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間話 ある冒険者について

 

 魔獣の分類において最低ランクのF〜Aときて、その上が禁域指定となっているのには理由がある。


 ランクAまでの魔獣と違って禁域指定は()()()()()()()()()()()()()()()()


 世界に良くも悪くも多大な影響を及ぼして既存の法則をねじ曲げる怪物の総称。それが禁域指定であり、変貌した環境全般は禁域と呼ばれている。


 例えば当時大陸最大の軍事力を誇っていた北の大国を自分ごと冷凍保存し、建物や生物だけでなく魔法さえも凍りつく極寒の禁域を生み出した『氷ノ姫君』。


 例えば人間とも魔族とも異なるエルフという亜種族が住んでいた南の孤島に自身の力で生み出した魔槍を突き刺し、多種多様な災害が不規則に溢れ出す禁域を生み出した『創造ノ亡霊』。


 例えば禁欲に関しては他の宗教の追随を許さないほどだった東の宗教国家を色恋沙汰の争いによって内側から滅ぼし、大罪の一つでもって理性を狂わせる禁域を生み出した『魅了ノ悪魔』。


 例えば一騎当千の猛者が多く集まっていた西の戦士の国を雷撃の嵐によって消し炭に変え、天だけでなく地からも雷が荒れ狂う禁域を生み出した『雷ノ巨人』。


 魔獣から派生して極めて高度な知能と能力を持つに至った魔族の中でも有名な四人、すなわち四天王の『力』は今なお跡地に刻まれている。ゆえに歴史書によれば彼らが暴れ回った末に(氷漬けの姫君はそのまま死んだものと扱うとして)四天王全員が勇者に殺されてから百年以上経った今でもかの地は禁域として立ち入りが禁じられている。一歩でも足を踏み入れれば生還は不可能とまで言われているほどに未だかの地には『力』がこびりついているからだ。


 そして、何より大陸の中心地に刻まれし禁域。

 魔王の極大魔法たる漆黒の粒子──つまり瘴気が漂う禁域にして勇者と魔王の最終決戦の地。



 手記を手に入れてからすぐ、ガルドはその地にあらかじめ騎士団よりも先に捕縛しておいた盗賊を十人ほど運び、放り込み、瘴気に犯されていく様を観察していた。



「まずは肉体の変化から始まるっと。異形と一括りにしても腕や足の数からして変わったり、本数は変わらずに形が変わる奴と法則性はなさそうだな。あくまで悪影響。魔物や魔族は瘴気を力に変えられるところを見るに人間はうまく瘴気を取り込めずに細胞の変異がそのまま死に繋がる感じか」


 シャルリアにお弁当が欲しいと頼み込んだら『もうっ。本当はそんなの売ってないんだからね!』とぷんすかしながら弁当箱に色々と詰め込んでもらったが、中身は完全に飲み屋仕様であった。というか余り物フルコースである。


「そして次に記憶の喪失。そいつにとって大事な記憶ほど残るが、結局は全部なくなっているな」


 もつ煮込みとかやきとりのタレが絡まって何やら凄まじい味になっていた。これはこれでビールが合いそうではあったが、健康寿命はガリガリに削られるだろう。酒飲みがそんなもの気にするわけもないが。


「そして魔物のようになりはするが、それも長く続かずに腐り落ちるように死ぬ。浄化系統魔法でも魔物に染み込んだ瘴気が周囲の人間に与える悪影響を取り除くことはできても()()()()ことはできないから、ここまでくると既存の魔法じゃ対処不可能っと。……大体世間一般で知られている通りだな。瘴気が刻まれた禁域に何かしら異変なり痕跡なりあるか確かめるついでに瘴気に関する新発見でも見つけられればと思ったが、まあこんなもんか。少なくとも何らかの方法でここの瘴気を回収して利用している、なんて痕跡はなさそうだし」


 人間が終わる一部始終を見ながら肉しか詰まっていない弁当を食べ終わり、どうせ死刑になるなら有効活用しようと適当に捕まえた盗賊全員がちょうどよく死滅したところで彼はこう言った。


「手記を信じるならあの記者を殺したのは瘴気っぽいんだが、王国からここまでは距離があるからなあ。瘴気を生み出せるのは魔王のみ、となると、魔王が実は生きていた……ってのはありえないか。()()()()()()()()()()()()()()。流石に魔王クラスの怪物が誕生して瘴気を再現しているとなると最悪だが、『白百合の勇者』亡き今そんな手札があるなら魔族側が裏でこそこそする理由はない。となると……」


