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第二十八話 決戦

 

 シャルリアの光系統魔法が『できること』。

 あらゆる魔法の無効化。


 浄化系統魔法のように瘴気のような汚染を浄化することに限定するのではない。超常的な力を発揮する魔法であれば一律で消し飛ばすのがシャルリアの光系統魔法である。


 その力は既存のパワーバランスを崩壊させるほどに強力だが、物理的な破壊力に関しては皆無。つまりシャルリアの光系統魔法に人を傷つける力はない。


 平和な時代であればそれでもよかっただろう。魔物の肉を食べられるように『下処理』して原価を抑える、そんなことに使える便利な力で全然よかったのだ。


 だけど、今求められる力は違う。

『あの時代』と同じく少し油断すれば途端に鮮血と死に埋め尽くされる今この時、必要な力は別にある。


 だから。

 だから。

 だから。



「このわたくしも舐められたものですわね」


 ゴボァッ!! と爆音が炸裂した。

 迫り来る巨大な拳を押し返すほどに強力な『爆発』であった。



 優雅に、それでいて高慢に、であった。

 アンジェリカが突き出した繊手から迸った稲妻のように輝く赤き閃光が拳に直撃した瞬間、王都中に轟き肺腑を抉るような爆音と爆風が撒き散らされたのだ。


 堂々と胸を張って。

 先の爆撃よりもなお苛烈な淑女は言い放つ。


「わたくしはアンジェリカ=ヴァーミリオンですわよ」


 爆撃系統魔法。

 彼女が磨き上げてきた誇るべき武器の一つ。


 幼い頃の彼女は何もできなかった。

 何の予兆もなく(今思えば感じ取ることもできずに)異形の化け物に変えられても嘆くだけで何も、だ。


 だけど今は違う。

 あのような不条理に負けないだけの『力』は得ている。


 何があっても跳ね除けるだけの『力』を。

 もう二度と世の不条理に嘆くだけの負け犬で終わらないために。


『両立』すると誓った。

 ならば、


「メイド!!」


「そんなにおっきな声を出さなくとも聞こえていますよ」


 とん、と。

 どこからともなく現れ、アンジェリカと並ぶ黒髪のメイド。よく見ると赤黒いシミがメイド服を汚していたが、アンジェリカの視線に気づいたメイドは問題ないと言いたげにウインクを一つ。


 実際はそんなに軽い怪我でもないのだろう。

 これだけの騒ぎの中、こうして呼ぶまで姿を現すことができなかったほどには。


 それでもメイドは駆けつけた。

『何か』を払いのけて、己の役目を果たすために。


 暴力担当。

 そんな彼女が今ここで働かずにいつ働くというのか。


「シャルリアさん」


「はっはい!?」


「あの巨体だけならわたくしたちでもどうにかできますけれど、瘴気や雷を使われると太刀打ちできません。シャルリアさんの魔法であればどうにかできるようですし、そちらはお任せしていいですか?」


「もちろんだよっ。あ、いや、もちろんですよ」


「今更取り繕っても遅いですわ。先程から随分と馴れ馴れしく話していたのですから」


「ええと、その……ごめんなさい。つい興奮しちゃって」


「……、構いませんわ」


「え?」


 ぷいっと顔を逸らして。

 アンジェリカはこう言ったのだ。



「シャルリアさんの話しやすいように話せばよろしいですわよ。平民に礼儀作法を求めても無駄ですからねっ」



 内容自体はどこかトゲがあって。

 だけど僅かに覗く頬が赤く染まっているのがアンジェリカの本音を現していた。


「うん。そうさせてもらうよ、アンジェリカ様」


「……そこは様をつけますのね」


「? 何か言った???」


「何でもありませんわよ、この気の利かない平民風情が!!」


「なっなんでいきなり罵倒されたの私!?」


「あのーこのとんでもなくヤバい状況で痴話喧嘩は勘弁してくれません?」


 痴話喧嘩!? と二人揃って素っ頓狂な声をあげていた。

 そんな風に見えているんだと言いたげに照れくさそうにするのもお揃いである。


 そこが限界だった。

 バヂィッ!! と雷鳴と閃光が弾ける。


 アンジェリカが爆撃によって弾いた拳。軽く民家の一つや二つは粉々に吹き飛ばすことが可能な爆撃を受けて、それでも微かに血が滲む程度のダメージしか受けていないほどには強固なその拳に金色の光が集う。


 雷。

 巨人の代名詞たる絶対的な力が。


「確かに舐めていたな。わざわざ魔法を制限する必要もなし。こうして雷を纏えばそれだけで攻略難度は跳ね上がるんだからよお!!」


 振り下ろし。

 その雷は土地を舐め尽くし、百年以上も人間が生存不可能な禁域に変えるだけの力を秘めていた。


 対人ではなく対環境。

 世界そのものを歪め、壊し、悪影響を刻む必殺。


 そもそも真っ向から太刀打ちできるようなものではない。その矛先を向けられれば個人どころか軍であろうとも何もできずに炭化するだけの破壊力に満ちている。


 だけど、


「それは通用しないってもうわかっているはずだよっ!!」


 シャルリアが振るった腕から迸った純白の光が拳に注がれ、魔法である雷を散らす。


 魔法無効化。

 さりとて物理的干渉力はないがために拳そのものを止めることは叶わず。


「吹き飛びなさい!!」


 耳をつんざくような爆音と倒れそうになるほどの爆風がシャルリアたちを襲った。余波であっても身体の芯がぐらつくほどの衝撃がある爆撃である。いかに『雷ノ巨人』の拳が巨大であっても押し返すことは可能だった。


 ゴッ!! と今度は蹴り。

 夏の長期休暇前の集会が行われていた会場をクッキーのように軽々と砕きながらバヂバヂと雷鳴を轟かせる金色の蹴りが迫り来る。


「うおっ、ととっ!」


 慌ててシャルリアが光系統魔法を放って雷を無効化し、アンジェリカの爆撃が剥き出しになった蹴りを弾く。


 一見して拮抗している風に見える。

 だが違う。アンジェリカの爆撃が与えるダメージは皮膚を軽く傷つける程度であり、一方『雷ノ巨人』は一撃でも直撃させれば致命傷を与えることができるのだ。


 アンジェリカたちだけがミスの許されない攻防。

 一度でも対応が遅れれば死を招くリスクをこちらだけが背負っている以上、こんなものは拮抗とは呼べない。


 ポテンシャルの差はじりじりと確実な死を与えようとしていた。


 だから。

 しかし。



「メイド」


 巨人の拳が放たれる。シャルリアの魔法を受けてむき出しになった傷一つないその拳を弾くために放たれた爆撃がこれまでの比にならない爆音を轟かせて──巨人の拳を粉砕したのだ。



 拳が砕かれ、断面から鮮血が噴き出す腕を庇う巨人。

 その表情にはこれまではなかった、明確な歪みがあった。


「がぐう……ッ!? な、にが……っ!?」


「わたくしのメイドは暴力担当。ですけど、その真価は単体での戦闘能力にあらず」


 びしっ、と。

 黒髪のメイドを侍らせて、優雅にして高慢にアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢はその細く綺麗な指で巨人を指し示す。


「他者の魔法の威力を増幅し、本来の実力以上の結果を導く。それこそがわたくしのメイドの真価ですわ!!」


 言下にその指から無数の稲妻のごとき赤い閃光が走り抜け、巨人の全身に突き刺さった。


 次の瞬間、巨人の全身を覆い尽くすほどに大量の爆撃が炸裂した。先程その拳を粉砕した爆撃が、である。

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