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第二十四話 暴露

 

 シャルリアはそれを黙って見ていることしかできなかった。


 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢が第一王子に言い含めるようにどうにか穏便に済ませようとしていた。そこに単なる平民が首を突っ込んだところでできることはない。下手なことをしても足を引っ張るだけだ。


 だから黙って見ていることが最善で。

 わかっていて、それでもそのことが悔しくて。


 一連の騒動の原因はシャルリアだとも言えなくもない。彼女が『殿下の想いに応えることはできそうにない』などと不用意に言ったがために第一王子を怒らせ、アンジェリカが助けてくれた。そのことさえなければ、ここまで大事にもなっていなかった。


 シャルリアを守るためにアンジェリカは戦っている。

 それなのに守られているだけの自分が心底情けなかった。


 そこで。

 第一王子はこう言った。


「つまらない戯言は終わりか、アンジェリカ?」


 穏便に済ませようとするアンジェリカの言葉を断ち切り、あくまで己の意思を貫くために。


「どうして俺様がヴァーミリオン公爵家の娘程度の意見を聞き入れなければならない? 俺様はシャルリアに一目惚れしてやった。俺様の新たな婚約者に選んでやった。それが全てだ。俺様の決定が絶対なのだ。それをぺちゃくちゃとくだらないことを並べ立ててからに。この国の全ては俺様の掌の上だ。俺様の所有物だ。アンジェリカ、貴様が今するべきことはつまらない戯言を吐き出すのではなく黙って従うことだと知れ」


 ふざけた言葉だ。

 単なる平民でも異常だと思えるほどに。


 だけどそこで終わらない。


「おい、シャルリア」


 矛先がシャルリアに向けられる。


「もちろん貴様は第一王子たる俺様を愛するよな?」


 それは『命令』だった。

 形こそ問いかけるものであったが、第一王子にして次期国王からの明確な『命令』であるのは明らかだった。


 断ればどうなるか。『不慮の事故』。権力者に目をつけられた平民の末路はそこらじゅうに広がっている。


 この国はそうなった。

 身分の高い者は下々の命さえも好きにできる構図が出来上がっていた。


 アンジェリカは庇ってくれるだろうが、それでも最後まで守り抜けるとは限らない。シャルリアが逆らって、抵抗しても、最後には国家が保有する戦力を差し向けることができる第一王子の圧倒的な物量に潰されるだけだ。


 そういうものだと、この国は定義されている。

 そうなってしまっている。


 だから。

 そこでシャルリアはアンジェリカの背中を見た。


 だから。

 それほどに恐ろしい相手にアンジェリカは臆することなく向かい合っていた。


 だから。

 アンジェリカは自分だけでも我関せずと放っておけば巻き込まれずに済んでいたというのに、シャルリアを守るためにわざわざこうして立ち向かってくれている。



 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢がシャルリアを守るために戦ってくれているというのに、当の自分が我が身可愛さに怯えてへりくだって大人しく第一王子の言いなりになっていいとでもいうのか? それは、今もなお戦ってくれている彼女の背中を刺すに等しいのではないか。



 そう思ったら、口が動いていた。

 恐怖なんて、その力強い背中を見ていたら吹き飛んでいた。


「うるっっっさいのよ、このクソ王子が!! 何でもかんでもお前の思い通りにいくと思うなよ、こんにゃろーっ!!!!」


 シャルリアの行動は大局には影響しない。

 だからといって情けない姿を晒せるものか。


 助けられるのならば、助けてよかったと思える姿を見せろ。それが手を差し伸べてもらった自分にできる唯一のことなのだから。


「大体『もちろん貴様は第一王子たる俺様を愛するよな?』とかばっかじゃないの!? 何がもちろんよ、どれだけ自分に自信があるのよっ。第一王子という金看板しか誇るもののないクソ野郎のくせに!! 顔だけよくても中身が自意識過剰すぎて全然ちっとも魅力的じゃないのよっ。どうせ今まで女が寄ってきていたから自分は格好いいとでも勘違いしているんだろうけど、お前そのものじゃなくて第一王子という立場が魅力的なだけって自覚しろ!!」