 そこで彼の脳裏に浮かんだのは一人の魔族だった。


 だけど、


「コカトリスだの七大秘奥の一つとかいう災厄の魔槍だの生み出した『創造ノ亡霊』も確実に死んだ。が、あいつの生み出す不可思議な道具は魔族しか使えない代わりに魔力内蔵型だから魔族であれば大した魔力を持たない奴だって登録された魔法を出力できたはずだ。となると、生前にあの亡霊が瘴気を再現するもんでもつくっていた可能性もあるか。で、魔族の生き残りがその亡霊の遺産を見つけ出して暗躍していると。残党らしき魔族が光系統魔法というエサに釣られてあの店でこそこそしていたし、まあ細部は違ったとしても大枠はこんなもんか」


 とはいえ、それが平均的な魔族であればどうとでもなる。いくら亡霊の遺産を所持しているからといっても遺産は遺産。亡霊そのものでないのならばどうにか対処できるだろう。


 付け加えるならば、できればあの魔族がある程度の被害を出してから撃破したほうが危険度がわかりやすく認知される分だけ手柄も大きくなると思ったのと、単純に使いっ走りを泳がせて敵の親玉を探ろうとしていたが……。


 だが、もしも。


「亡霊は確実に殺せたが、姫君は氷漬けのまま手を出すわけにはいかなかったし、巨人は能力的に封印が限度、悪魔に至っては結局死体を確認できなかった。こうなると、やっぱりこの手記に染みついた()()()()()()は勘違いじゃなくて……はぁ。結局わかりきったことを再確認しているだけか。まあどうせなら向こうから動いてもらったほうがいいし、それまでにせめてちっとは有意義な情報でも見つかればと思ってのことだ。時間があるなら不覚の事態なんて展開にならないためにも万が一を潰しておかないとだしなあ。まあ勇者(あの女)ならこんなまだるっこしいことせずとも出たとこ勝負で大抵のことは解決していたんだがな」


 そして、ガルドはこう言った。


「──やっぱり最低でも『奴』が解き放たれていて、しかも亡霊の遺産を持ち出して暗躍しているってのが一番可能性がある、か。ったく。つまりこのままじゃ『あの時代』の再来もあり得るってわけだろ」


 百年以上前の『あの時代』。

 複数の国が滅び、多くの人間が鮮血と死に沈んだ『あの時代』は悲惨の一言に尽きた。それでも『あの時代』には『白百合の勇者』がいたからこそ乗り越えることができた。


 反則級の勇者はもういない。

 今この時代であの四天王のような怪物が暴れれば今度こそ人類が滅亡してもおかしくないだろう。


「ようやくここまで持ち直して、若い世代は『あの時代』を知りもせずに平和ボケを満喫できているってのによ。あんなの繰り返すとか勘弁だぞ」


 だから。

 だから。

 だから。


「仕方ない。利用できるもんは何でも利用しないとな」


『あの時代』には『白百合の勇者』がいた。

 この時代にはもうそんな反則はいない。


 だから諦めるほど彼は聞き分けのいい男ではなかった。


(そういえば……)


 そこで頭に浮かんだのはある記憶だった。


『シャルちゃん、魔物の肉持ってきたぞ』


『ありがとっ。ようし、早く「下処理」しないと!』


『真面目だなあ。俺がシャルちゃんくらいの歳には親の手伝いとかした記憶ないぞ。そもそも親というか何というか、そういう存在が人間と違ってアレなんだが』


『冒険者みたいなゴロツキと一緒にしないでよね!』


『いや、冒険者も俺みたいなゴロツキばっかじゃないと思うぞ』


『この店にくる冒険者はみんな揃ってゴロツキだけど?』


『……まあ魔物の肉を提供するくらい「訳あり」だからなあ。客層もそれなりになるよな』


 これまで特に気にしなかった、というか、気づけなかったのはガルドも同類だからか。


 何となく眼帯の上から失った左目があった場所に手をやりながら、母親の形見である純白の百合を摸した髪飾りを大事に身につけているシャルリアに声をかける。


『それより光系統魔法での「下処理」に関して何か問題はないか? そろそろ慣れてきた頃だからこそ見えてくる問題点とかあるかもだし、ちょろっと教え直してやってもいいぞ』


 それは少なくともシャルリアがアンジェリカに出会う前の記憶。


 そんなこともやっていたな、とガルドは他人事のように思い出す。そんな風に軽く、念のためで、あんな裏技を仕込むことができるのがガルドという男なのだから。

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