第二十二話 四天王、その一角
開店前の小さな飲み屋でガルドは言う。
「光系統魔法。シャルちゃんがそんなもんを使えるってこと、お前は隠したがっていたっけ。シャルちゃんの母親が死んですぐに覚醒したってのにろくに鍛えようとしなかったもんな。酷い野郎だ、親なら子の才能は伸ばしてやらないと」
「瘴気を浄化することもできる魔法。そんなの極めたところで聖女たちのように一生を搾取されるだけだ」
「だから隠したって? 一応浄化系統魔法『ではない』から隠したって厳密には法には触れないが、その辺はどうとでもなるからな。聖女のようにしたくないってんなら隠すのも一つの手だよな」
瘴気とは物や人を穢し、本来の性質を大きく歪めて、やがて存在の全てを抹消する歴史上魔王しか使えない極大魔法である。
ただし魔物や魔族は瘴気に適応しており、瘴気を取り込んで力に変えている。そんな魔物の牙や鱗は鉄よりも硬く、その素材は広く活用されている。
そのためにも素材に染みついた瘴気から人体に悪影響を与える性質を浄化する必要がある。
聖女による浄化系統魔法。
それが魔物の素材を人体には無害にして有効活用するための術である。
聖女は教会(そしてその裏で深く繋がっている国々)が保護し、世界平和のために尽力してもらう……という名目で莫大な利益を生み出すために働いている。
国民の義務、法律として浄化系統魔法の使い手は聖女として尽力すべきと定めされており、違反すれば終身刑……という名目で確保する仕組みも複数の国家が共通で組み込んでいる。
だが、それはあくまで浄化系統魔法の使い手のみ。
父親は幼い頃のシャルリアから光系統魔法でも同じことができる『はず』だということを聞いていた(十歳前後まででその魔法で『できること』は使い手が何となく理解できるがために)。
だからこそ隠した。
そのことを黙っていても法律違反にはならない。法の穴をついているだけなので、シャルリアの力がバレれば法改正や王命による聖女に似た特別待遇という名の強制確保で対応されるかもしれないが、少なくとも隠していたことを罪に問われることはないのだから隠しておいて損はない。
人とは違う力があり、人とは違うことが成し遂げられるからといって、人とは違う人生を歩まなければならない理由はない。
『特別』なんて憧れるようなものではないことを、父親は今は亡き妻と出会ったことで散々思い知っているのだから。
「つってもその気遣いも母親が亡くなって一人で店を切り盛りする父親を助けるため──そう、俺が持ってくることができる魔物の肉をどうにか食べられるようにすれば肉に関しては原価ゼロで提供できると吹き込んだから台無しになったがな。たったそれだけでころっと自分から光系統魔法で『できること』について喋って、少しでも父親の力になるために魔法の使い方を俺に聞いてきたんだからシャルちゃんってば素直で純粋でいい子だよなあ。まあ、シャルちゃんが光系統魔法で『できること』に関しては最初っから知ってはいたが、向こうから話してくれるほうが自然だったし?」
「……、『心眼』さえなければそもそもガルドがシャルリアの光系統魔法について知ることもなかっただろうに。本当忌々しい魔法だ」
「はっはっ! つってもちょろっと心を読むというか丸見えにする程度だし、人間以外には通用しないから肝心なところで使い物にならない力だって。というか、俺のような奴が娘に接触するのを見逃すのが悪いわな。いくらお前の妻が許していたからってそれはないと思うぞ。あれは単にあの女が困ったらゴリ押しができる奴だからってだけなんだし」
「まったくだ。こんなことならもっと早く斬っておけば良かったかもな」
「それは光系統魔法を使いこなせるように鍛えたからか? それとも裏技のほう? どちらにしても俺のお陰でシャルちゃんは健気にも魔物の肉を浄化して『下処理』を施して食べられるようにすれば父親の力になれるって無邪気に喜んでいるんだ。それを悪と断ずるのはシャルちゃんの頑張りを踏みにじることにもならないか?」
「くだらない戯言はいい。それで? その話がどう関係してくる?」
「とりあえずシャルちゃんが光系統魔法の使い手だってこの国のお偉いさんどもにバラしたのは俺でな。もちろん瘴気を浄化できるってのは隠しているから国に一生身柄を確保されるってのはないから許してくれるよな?」
軽口のようにサラッとしたものだった。
語られた内容は到底軽く受け止められるものではなかったが。
シャルリアは別に王立魔法学園に通いたいわけではなかった。光系統魔法。その特異性を理解していながら、隠しておけるなら隠していたかった。
なのに、それがなぜだかバレてしまったから仕方なく王立魔法学園に通うことになったのだが、それが実はなんだかんだで信頼しているガルドのせいだとは今も知らないままだ。
父親の目つきが普段とは比較にならないほど鋭くなっているが、今すぐ剣を取り出すようなことはなかった。
そこでガルドはおどけるように肩をすくめて、
「なんだ。そろそろ剣を取り出してきてもおかしくないと思っていたんだが。龍殺しのごついの、今もその辺に隠しているだろ?」
「俺の考えはともかく、シャリアの遺言だからな。ガルドのことを信じてくれと」
一瞬。
何を思ったのか、僅かに固まるガルド。
すぐに、わざとらしいくらい笑っていたが。
「はっはっ! おいおい『妻』の言うことなら何でもホイホイ聞くとか随分と腑抜けたなっ。騎士だった時のお前ならもっと苛烈だっただろうに。他人が何と言おうが己の直感に従ってぶった斬るってな」
「ふん。それより早く話の続きをしろ」
「はいはいっと。ええと、どこまで話したっけか……。ああ、シャルちゃんが光系統魔法の使い手だってバラしたところまでか。とはいえ、俺としてはあくまで停滞した状況を引っ掻き回すための一つであって、シャルちゃんを必要以上に巻き込むつもりはなかった。騒動の中心。暗殺だの何だのやらかしている『何者か』の正体。その予想の一つとしてどこぞのお偉いさんが魔族の残党と手を組んでいるんだろうってのがあってな。あれだけ自然な形の死を演出できるだけの力がある奴となると魔族のほうが多そうだし。そして、『何者か』が魔族だとすると同じ光系統魔法の使い手である『白百合の勇者』に痛い目に合わされた経験から何かしらの反応があるかもしれない、あったならあったでそれを辿ってぶっ潰せばいい……はずだったんだがな」
と、そこで懐から取り出した手記を放り投げるガルド。今は亡き記者の手記を受け取った父親はそれに目を通して、眉間に皺を寄せる。
「瘴気、だと?」
「ああ。とはいっても敵の正体は魔王じゃないぞ。わざわざ証拠を残して台無しになる可能性をチラつかせるくだらない悪癖、そしてその手記に染みついた残滓。この懐かしい感じはおそらく『奴』──四天王の一角が瘴気を生み出せる道具を振り回しながら暗躍してやがる。つまり予想は当たったが、予想以上に厄介な状況ってわけだな」
そして。
そして。
そして。
「あっは☆ よくもまあそこまで踏み込んだものだねえ」
いきなり、だ。
ガルドの対面の椅子に舞い降りるようにふわりと座る女が一人。
『奴』。
ガルドがその存在を感じ取っていた怪物ではない。
それでいて、この尋常ならざる力の波動は──
「参ったな。これで最低でも二つの脅威を相手しなきゃいけなくなったってことか」
『魅了ノ悪魔』。
歴史書では百年以上前に勇者によって殺されたと記されている魔族の四天王、その一角である。