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第十七話 セーフリムニルのチャーシュー その四

 

「それで? 俺様に話とは、なんだ?」


「……っ」


 昼休み、学園の校舎裏でのことだった。

 第一王子ブレアグス=ザクルメリア相手に『二人きりになれるところで話がしたいんです』と告げたまではよかったが、こうして対峙すると王位継承権第一位相手に何を言おうとしているのかと身がすくんでしまう。


 目元から腰まで覆うように伸びたボサボサの茶髪、人目を避けるように丸まった腰、そして絵本の中の魔女のように全身真っ黒なローブにとんがり帽子をかぶった小柄な少女がみそめられることを光栄に思えども拒絶するだなんてありえないことなのだろう。


 喜ぶのが普通のことで、疎ましく思うことはおかしいのだろう。


 それが世界の常識であることはわかっている。

 それでも。


「ごめんなさい。第一王子様が私なんかに一目惚れしてくださったのは大変名誉なことです。ですけど、色々と不釣り合いで、だから……私には第一王子様の想いに応えることはできそうにないんです」


「…………、」


「本当はもっと早くに言うべきだというのはわかっていて、だけど、ええっと、本当にごめんなさい!!」


 もっと賢い立ち回りの仕方もあったのかもしれない。

 だけどシャルリアにはそんな方法検討もつかなかった。


 とにかく早くこの歪な関係を終わらせて、平穏無事に──アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢と何の気兼ねなく『勉強会』ができる日々を取り戻したかった。


 だからとにかく何かがしたかった。何もせずに最悪の事態になるのだけは嫌だった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──つまり、それほどにアンジェリカとの関係が致命的に終わってしまう可能性を許容できなかったのだ。


 だから。

 しかし。



「何様のつもりだ?」



 その声に。

 今更ながらに相手が第一王子という絶大な権力の象徴に楯突いているのだと気づいた。


「この俺様が貴様に一目惚れ()()()()()というのに、その寵愛を跳ね除けようとはふざけた話だ。そんなこと、貴様にできるとでも思っているのか?」


 これが王族。

 これが権力者。

 これが今の世界の常識。


 身分の差、その究極。王族がそう望めばあらゆることが叶えられる。それは、ここ十年前後でより顕著になっていた。


 だから第一王子が一目惚れだといえば黙って従うべきなのだ。逆らうなど自殺行為にもほどがある。そんなこと、平民として生きてきたシャルリアは嫌というほどわかっていたはずなのに。


『不慮の事故』。

 権力者に逆らった末路。

 そんなものがここ十年前後でそう珍しくなくなった世界に生きていて、どうして権力の象徴たる男が素直に言えばわかってくれると思ったのか。



 全てはアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢という存在を知ったからかもしれない。世界にはこんな貴族もいると、権力者といえども同じ人間なのだと、嫌味たっぷりなその態度の裏には人間らしい優しさもあるのだと、そう知ってしまったからか。



 彼女がそうであっても、第一王子がそうであるとは限らないのに。一目惚れだと言いながらシャルリアをぞんざいに扱う態度がアンジェリカのように素直になれないだけなどというわけではないのかもしれなかったのに。


「あ、の」


「ま、これも俺様が貴様に身の程を教えてやらなかったからか。この俺様が貴様に一目惚れしてやったとはいえ、上下関係は明確に存在する。この際、そのことをきちんと教えてやらないとな」


 男の手が伸びる。

 銀髪赤目の美男子。そんなものが霞む悪意に満ちた男の手が。


「……や……っ」


 そして。

 そして。

 そして。



「あらあら。何をやっていますの、殿下?」



 バシッ、と間に割って入った『彼女』がその手を振り払う。あくまで優雅に、だからこそ『彼女』らしく。


 黄金から切り取ったような煌く金髪に宝石を埋め込んだのではと思うほど綺麗な碧眼、スレンダーなシミひとつない身体、赤が好きなのか公爵家の財を尽くした豪勢な真紅のドレスが霞むほどに美しい『彼女』──アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢その人が、である。


「アン、じぇりか……さま」


「黙ってなさいな」


 厳しく、冷徹に。

 だけど前と違って今はそれだけじゃないとわかっている。


「シャルリアさんが口を挟む必要などどこにもありませんわ」


 突き放すようでいて、その背中は確かにシャルリアを守ってくれている。第一王子という権力の象徴によってちっぽけな平民が今にも手折られることを防いでくれている。


 それがアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢なのだ。シャルリアがどうあっても嫌われたくないと思ってしまうほどの令嬢は堂々と第一王子と向かい合う。



 ーーー☆ーーー



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アンジェリカはこの場に駆けつけることができた。


『護衛対象』を放っていたメイドの件は今は置いておくとして、この場に駆けつけられたことに心の底から安堵していた。


 ──第一王子がシャルリアに近づいている噂ならとっくに耳にしていた。


 本来ならもっと早くに対応すべきだったのだろうが、誰もが『格好いい』と評する第一王子にシャルリアが夢中になっていたらどうしようと、そんな現場を一目見たら何かが崩れてしまうと思うとどうしても消極的にしか行動できなかった。


 もちろん第一王子には苦言を呈している。自分という婚約者がありながら平民の少女にちょっかいをかけるなどどういうことかと。くだらない嫉妬かと一蹴されてしまったが。


 少なくとも婚約が成立した直後はここまでひどくはなかった。愛することはできずとも共に国を支えるパートナーとしてはふさわしい男だったはずだ。


 ここまでひどくなったのはいつからだろうか。

 何かの歯車が狂うように、気がつけば第一王子は『こう』なっていた。


 王権の強化。現状の王であっても高位貴族や国家上層部を完全に無視して身勝手に振る舞えない──あくまで国王の暴走による暴君化を防ぐ程度ではあるが──体制を崩し、権力の一極集中を狙って裏で動き回っている『疑惑』もあるほどに。


「殿下。貴方様の婚約者としてこれ以上の狼藉は許しておけませんわ」


「たかが婚約者ごときが俺様に楯突くと? 何様のつもりだ?」


 これまでは表立って第一王子と敵対することはなかった。そんなことになれば王国にとっても公爵家にとっても不利益になるのは確実だったからだ。


 時間をかけてゆっくりと軌道修正するのが最善だろう。だからこそ『疑惑』だって慎重に捜査を進めているのだから。


 そんなもの、シャルリアが傷つけられそうになっているのを見て即座に投げ捨てていたが。


 貴族として守るべき民を見捨てるような選択肢は最善とは呼ばない。そんなものはノブレスオブリージュを掲げる貴族令嬢としてあり得ない行いだ。


「何様、ですか」


 そして、それ以上に。



「アンジェリカという一人の女として見過ごせない、それだけの話ですわ」



 大好きな少女を助けたい。もう二度と後悔したくない。だったら背負っている義務や責任を放ってでも何よりも大好きな少女を優先すべきだろう。


 十年ほど前の幼い頃、化け物に変貌して結果的に元に戻った時にヴァーミリオン公爵令嬢としてだけではなく、アンジェリカという一人の女の子としても生きると決めたのだから。


『両立』してやると、心に誓ったのだ。


 だから、アンジェリカは第一王子と真っ向から向かい合う。そうしたいと、魂の底から望んでいるからこそ。

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