「あ、あの、シャルリアさん。流石に言い過ぎですわ」


「っていうか、初めて会った時からしてふざけていたよねっ。何が一目惚れしてやる、よ!! してくれなくて結構だってえの!!」


「その、落ち着いてくださ──」


「お前のような奴と婚約するくらいならアンジェリカ様と婚約するほうがよっぽどマシだからね、ばあーか!!」


「……ッッッ!?」


 ふう、と溜まりに溜まった想いを言い放って一息つくシャルリア。もう内容とか考えることなく感情のままに吐き出していた。


 だからこそ言い終わってから『そういえばアンジェリカ様が何か言っていたような?』と思うほどで。


 そこでようやくこちらを振り向いて何事か言いたげなアンジェリカに気づく。……学園では冷徹なまでに近寄りがたい彼女がなぜだかほんのりと頬を赤く染めていた。


「い、いま……なんと、言いました?」


「なにって、第一王子のクソ野郎的な?」


「そうではなくて、最後の、その!!」


「最後???」


 そこで、ようやくだった。

 遅れに遅れて自分が何を言ったのか、そう、勢いに任せてよりにもよってアンジェリカの前で『お前のような奴と婚約するくらいならアンジェリカ様と婚約するほうがよっぽどマシだからね、ばあーか!!』などと言ったことに気づくシャルリア。


「あ、やっ、今のは、その……っ!!」


 途端にアンジェリカの比じゃないほど瞬時に顔を真っ赤にして両手をばたつかせて後ずさる。先程までも心臓は第一王子への恐怖とか立ち向かうことを決めた高揚とかで暴れていたが、そんなもの今この瞬間に塗り潰す勢いで弾けそうだった。


「ほっほら、比較、どっちかというとってわけで、だから、あの、もうっわかるよね!? ねっ!?」


 ゴリ押しだった。

 まともに言い訳を考える余裕もなかった。

 冷静になんていられなかった。


 それでもアンジェリカがこくこくと反射的に頷いたのはそちらも似たような感じだったからか。そこで目が合って、どちらともなく逸らしていた。


 ほんのしばらくではあったが、第一王子を敵に回しているという現状さえ二人の頭からは抜け落ちていた。それくらい胸がドキドキして自分でも感情を制御できないほどの衝撃があったからか。


 そして──



「俺様を無視するとはいい度胸だ」



 その声は。

 言葉とは裏腹に怒りの感情は読み取れなくて。


「シャルリア。俺様は第一王子だぞ。その俺様に逆らうことがどういうことか、本当にわかっているのか?」


「それがどうしたってのよ!? 第一王子ってヤツがどれだけの力を持っていようとも、それでもアンジェリカ様は私を助けるために立ち上がってくれた! 今もなお私のために戦ってくれている!! その想いに応えないなんて女が廃るってものよ!!」


「……、そうか」


 目を閉じる。

 それはどこか何かを諦めるようで。


「アンジェリカ。どうあっても俺様には従わないと、俺様とシャルリアとの婚約は認めないと言うのだな」


「もちろんです。強行するのであれば殿下の婚約者としてどのような手段を用いても阻止させていただきます。それに、わたくしが動かずとも陛下をはじめとして国家上層部が阻止に動くでしょうしね。どちらにしてもシャルリアを新たな婚約者にという殿下の願いは叶えらないと思うのですけれど」


()()()()


 その軽い返事はこれまでの『流れ』を断ち切るようで。


 それでいて改心や諦めといったものとは思えない。

 嫌な予感が止まらない。


 だが、今この状況からこれ以上どう悪化するというのだ?


「だから王族としてふさわしくない第一王子は断罪されるってことだろ? それならそれで利権だなんだつまらないものに固執して人間同士で共食いしてくれるだろうから別に構わないんだが、シャルリアを余計な疑いを持たれない形で確保できないのは困るんだよなあ。俺様についてくるならまだしも、そうまで嫌がられたら無理矢理ってのもなあ。この場では可能は可能でも、後が面倒そうだ」


「な、にを」


 第一王子は責務を投げ捨てるほどに愚鈍と化した。王族でありながら好きな人と一緒になりたいなどと馬鹿げたことを言い出した。


 それが前提だ。

 そういう『流れ』で進んでいたはずなのに。


 今もなおシャルリアに固執はしていても、その理由がどうにも『好きだから』というよりは──


「ああ、違うな。本当は何かと理由をつけて台無しにしたいだけだ。ハッ、駄目だなあ。この悪癖だけは何度死んでも治らないんだからよ」


「何を言っているのですか、殿下!?」


 つまり。

 だから。



「そうだな。長年かけて進めてきた『計画』を台無しにして、今から全員まとめてぶっ殺してやろうって感じか?」



 瞬間。

 第一王子が平民の少女にうつつを抜かして責務を放り投げて暴走した。そんな今までの前提が霞むほどに醜悪にして凶悪な『真実』が襲いかかってきた。

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