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第二十一話 婚約破棄記念パーティー

 

 二十台前半の女であった。

 肩まで伸びた黒髪に黒目のメイド。アンジェリカが()()()暴力担当はシャルリアとの接し方に悩む己の主人へとあの店員の少女がお悩み相談のスペシャリストだとか相談のためにはまず飲み食いする必要があるなどと嘘を吹き込むほどには忠誠心や敬意とは無縁だった。


 店員の少女がシャルリアだとわかっていて、何も知らない己の主人を適当な理由をつけて接触させ、その様子を護衛のついでに眺めて楽しむくらいには。


 普通のメイドなら主人に嘘をつくなどできない。

 逆にいえばそんな女を手元に置くほどには信頼してくれているのだ。


 メイドだって思う。

 もしも、自分が身分の高い人間であればこんな奴を手元には置かないと。


 だけどアンジェリカはこんな自分を拾ってくれた。

 暴力担当。メイドの力を認めて、頼ってくれた。


 ならばせめてその期待には応えなければならない。他の全てが及第点に満たなくとも、この一点、暴力だけは百点満点のものを提供しなければメイドの存在価値はなくなる。


 拾ってくれた恩義に報いるために。

 ああ、何ともありきたりな理由だろうか。だけど、だからこそ、その想いの強さだけは絶対だ。


「……?」


 だから。

 メイドはその一瞬を心底後悔した。


 夏の長期休暇の前日。

 学園に併設された施設の一つ。本来なら魔法の実技などを行うための広大な建物に生徒たちが入り、長期休暇前の集会が行われようとしていた時だった。


 護衛として建物の外から中を見通す位置取りをしようと人気のなくなった空間を走り抜けようとした、その時だった。



 気配が完全に読み取れなくなった。

 アンジェリカがメイドの代わりに公爵家から引っ張ってきた護衛も含めて『全て』がだ。



 王立魔法学園とは社交界の縮図でもある。何せ(シャルリアのような例外もいるが)学園に所属するのは高位の貴族だからだ。これは魔法の才能が血筋に大きく関わるのが大きい。


 だからこそ、学園の警備は国からの支援があるほどに厳重である。そこに加えて学園への申請が必要であり、認められるにはそれなりの障害がありはするが、それさえ超えれば高位の貴族の個人的な護衛を学園内に呼び込むこともできる。


 その『全て』。すなわち学園のそれも個人的なそれもまとめて、メイドのように表に出ずに隠れ潜んでいる護衛の『全て』の気配が消えていた。


 どうやって、と思考が回る。

 だけどそれこそが過ちだった。一瞬。本当に考えるべきは終わったことではなかった。



 大きな音も、眩い光も、周辺の建物や地形を崩すような派手な動きもなかった。ただただメイドの体内にのみ静かに強烈な衝撃が走り抜けた。



「が、ぶっ!?」


 そう、一番に考えるべきは護衛たちを人知れず始末した誰かがいるのならば、まずは何が何でも危険を主人に伝えることだった。護衛として隠れ潜んでいる『全て』が襲われたのならば、当然メイドも標的になるはず。そして、人知れずメイド以外の『全て』を粉砕するほどの襲撃者にメイドが敵うとは限らないのだから。


(お嬢──ッ!!)


「これで最後っすね」


 今更危険を知らせる暇もなかった。

 声を上げる前に更なる衝撃がメイドに襲いかかった。



 ーーー☆ーーー



 その時、シャルリアの父親は店内の掃除をしていた。

 開店前。そこに踏み込んでくる影が一つ。


 隻眼の中年男性ガルドは無遠慮に店内に入り、近くの椅子に腰掛ける。


「よお、騎士崩れの料理人」


「まだ店は開いていないぞ」


「ああ、いいってそういうの。それよりお前も知りたいんじゃないか? 今、何が起きているのか」


「…………、」


「こそこそ探っていたんだし、『アン』の正体やら学園でのアレソレはわざわざ説明せずともいいだろ? 第一王子と公爵令嬢、そしてシャルちゃんのいざこざについては把握している前提で話すからな」


「…………、」


「まあ、俺も完全に『真相』ってヤツにたどり着けているかは自信がないんだが、だからこそ誰かに話して整理しておきたくてな。付き合ってくれるよな?」


「…………、」


「返事がないってことは肯定と捉えていいよな? つーわけで勝手に話すわけだが、そうだな。とりあえず今生き残っているこの国の国王の実の子供は第一王子と第一王女だけってのは知っているよな? それ以外にもいたが第一王子とは比にならないくらい無駄に優秀だったり貴族と平民の間の格差をあくまである程度なくして特権階級の横暴による悲劇が起きにくいようにと動いていたりしていたせいで自然な形で暗殺されているからな」


「暗殺?」


 ようやく反応を返した父親にガルドは満足そうに頷き、


「そうだ、暗殺だ。世間どころか国家上層部も自然な形での死だと騙されているが、あれは確実に暗殺だな。悪知恵だけは一丁前な王女が辺境に移動したのも暗殺を恐れてだし。まあ、だからこそ俺みたいな奴を雇おうと考えるんだろうが。暗殺の首謀者をぶっ殺して、ついでに第一王子を蹴落として王女が女王になれるよう動けって雑な依頼してきてからに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな場合じゃなくなったけど」


 なあ、と。

 ガルドは何ともなさそうにこう続けた。



「話は少し飛ぶが、そもそもシャルちゃんの『力』が使い物になるまで鍛えたのは俺なんだが、それは覚えているよな?」


「お前の片目が吹き飛んだ後でようやく気づけた自分の間抜けさに心底呆れたんだ。忘れるわけないだろう」



 ーーー☆ーーー



「皆の者、聞くがいい! 俺様はアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢との婚約を破棄し、シャルリアを新たな婚約者とする!!」


 夏の長期休暇前の集会でのことだった。

 学園長の話も終わり、集会も締めに入ったところで突如第一王子はシャルリアの手を乱暴に握り、全校生徒の前に出て、そう宣言したのだ。


 王族として果たすべき義務も忘れての発言だった。

 公爵家の名誉を傷つける行動だった。

 これからのことを考えれば目眩がするほどに後始末が面倒だと思える展開だった。


 それら全てがほんの僅かな間、アンジェリカの頭から吹き飛んだ。一つの目的が頭の中を埋め尽くした。


 令嬢らしくもなく走り、そして強く握られて痛いのか顔を顰めるシャルリアの手を握る第一王子の腕を弾き飛ばす。


 引き剥がし、シャルリアを庇うように前に出て、第一王子と向かい合う。


「殿下、本当にいい加減にしてくださいませ」


 こんなことをやらかすような男に一瞬でもシャルリアが触れられているのが許せなかった。婚約者、いずれは共に国を支えるはずだった相手を見据える。


『いつから』ここまで変わってしまったかなんてわからなくていい。


 ここまでやられたら全面対決は避けられないのだから。

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