利口な性質は天使にでも期待してよねえ」
つまりは、そういうこと。
悪魔は契約を重視する、などという定説は存在してはいてもわざわざ守らない。契約を果たさなければ目の前の魂を食べられないなどとそんな我慢をするようならここまで邪悪にはなっていない。
だから『魅了ノ悪魔』クルフィア=A=ルナティリスは欲望のままに『雷ノ巨人』の魂を喰らい尽くした。
『第七位相聖女』が危険視していた必殺の性質を存分に使って、だ。
ーーー☆ーーー
『追撃は必要なさそうだな』
『殿下?』
『「雷ノ巨人」の魂の反応がなくなったし、完全に死んだみたいだ。まあ憑依も使えないならどうしようもなかっただろうしな』
戦闘が終わって一分後、そのようなことをブレアグスは言っていた。
彼は『雷ノ巨人』の魂が霧散したことを感じ取った。
だから『雷ノ巨人』は死んだと判断したのだ。
彼が感じ取れるのはあくまで『雷ノ巨人』関連だけであり、まさか巨人の魂が喰らい尽くされたとは思ってもいなかったから。
『魅了ノ悪魔』という敵がいることはわかっていても、その力を『雷ノ巨人』が正確に把握できていなかったら第一王子がこの結末を予期できるわけがない。
ーーー☆ーーー
「亡霊の遺産である瘴気発生装置は回収しておいたっす」
「ご苦労様あ。何やら大変そうだったのによくやってくれたねえ」
「『雷ノ巨人』が目立っていたので何とかなったってところっすね」
「あの悪癖さえなければ一応は仲間なんだし殺すまではなかったのにねえ。肝心なところで全部まるっと投げ出して暴れるんじゃどんな『計画』も意味なくなるってのお。それでも今の人間が悪癖込みでもどうにかなる程度なら好きにさせてもよかったけどお、どうやら『白百合の勇者』に匹敵するくらい厄介なようだからねえ」
「英断であったと思うっす。それで、これからどうするっすか、我が主」
「そうねえ」
唇の下に人差し指を添えて、視線を彷徨わせるように思考を巡らせて、そして淫靡な女はこう呟いた。
「噂の飲み屋に通ってみるのもアリかもお?」