第二十話 魔物肉のつくね その二
なんか色んな魔物の肉が余っていたから全部まとめてぶっ潰してこね回すことになった。
「というわけで今日はつくねがいっぱいだよっ。まあ『感謝デー』ほどあり余っているわけじゃないから他の料理を注文してもいいけどねっ!」
夜。
店員の少女の言葉にホッとしたり、残念そうに首を横に振ったり、『掌の上で転がされたかったなあ!!』と嘆いたりと常連の馬鹿どもの反応はそれぞれだった。
アンジェリカはというと、首を傾げて、
「つくねとは何ですか?」
「肉を潰して混ぜて丸めて焼いたものだよ。あ、もちろんビールに合うから」
「それでは、つくねをお願いします」
「はいはいっ。あ、もちろんビールもだよねっ?」
「当然ですわ」
学園での姿はどこにいったのか、うきうきと楽しみにしている空気が全身から溢れていた。これがあの社交界でも優美にして完璧だと有名な淑女にして第一王子相手にも一歩も引かない誇り高き貴族令嬢だとは誰も思わないだろう。
綺麗は綺麗だが、それはそれとして場末の飲み屋に『馴染んでいる』のだから。
(ほんっとう、よくもまあ公爵令嬢がああも馴染んでいるものだよね)
常連の酔っ払いらしい絡みにも嫌な顔せずに受け答えして、何なら一緒になって騒ぐこともそう珍しくない。
公爵令嬢らしくはなくて、だけど『アン』らしいその姿。
いいや、もしかしたらあれがアンジェリカという女の子の本当の姿なのかもしれない。
ーーー☆ーーー
つくね『のようなもの』なら貴族の食卓に並ぶこともある。柔らかく、肉にしてはさっぱりとしている部位を使っており、どちらかというとメインを引き立たせるためのものといった印象が強い。
だから『アン』として店にきているアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢も普段食べているそれをイメージして口に含んだ。
肉だった。
さっぱりだとかとんでもない。柔らかくとかあり得ない。とにかく肉なのだ。肉を固めに固めたそれは歯を跳ね返すのではと思うほどぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「……っ!?」
どうにか咀嚼するごとに口の中で様々な味が広がる、牛や豚ではないだろう、この店特有の肉の味がこれでもかと凝縮されているのだ。
噛むごとに異なる味が口の中で弾ける。一度潰しているからこそ肉塊よりも柔らかいはずだという先入観があったが、これはそういう食べ物ではない。
黙って肉を味わえと言わんばかりだった。
味付けはもつ煮込みなどに比べると控えめだったが、決して薄くはない。無数の肉の味が詰まって喉が干上がるほど濃かった。
だからこそ。
ぐいっと煽ったビールが喉元を過ぎる感触が、口の中の肉の味を押し流すのが、とてつもなく気持ちいいのだ。
「んっ、んっ……はぁーっ! 店員さんっ、これ美味しいです!! ビールにとっても合いますしね!!」
「それはよかった。ちなみにそれはノーマルタイプで他にもタレとかねぎ塩とかあるけど、どうする?」
「全部お願いしますわ!!」
「はいはい。どうせビールもおかわりだろうから一緒に持ってくるよ」
アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢は予感していた。第一王子の魔の手からシャルリアを助けるために割って入ったがために生まれた『火種』が自然鎮火することはないと。必ずや燃え広がり、何かしらの決着をつける必要があると。
何事もなく終わることはない。
本来ならこうしてゆったりと料理とお酒を楽しむような余裕はない。
それでも自然と足を運んでいた。
決して油断しているわけではない。何の対策もなく乗り越えられるとも思っていない。だからこそ時間は一分一秒だって無駄にはできないとわかっていた。
だからこれは最後だ。
一度区切りをつけるための儀式。そして困難な問題に立ち向かうための活力を得るためのひととき。
それくらいアンジェリカにとってこの店は、そして一本にまとめた茶髪を靡かせながら屈託なく笑う店員の少女の存在は大きくなっていたから。
シャルリアにこれ以上手を出させないために。
そして、もう一度この店に戻ってくるために。
そのためなら第一王子だって敵に回し、打ち勝つこともできる。
「店員さん。わたくし、諸事情でしばらくの間このお店に来る余裕がなくなりそうなのです」
「……っ。そうなんだね」
「ですけど、必ずやもう一度このお店にきます。それまで待っていてくださいますか?」
「もちろんっ!」
そう即答してくれるのが嬉しくて、だから何がしたいのか読めないからこそ不穏な第一王子に立ち向かう勇気がいくらでも湧いてくる。
ーーー☆ーーー
(諸事情って、私を助けたせいで第一王子と対立しちゃったことだよね? うう、私のせいでどんどん大事になっている気がする)
だからこそ、シャルリアは『もちろんっ!』と即答した。
自分のせいで、という想いはあるが、アンジェリカはそんな言葉を望んでいないだろうから。
(本当はアンジェリカ様に傷ついてほしくないけど……やめてって言って止まるくらいなら立ち向かうような選択は選ばないよね。私のような平民よりも、公爵令嬢であるアンジェリカ様のほうが第一王子に逆らうというのがどういうことかわかっているはずだし)
だから。
今、シャルリアがするべきことはつまらない水を差すことではなく、その背中を力の限り支えてあげること。自分にできることは何だってやることだ。
もう一度、『アン』がこの店に来れるように。
その日を待ちわびているのは決してアンジェリカだけではない。