間話 ある女記者の手記
私はいつか殺されるだろう。
それでも、真実だけは暴いてみせる。
〜〜一部焦げ跡により解読できず〜〜
ここ十年前後でこの国も随分と物騒になった。
『不慮の事故』。
権力者が平民を殺しても事故として処理されることに誰もが目を瞑らざるを得ないほどには。
貴族が増長した結果だ、と言えばそれまでだろう。
だけど私は記者だ。そんな言葉で簡潔にまとめて、真実から目を逸らすことはできない。
確かに貴族は増長しているのだろう。だけどその理由は? いくら一部の貴族が平民の命を簡単に握り潰そうとも、それを良しとしない貴族だっているはずだ。だからこそこれまでは一定のラインがあった。少なくとも『不慮の事故』だと口々に囁かれ、仕方がないことだと諦めないといけないほどに多くの命が踏み潰されることはなかったはずだ。
理性や善性。貴族社会の中にあった一定のラインが崩れたのには必ずや理由がある。貴族が増長した結果だと、そんな一文でまとめられない何かが。
私は必ずや真実を暴き出す。
記者として、そして後輩のために。
〜〜一部焦げ跡により解読できず〜〜
例えばクルーン伯爵家の長男の落雷による感電死。
例えばスカレルア商会の会長の事故死。
例えばラグア侯爵家の当主を『愛人』が殺害。
例えば近衛騎士団副団長の自殺。
例えばレイ=ラスメリク法務大臣の病死。
『不慮の事故』をはじめとした貴族の増長を裏から表から抑えようとしていた者たちがここ十年前後で死んでいる。
『不慮の事故』ほど露骨ではない。だけど確かに彼らは何かしらの自然に見える理由で死んでいる。だからこそ貴族社会には『不慮の事故』を是とする者たちに溢れて、彼らの暴走を止めることができなくなった。
一定のラインは貴族全体のうち、(あくまで貴族の中では)善良な者を間引くことで徐々に下がっていった。ここ十年前後で静かに、『何者か』にとって都合よく世界が変わるように。
『不慮の事故』がまかり通るようになったのは貴族が増長した結果だ。だけどその奥には高位の貴族や大臣さえも手にかける『何者か』が潜んでいる。
もっとずっと好き勝手したいから。
そんなドス黒い欲望が見え隠れしている。
果たしてこのことを騎士団に伝えてどうにかなるのか。相手は大臣さえも失踪という形で処理する怪物だ。騎士団の動きを上からの圧力で封殺することなど造作もないだろう。
……私はいつか殺される。
それはもう避けられない。
それでも最後まで真実を追い求めることはやめない。
こんな私のことを姉のように慕ってくれた後輩が死んだ理由を白日のもとに晒すために。そのためなら命だって賭けられる。
〜〜一部焦げ跡により解読できず〜〜
私は踏み込んではいけない禁域に踏み込んでしまったのだろう。
うまく思考が回らない。手にしたはずの真実がこぼれ落ちていく。
頭の中が穴だらけで、身体はもう人間のものとはかけ離れた異形に変わり果てていて、だけどそのことに普通なら抱くはずの忌避感も何もなくて。
私は何かしたいことがあったはずだけど、それが何かもわからない。
…………。
…………。
…………。
真実!! 私は後輩が殺された本当の理由を追い求めていた!! なのに、だけど、それなのに、頭の中から色々なものが抜け落ちていく。
真実が崩れて消えていく。
もう私の頭に明確に残っているのは後輩に関する記憶だけだった。
後輩……。こんな私を姉のように慕ってくれたあの子のために私は真実を追い求めた。あの死を無駄にしないために。
可愛いヤツだった。笑顔一つで職場の空気を変えられる女だった。私のように血生臭い事件に関して聞き込みをしていても顔色一つ変えない女とは大違いだった。
私のような堅物に職場の誰も近づいてこなかったけど、あの可愛い後輩だけは違った。
あの子なら私のような女に構わずともうまくやっていけただろうに、それでもいつも私の後ろに子犬のようについてきていた。
どうして私じゃなくて、あの子が死ぬことになった? 事故死? 事件性はない? そんなわけがない! 絶対にありえない!!
『不慮の事故』のように不自然ではあっても権力に逆らえずに目を逸らしているのではない。その奥。『黒幕』はあんなにも自然な殺しさえも可能ということ。
私のせいで……。
だから。
最初に『不慮の事故』に関して調べ始めたのは私で、後輩はついてきただけなのに……私にさえ関わっていなかったら。
私はここで死ぬ。
もうそれは避けられない。
だけど、せめてこの手記が真実を追い求める誰かに届くことを。断片的でも何でも少しでも多くのことを残す。
……『不慮の事故』……平民、いいや、もっと大きな枠組みさえも踏み躙られて……瘴気……あれは一度遠目に見た禁域に漂う瘴気と酷似していて……身分の高い男……この変わり果てた身体は……私は瘴気に……あの光は……。
うまくまとめられない。後輩が死んでから苦しくて憎くて悲しくて仕方なかったはずなのに、もうあたまのなかには
…………。
…………。
…………。
「ごめんね……シフォン」
ーーー☆ーーー
「前の時もそうっすけど、こんな記者一人始末するのにわざわざ貴方様が出張ることもなかったし、ましてやご自身の力や『それ』を使う必要もなかったと思うんすけど。お陰で後始末が面倒っす。たまに人間をおちょくって楽しむのは結構っすけど、そのせいで貴方様の正体が露見したらせっかくの『計画』が台無しなのわかっているっすか?」
「だからこそ、なあ?」
「はぁ。相変わらずの悪癖っすね。それはともかく、とりあえずこの記者は失踪扱いで対応するっすか。……しっかし、勇者のような突然変異ならともかく、単なる人間が真実を暴けるとでも思ったんすかね」
ーーー☆ーーー
そして。
そして。
そして。
「確かに受け取ったぞ」
いつか、どこかで。
ガルドはそう言った。
『殺人現場』の近くにおそらくは死ぬ前に力を振り絞って魔法で隠された手記を見つけ出し、残された想いを汲み取って、決して無駄にしないために。