最終話 悪役令嬢は今日もヒロインと仲良くなりたいと叫んでいる
小さな飲み屋の裏でのことだった。
少しの間待たせていたアンジェリカに二人分の料理やらビールやら持ってきたシャルリアが合流する。
……その直後に店の中ではロキやらラグナロクやらが飛び交うのだが、そこも含めてシャルリアの母親の計算のうちだったのだろう。
もう世界の命運なんてもので娘の『好き』を邪魔させないために。
「はいどうぞっ」
「もつ煮込みとビール、ですか」
「うん。なんか懐かしく思えてね」
もつ煮込みは『アン』として店に来たアンジェリカに出した最初の料理だ。その頃はまだアンジェリカがツンツンしているけど悪い人ではないと信じられず、『不慮の事故』さえも警戒していた。……それがこうして付き合うことになるとはもちろん想像すらしていなかった。
「アンジェリカ様」
「それ」
「?」
どこか突き刺すようなツンツンさで。
なのに可愛らしさが滲んでいると感じるのはシャルリアの思い過ごしではないだろう。付き合ってなお表面上はツンツンしていてもシャルリアのことが好きな気持ちは完全に隠し通せてはいない。
「いつまでアンジェリカ様などと距離をとった呼び方をしているのですか? わたくしとシャルリアさん……ちゃん……いいえ、わたくしとシャルリアは付き合っているのですよ?」
「……うん、そうだね」
無数の繰り返しに擦り潰れて朧げにしか思い出せないのが悲しいが、それでもシャルリアは覚えている。
夏の長期休暇の前。
『雷ノ巨人』との戦闘でアンジェリカが言ったことを。
『シャルリアさんの話しやすいように話せばよろしいですわよ。平民に礼儀作法を求めても無駄ですからねっ』
『うん。そうさせてもらうよ、アンジェリカ様』
『……そこは様をつけますのね』
『? 何か言った???』
『何でもありませんわよ、この気の利かない平民風情が!!』
『なっなんでいきなり罵倒されたの私!?』
こうして思い返してみると、だ。
アンジェリカの好意は付き合う前からそんなに隠しきれてなかったのでは? と思わないでもない。
そんなこと想像すらしていなかったから見逃していただけで、あの時からアンジェリカは『様』なんていらない関係を望んでいたのだ。
「遅くなってごめんね、アンジェリカ」
「ふんっ。わかればよろしいのですわよ!」
そう言って赤くなった顔を隠すようにそっぽを向くアンジェリカ。そんな素直になりきれないところも好きだ。いいや、どんな些細なことでもそれがアンジェリカを構成するものであればシャルリアは心惹かれるのだろう。
これまで自覚していなかっただけでとっくの昔に惚れ込んでいたのだから。
「シャルリア」
そこで。
アンジェリカはビールのジョッキをシャルリアに向けた。
『アン』と『店員さん』でも。
『アンジェリカ様』と『シャルリアさん』でもなく。
恋人同士だからこそ。
「かんぱい、ですわ」
「かんぱい、アンジェリカ」
キンッ、と聞き心地のいい音が響く。
星空の下、まるで彼女たちの気持ちが通じ合えたことを祝うように。
ーーー☆ーーー
夏の長期休暇、最終日。
夜の小さな飲み屋にいるのは普段の常連の馬鹿どもだけではなかった。
「キムチ鍋……ぽかぽかしておいしい……。ナタリーも……あーん」
「うっ。なにこの真っ赤なドロドロ……。いや、しかし! 姫様の『あーん』という至福を逃すわけには……ええいっ。今こそ『轟剣の女騎士』の底力を見せる時! ナタリー=グレイローズ、いざ参るであります!! ぶふべふばふう!?」
「にゃっはっはっ! ナタリーの無様な姿は最高の酒の肴っしょー!!」
「アリスフォリアも……どうぞ」
「あっ、はは……いやあーしは……ちょっ、まっ、完全な善意だってのはわかるけどリアルルの味覚はぶっ飛んでいる自覚を……ぶっばふう!?」
かつての北の大国の姫にして物理的に冷たいリアルルが脳筋で女騎士なナタリーやエルフの長老の娘ということになっているアリスフォリアを善意で悶えさせていたり。
「ラグナロクとか何とかとんでもないもんが出てくるし、気がつけば解決しているし、本当なんなんだよあの女は。俺が『特別』だってこと忘れそうになるぞ、クソッタレ」
「ミラユルが認めた女なれば、そのくらいは当然」
「つーか何でワルキューレだの天使だの本来なら信仰されるべき要素の塊が特定の一個人を信仰しまくってるんだ?」
「この世のあらゆる存在がミラユルを愛するのに理由なんて不要なれば。こんな当たり前のことにどうして疑問を抱くのか、それこそが不明なれば」
