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間話 ある王子について

 

 第一王子ブレアグス=ザクルメリア。

 彼は善人と呼ばれる人間であっただろう。それが良いことだったかはわからないにしても。


 平民であればその素質は問題にはならなかっただろう。その整った容姿も相まってよっぽどのことがなければ幸せに暮らしていけたはずだ。


 だが、彼は王族の一角だ。信念だけで進んでいけるほど甘い世界ではない。


 だから、足りない力は周囲に頼った。

 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢をはじめとして彼の周囲には優秀な人間が多く、民が豊かに幸せに暮らしていける国にするという理想を現実のものとして形にできる人材が揃っていたのだから。


 プライドなんて何の意味もない。必要なら第二や第三の王子にだって頼った。彼らが望むなら玉座くらい差し出すつもりで。


 あらゆる面でブレアグスよりも優秀だった第二王子。

 貴族と平民の間の格差をあくまである程度なくして特権階級の横暴による悲劇が起きにくい国にしようと動いていた第三王子。


 彼らはブレアグスの申し出に仕方がないと言いたげに肩をすくめていた。玉座になど興味はないと、そんな風に言える兄上から奪ったものに価値なんて見出せるかと、くだらないことは言わなくていいから黙って力を貸せと『命令』すればいいのだと、そう即答して。


 そんな彼らはもう死んでいる。

 あくまで自然な形で、周囲が暗殺を疑うこともできないほど完璧に。


 彼らだけでなく、国を変えていこうと思うだけでなく実際に行動しようとした者たちから死んでいった。不幸な偶然……だろうと納得しようとして、だけど違和感は拭えなかった。


 どれだけ完璧な死でも、それでも『何者か』によるもののはずだと。直感、あるいは単にそう思いたかっただけなのか。


 その頃から第一王女は辺境に移り住むことになった。そうなるようよっぽどの無茶をしたのか、国家上層部は苦い顔をしていたが。


『お兄様、わたしは自分の性格が悪い自覚はありますの』


『そんなことはないと思うが』


『あら、くだらないお世辞ですこと。ですけど……いいえ、言葉にするのはやめておきましょう。それでは、また、こうして顔を合わせる機会があればその時は兄妹水入らず「本音」で語らいましょうね?』


 今にして思えば王女は気づいていたのかもしれない。正解ではなくても、第一王子の周囲に蔓延る悪意の片鱗くらいは、だ。



 ──ハッ。ここまで環境が整えばもう『いい子ちゃん』という隠れ蓑はいらないか。



 それがいつのことかはもう思い出せない。

 だけど確かにその破滅はやってきた。

 ブレアグスが気づいていないだけで、とっくの昔に終わっていたのかもしれないが。


 人気のない場所だった。

 路地裏というやつだろうか。


 その路地は赤黒い液体で汚れていた。

 血。

 明確に致死量だとわかるほどに大量の血によって。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 記者だろう可愛らしい女だった。見覚えすらないその女の血は地面を壁を、そして何より第一王子の全身を返り血で染め上げて真っ赤に塗り潰していた。


 まるで、そう、第一王子が『こう』したような赤い証拠がこの場に溢れている。


『……せん、ぱい……』


『シフォン』、と。

 おそらくは彼女のものだろう名前入りのペンが転がっている。


『大丈夫か!? 今助けを……ッ!!』



 ぐしゃり、と可愛らしい顔が潰れた。

 第一王子の意思に関係なく、その足が女の頭を踏み潰したのだ。



 身体強化系統魔法。

 炎系統魔法と並んで第一王子の得意としている魔法が発動していた。彼の意思に反して、勝手に。


 死んだ、殺された。

 第一王子によって今まさに一人の女が殺されたのだ。


(何が起きて……催眠、肉体操作、いいやどういった魔法であれど王族の警備を掻い潜って仕掛けることができる使い手はいないはずだ!!)


『人間の話ならな。魔族である俺様には関係ない』


『……ッッッ!?』


 心の声に反応したのは第一王子の口だった。

 彼の口を動かして吐き出された言葉で、だけどそんなことを言うつもりはなかった。


 彼の意思に関係なく。

 そう、足元の女を殺した時のように。


『な、んだ、お前は!?』


『「雷ノ巨人」ライジゲルザ。貴様に憑依している魔族だ』


『「雷ノ巨人」だと!? 魔族の四天王は全員が勇者によって殺されたはずだ!!』


『ハッははっ!! そういえばそんな話になっていたっけか。まあ、信じるか信じないかは貴様次第だ。どちらにしても末路に変わりはないしな』


『何者か』は言う。

 第一王子の口で、第一王子の意思に関係なく。


『もう善性を秘めた王族という隠れ蓑を使う必要はなくなった。邪魔な奴らを自然な死に偽装して始末し、俺様に都合のいい環境を整えたからな。ああ、特に第二や第三の王子を殺す時は最高だった。信頼を裏切られ、台無しにされたあの顔はよ。ははっははははは!!』


『ふ、ざけ』


『兄上はこのようなことをする人ではなかったはずですう、とか何とか言ってなあ。あの顔、是非貴様にも見て欲しかったもんだ。本当腹を抱えて笑えたし?』


『ふざけるなよ、このクソ野郎がァあああ!!!!』


『はははっ!! 良い反応ありがとさん。喜べ。これからは無意識のうちに、何も気づかずに全ては終わっていたなんてつまらない真似はしない。この身体で、第一王子という立場を使って、この国を内側から殺していく様を特等席で眺めさせてやるからよお!!』


 そして、ブレアグスは『雷ノ巨人』によって身体を完全に奪われた。憑依。暗闇の中、自分の身体が好きに操られる様を自分の瞳を通じて見せられて、だけど指の一本も動かすことができずに。


 だから彼は見てきた。

『不慮の事故』よりも自然な形で『雷ノ巨人』にとっての邪魔者をその手で殺していく光景を。自分のことを信頼している人々を裏切る光景を。悪意のままに振る舞る貴族たちの後ろ盾となって国を内側から破滅に導いていく光景を。


 そして、何より。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が放った瘴気によって婚約者が殺され──


『正直、話についていけないところもあるけど』


 光が。

 暗闇を引き裂くように目の前で輝いて。


 これまでの定説、誰もが殺されてきた流れを無視して、婚約者を救った少女が叫ぶ。


『そっちがやるってんなら私だって容赦はしないんだからね、こんにゃろーっ!!』


 このままでは終われない。

 終わりたくない。


 なぜなら第一王子は民が豊かに幸せに暮らしていけるために突き進むと誓ったのだから。その誓いは、今もなお彼の胸の奥で輝いている。


 だったら。

 今まさに民の一人が足掻いているというのに、それを黙って見ていられるものか。

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