間話 第七位相聖女の残したかった記録
──だから『氷ノ姫君』に手を出してはいけない。絶対に。
『創造ノ亡霊』。
亡霊というのはあくまで奴が生み出した道具によって自身の肉体を幽体のようにあらゆるものを透過できるよう組み替えているからこその通称よ。現にあの脳筋女騎士が力技でぶった斬っていたし。一応は魔法による結果なんだろうけど、どうして絵面がいつも脳筋丸出しなのやら。黙ってじっとしていればあんなにも綺麗なのに(最後の一文のみぐちゃぐちゃに塗り潰した跡あり)。
こいつの厄介なのは直接戦闘能力じゃない。魔族全体でいえば戦闘能力も中々だったけど、四天王の中では最弱だったし、何なら普通に勇者がぶっ殺したから未来の人たちが気にすることじゃないしね。
厄介なのはこいつの生み出した道具のほう。
魔導兵器、第五ノ技術、汎用神域武装、オーパーツ、ドヴェルグクオリティ、秘奥。こんな風に魔族側での呼称さえバラバラだったけど、とにかく亡霊の遺産は確認できているものだけでも生物、無機物を問わずに数多い。コカトリスとか可愛いものよ。あんなの魔獣の中でもランクAに分類される程度の生物兵器だしね。
亡霊の遺産は魔族にしか扱うことはできない。
また遺産には魔力を内蔵できるようになっているため、力のない魔族でも場合によっては強大な力を扱うことができるようになる。つまり魔族の中では弱いほうだと油断していたら痛い目にあうこともあるってこと。
一応遺産は見つけ次第壊すようにしているけど、私も『魂魄燃焼』のせいでそう長くないからね。未来の人たちに負債を残していないといいけど。
『雷ノ巨人』。
こいつはその巨体自体が脅威だし、魂と十分な量の魔力さえあれば肉片という起点さえなくても肉体を再構築できる魔法も強力だけど、そんなのが霞むほどに厄介な力を持っている。
まず一つは雷の魔法。
自然現象としての雷と違って何分でも何時間でも持続するあの力はなぜかこの巨人しか使うことができない。女神ヘルの紡いだ理の外にある力という話だけど正確なところは不明。
この辺りは聖女とは名ばかりで神話とか女神暦以前の冥なる時代とかさっぱりな私じゃうまく説明できないけど、とにかくこの力は相当特殊みたい。トールではないとか何とか言っていた気がしないでもないけど、結局正体は不明だったはず。いや正体は不明なのが正しいだったっけ?
詳しく知りたいなら長生きで物知りなエルフでも探して話を聞くことね。私も知識マウントとるのが大好きなドヤ顔チビ女エルフから軽く聞いたのを何とか思い出しているだけだし。
それにしても、雷なんてそれこそ天気が悪ければ観測できるものなのに魔法で再現するとなると何だってそんな希少なのやら。
とにかくそれほど特殊な力だからか、本気を出せば天も地も雷で覆い尽くして、人が生存不可能な禁域にだって変えることもできるほどに強力よ。実際あの戦士の国がこの力で滅びたわけだしね。
そして、もう一つ厄介なのが憑依の魔法。
対象となる人間に取り憑いて操るあの力は一度成功すれば対象となった生命体を殺すことでしか巨人を引き剥がすことはできない。長期間憑依していると双方の記憶やらが混じることもあるみたいだけど、大抵はその前に取り憑かれた人間の魂は塗り潰されて消滅するのだとか。
幸いなのは巨人が憑依できる対象にはある程度の制限があること。一定以上の力を持ち主には憑依できないからこそ勇者や女騎士が操られて人類の希望が絶望に変わることもなかったんだし。
私に憑依するのも無理そうだったのを見るに単純な破壊能力じゃなくて総合的な『力』が基準になるようだけど。そうじゃなければ直接戦闘能力がガルズフォードのクソボケ未満の私が憑依不可能で正義を気取っていた暗殺者や大物しか狙わない狩人が憑依可能だったのはおかしいし。
殺すのは不可能。というか殺しても他の誰かに憑依するだけ。だからこそ『魂魄燃焼』で増幅した私の力で亜空間に封印するのが限界だった。
もしもいつか私が施した封印が破られたならば、その時は殺すのではなくどうにかして封じるように。それが一番手っ取り早いと思う。もちろん未来には私たちじゃ思いもよらない解決策があるのかもしれないけどね。
『魅了ノ悪魔』。
魔族の中でもわざわざ悪魔と明確に差別化された種族の一角(つまり魔族の中でも異端ということ)。そんな悪魔の中でも色欲を司り人を魅了する力を得意とする存在、つまりはサキュバス。
その能力も危険ではあるんだけど、そもそもこいつは悪魔なのよ。魔族とひとくくりにせずにわざわざ更なる分類を用意する必要があったのには相応の理由がある。
つまりその能力よりもその本質が厄介だと考えるべき。
なぜなら悪魔は──
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「あっは☆ こんなの残しちゃあダメだってえ」
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百年以上前から密かに、だけど確実に四天王や魔王に関する真実は抹消されていた。
百年以上経った現在、勇者が四天王や魔王を倒して世界に平和をもたらしたということになっているが、その戦いの詳細は不自然なまでに不透明なのだ。
魔王との戦争が終わった時点であの戦場を駆け抜けて真実を知る『生き証人』が数えるほどしかいなかった。だからこそ僅かに生き残っていた魔族側は隠蔽作業を円滑に進められたのだろう。
時間の流れによって確かに存在した真実は吟遊詩人が好んで扱うありふれた英雄譚として広まっている。それもまた一つの『平和』ではあるのだろう。何もなければ、ではあるが。