第三十話 終わりよければ
その力の波動を感じ取ったガルドは口笛を鳴らしていた。
『それより光系統魔法での「下処理」に関して何か問題はないか? そろそろ慣れてきた頃だからこそ見えてくる問題点とかあるかもだし、ちょろっと教え直してやってもいいぞ』などとシャルリアに声をかけて、物騒な世の中なのだから少しくらい身を守る手段は必要だとそそのかして、『暴発』に指向性をもたせて攻撃手段にする裏技を仕込んだ。
全ては念のため。
ガルドだけでは対処の困難な『敵』が現れた時の対抗手段の一つとして事前に鍛え上げていたというわけだ。
……練習中に『暴発』を制御しきれずにガルドが全力で押さえ込んでなお練習場所に使っていた王都の近くの森が跡形もなく消し飛んだし、その『暴発』に巻き込まれて片目を失うことになったが、その程度で『雷ノ巨人』を撃破するほどの手札を手に入れられたのだから安いものだろう。
そう。
全魔力を使い切ってなおかつ肉体も跡形もなく消し飛ばされたのならば、いかに『雷ノ巨人』といえども生存は不可能だ。
「クルフィア=A=ルナティリスは逃げたか。しっかし『魅了ノ悪魔』というかサキュバスなんだからもっと、こう、あの色っぽい身体を利用した攻撃とかしてほしかったなあ」
「…………、」
派手で色っぽい女はもういない。
付け加えるならば、『雷ノ巨人』と同じく魔族四天王の一角とガルドたちが激突した後だというのに小さな飲み屋には傷一つなかった。
だから軽い戦闘であったわけではない。シャルリアの父親とガルドが揃っていなければ今頃死体が転がっていたことだろう。
「まあ、なんだ。とりあえずなんとかなってよかったな」
「勝手に人のことを巻き込んでおいてよくもまあそんなこと言えたものだ」
「はっはっ! そう言うなよ、俺たちの仲じゃないか。もちろんこれからも巻き込むからよろしくな!!」
「はぁ」
「ちょっ、無言で剣を向けるのはやめっ、刺さっている、普通に血ぃ出ているからっ!!」
ーーー☆ーーー
「追撃は必要なさそうだな」
「殿下?」
「『雷ノ巨人」の魂の反応がなくなったし、完全に死んだみたいだ。まあ憑依も使えないならどうしようもなかっただろうしな」
「ふひいー……。なんとかなってよかったあー!!」
ぺたんと座り込むシャルリア。
その良くも悪くも普通の少女らしい様子を見ていると『雷ノ巨人』の全魔力を込めた全力全開の一撃ごとあの巨体を跡形もなく消し飛ばしたとはとても思えなかった。
そんな彼女の両手の肉が抉れ、ぼたぼたと血が出ているのに気づいてアンジェリカが慌てて駆け寄る。
「シャルリアさんっ。手、大丈夫ですか!?」
「手……いっつ……? いっ痛い痛い痛い!? うおう、気づいたらすっごく痛くなってきたっ」
涙目で抉れた両手を意味もなく遠ざけて震えるシャルリア。それを見てアンジェリカは躊躇なくドレスを千切り、シャルリアの傷口に巻きつけた。せめて応急的な止血だけでもと。
「ん? そのドレス高いヤツじゃない? そんな簡単に千切っちゃっていいの!? 弁償とか無理だよ!?」
「そんなこと気にする必要ありませんわ! 大体『暴発』を利用するなど無茶をしてっ。奇跡的にこの程度で済みましたけれど、一歩間違えばどうなっていたか!!」
「そ、そうだね。制御しきれずに王都が吹き飛んでいた可能性もあったもんね。だからあまり使いたくなかったんだし。あれしか方法がなかったとはいえ無茶を──」
「そうではありませんわ!! シャルリアさんが死んでいたかもしれませんのよ!? 現にこうして『暴発』に巻き込まれて怪我をしているのですし、その可能性も決して低くはなかったでしょう!?」
「え……?」
「なんですか、その間抜けな顔はっ。わたくし怒っているのですからね!!」
「いや、その……心配してくれたんだ」
呆然と、そう呟くシャルリア。
『アン』であればまだしも、アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢からこうも素直に心配されるとは思ってもいなかった。
「な、それは、その……ふ、ふんっ。わたくしは誇り高きヴァーミリオン公爵家の娘ですからね! 庇護対象である平民が勝手に無茶をして死なれても困るというだけですわ!! そんなことになれば上に立つ者としての品格が問われますから!! それだけですわよ、本当にっっっ!!!!」
「言い訳にしてもちょっと無理がない?」
「うっ。な、何が言い訳ですかっ。紛うことなきわたくしの本音ですわよ!?」
「ああ、うん。そうだね、そういうことにしておこうかな」
「なんですか、その言い方はっ。平民のくせに生意気ですわよ!?」
婚約破棄騒動から始まった『雷ノ巨人』との死闘。
それは決して楽な戦いではなかった。こうして肉が大きく抉れるような怪我もしたし、殺されるのではないかと怖かったし、道行く人に尋ねれば全員が不幸な一日だと評するだろう。
だけど、それでも。
今こうしてアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢との距離が縮まったことを思えば幸せな一日だと締められそうだった。