第三十一話 素直になれないだけだということはもうわかっている
と、そんな風にまとめられたら良かったのだが、アンジェリカのドレスを千切った切れ端を巻きつけて止血を施されたシャルリアは顔を青くしていた。
(やばい……隠していた力を使っちゃったよっ!!)
シャルリアの光系統魔法は軽度の怪我を治すくらいしかできない(しかも自分の怪我は治せない欠点つき)。だから価値はなく、『特別』扱いする必要はない。そういう風に持っていって国家上層部から目をつけられない平凡な人生を歩む予定だった。
──もちろんアンジェリカたちを助けるために力を使ったことに後悔はない。自分の今後のために誰かを見捨てるほどつまらない人間になったつもりはないのだから。
とはいえそれとこれとは話が別。
幸運なことに派手に暴れはしたが、シャルリアの真の力を直接目撃したのは第一王子とアンジェリカのみ。この二人に黙っていてもらえばなんとかなるのでは、とそう思った時だった。
千切れて不格好なドレスを纏いながらもなお損なわれない美しさを滲ませたアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢が相変わらず視線だけは鋭利なものを向けながら、
「あらゆる魔法を無効化できるなどという強大な力を隠していたようですけれど、なぜですか?」
「それは、そのう、こんな力を持っているってバレたら聖女様たちみたいに国家の管理のもとに働かされそうじゃん」
「確かにある程度の制限はあるでしょうけれど、平民が逆立ちしても得られない富や名声が得られますわ。それに、生まれ持った力を世のため人のために役立てるのは類い稀なる才能を授かった選ばれし者の義務だと思いますけれど」
「それは、そうかもだけど……それでも私は『特別』なんていらない。学園を卒業したらお父さんと一緒に店を切り盛りするくらいがちょうどいいというか、そんな未来が私にとっての幸せっていうか、だから『特別』扱いされて国に未来を決められるのは嫌なんだよね。お母さんも昔に無理する必要はないって言ってくれたし」
シャルリアの本当の力が表沙汰になれば必ずや国はその価値を認め、確保しようと動くだろう。
あるいは浄化系統魔法の使い手を確保するために聖女という『特別』を用意したように。
あるいは百年以上前の魔族との戦争で多大なる戦果をあげていたシャルティリアを確保するために『白百合の勇者』という称号とバルスフィア侯爵家という今はもう失われた爵位を与えたように。
地位も名誉も財産も思いのまま。普通の平民では決して手に入らないものを与えるという飴。引き換えに国からの命令という強制力でもって自由意思が制限され、その力に見合った役割を強要させられることになる。
つまり『特別』になったら父親の店を手伝うなどという未来は叶えられない。だからこそシャルリアは己の力を軽度な傷を治せる程度の治癒『だけ』だと偽った。得られるものを考えれば、そのような隠蔽をするわけがないというお偉方の盲点をつく形で。
良くも悪くも古くは魔法の才能に優れた血筋こそが貴族として優遇され、その血筋が現代にまで続いているがために。
誇るべき魔法の才能を高く申告するならまだしも低く申告するわけがない。そういう古い価値観に助けられたが、それもアンジェリカたちが事実を公表すればそれまでだ。
「……、ふん」
弱ったように視線を彷徨わせるシャルリアをアンジェリカは冷たく見据える。
「誇りも何もない平民らしい戯言ですわね。常日頃から何も考えず安穏と過ごしている平民には力持つ者の義務もわからないようですわ」
ですから、と。
誇り高き公爵令嬢は冷徹なまでにこう吐き捨てた。
「平民に義務を問うのも馬鹿らしいということですわねっ」
「え、っと……」
「つまり黙っていてやるということか。随分とお優しいことで。俺が知るアンジェリカはもう少し厳しかったと思うが、さていつのまにそこまでほだされていたのやら」
「ふっふざけたことを言うものではありませんわよ、殿下!?」
もう色々と真っ赤なアンジェリカであった。
第一王子は軽く肩をすくめて、
「俺もシャルリアの力に関しては誰にも言わないようにしよう。そもそも俺はそんな場合でもなくなるだろうからな。他の生徒や教師は避難に夢中で何が起こっていたかもわかっていないだろうし、これでシャルリアの力が表沙汰になることもないだろう」
「その、わがまま言ってごめんなさい。それとありがとうございますっ!!」
勢いよく頭を下げるシャルリア。
対してふんっと顔を背けて最後まで素直になれずツンツンしているアンジェリカだったが、この場にそんな彼女の態度を額面通り受け取る者はいなかった。
そんなわけで微笑ましさすら交えた目で見られるものだから、耐えられずに『なんなのですか、もうっ!!』と叫ぶアンジェリカであった。
ーーー☆ーーー
三日後。
メイドは雇い主であるヴァーミリオン公爵令嬢から与えられた一室の片隅で毛布にくるまって小さくなっていた。
そんな彼女をアンジェリカは見下ろして、
「元気そうで何よりです」
「……これでも柄にもなく落ち込んでいるんですけど」
「柄にもなくとわかっているなら結構です。もう怪我は治っているのでしょう? であれば、さっさとわたくしの護衛として働くことですわ」
「……役目の一つも果たせなかった私をまだ護衛として使ってくれるんですね」
「当たり前でしょう。貴女はわたくしに仕えているメイドです。このわたくしが選んだメイドなのです。であれば貴女を使うも切り捨てるもわたくしの思いのままだと知りなさい」
「ですが、私は」
「それとも貴女はわたくしの判断が誤りだとそう言いたいのですか?」
心外だと言わんばかりに鼻を鳴らすアンジェリカ。
己の判断は絶対的に正しいと本気でそう考えているのだから、こういうところは貴族令嬢らしい高慢さが見てとれる。
アンジェリカの場合は実力も伴っているからこそ指摘しても開き直られるだけなのだが。
「まったく。そんな風に言われたら何も言えないじゃないですか」
「ふんっ。柄にもなくつまらない姿を見せるのが悪いのですわっ。貴女がそんなにも暗いとこちらの調子も狂うのですわよ!!」
「そうですね。それでは、お嬢様っ」
バッ! と毛布を放り投げて、不敵に口の端をつり上げて、冷徹ぶっていても隠し切れないほど心優しき主人へとこう問いかけた。
「何やら巨人とやり合っている時にもイチャイチャするくらいシャルリア様とはいい雰囲気でしたけど、それから進展はどうですか? あっ、この三日でそれはもうイチャラブちゅっちゅっな濃密な関係に発展しちゃったり???」
「なっななっ何を言っているのですかっっっ!?」
発破をかけすぎたとちょっぴり後悔したアンジェリカであった。こうやってすぐに調子に乗るならもう一週間くらいは放っておいてもよかったかもしれない。