「はぁ。ミラユル教の信者はいつもマジだから怖いんだ。死んだ人間にどうしてそこまで固執できるのか、俺にはよくわからないな」
「確かに今は死んでそばにはいないけど、それだけ。エインヘリヤルとして回収できるのは魂の中でも力を司る部分だけで完全なるミラユルを取り戻すことはできなかったけど、『白百合の勇者』という前例が観測されたなれば生まれ変わりという選択肢もある。ミラユルが一度死んだ程度で愛されることを諦める理由はない。……絶対に、何をしてでも、諦めないから」
「おいこらもう一波乱起こす気じゃないだろうな?」
殺した相手の数や質によって自身の能力を上昇させる『能力向上』というともすれば主人公のような『特別』な性質を持ちながらも敵味方共にバケモノ揃いで直接戦闘じゃ全く目立ってなかったガルドやどうして天使とかワルキューレとか色々混ざっているのかすらよくわからなかった『相談役』ジークルーネ。
「あっは☆ 確かに死んだはずの『白百合の勇者』が生きている以上契約は継続かもだけどお、だからといって大人しく退くほどワタシはいい子ちゃんじゃないのよねえ。クソ舐めくさって客として平然と受け入れているその油断を後悔させてやるわよお」
「勇者さんビール二つと適当につまめるものをお願いだゾ。……ア、ここでは店員さんって呼ばないとだったゾ」
「何でそう馴染んでいるのよお、ラピスリリアあ?」
「わらわとしてはお姉ちゃんに危ないことはしてほしくないんだゾ。だからお姉ちゃんを優しく止めてくれるあの人を敵視する必要がないんだゾ」
「何が優しくよお、そんなのあのバケモノには一番似合わない言葉だってえ。しかしとんだ裏切り者ねえ。ワタシがそういうの許せないって知っているわけえ?」
「お姉ちゃんになら殺されてもいいゾ」
「はあ。ここで即座に殺せない時点で致命的に変わってしまったのかもねえ。不思議と嫌じゃないしい。まあこれはこれでサキュバスだの悪魔だの『どこかの誰か』が勝手に想像するレールから逸れているのかもだけどお」
「そんなお姉ちゃんがわらわは大好きだゾ」
「……本当なんでこんなものが悪くないと思えるんだかねえ」
魔族四天王の一角でありこれまで多くの人間を手玉にとってきたくせにたった一人には強く出られない淫靡な女や魔王の魂を刻み込む器という定めから解放されて胸の奥の『好き』に正直に生きている女の子がシャルリアの母親から注文したビールや料理を受け取っていたり。
他にもサラッと教会から脱走している星読みの巫女が窓から覗く夜空を見上げながらだらしなく顔を崩していたり、第一王子だってのに常連の馬鹿どもに混ざってビールを煽るブレアグスだったり、見渡す限り濃い面子が揃っていたが、それでも誰も気にせずどんちゃん騒ぎできるのが良くも悪くも『訳あり』なこの店らしかった。
そんな店内を後ろで一本にまとめた髪を靡かせながらシャルリアは駆け回っていた。本当色々なことがあった。やりようによっては『特別』を振りかざして普通の平民じゃ手に入らないような立場や身分を得ることもできただろう。
それでもシャルリアはこういう日々にこそ価値を見出していた。『特別』ではなくても、普通に毎日騒がしく過ごせればそれでいい。
後は、そう。
「あ、いらっしゃい、アンジェリカっ」
今まさに店に入ってきた恋人と一緒にいられれば、それだけで最高に幸せなのだ。
「シャルリア」
そっと。
大好きでたまらないアンジェリカが良くも悪くもどんちゃん騒ぎだから誰も見ていないことをいいことにシャルリアに近づき、そして、
「閉店後、少しだけでもいいので一緒に呑みませんか?」
「……っ。今日で休みは終わりだよ?」
「それでも『店員さん』ではなくて『シャルリア』と一緒がいいのですわ。だめ、ですか?」
いつもの優雅で高慢な態度を引っ込めて、そんなにもしおらしく尋ねられたら拒否なんてできるわけがなかった。
まさしくこれが惚れた弱みというヤツだろう。
「もうっ。わかったよ!」
たったそれだけのことで純白の百合の花が咲くような輝かしい笑みを浮かべるアンジェリカを見れば全て許せるのだからどうしようもなく好きなのだと実感してしまう。
「わたくし、シャルリアのことが大好きですわ」
「そんなの私のほうがアンジェリカのこと大好きなんだからね!!」
今日も夜は騒がしく過ぎていく。
これからも幸せしかない日々が続いていくのだ。
ーーー☆ーーー
「……ひっく。わたくし、仲良くなりたいのですわ」
「呑み過ぎだよ、アンジェリカ」
「シャルリアともっと仲良くなりたいのですわ!! 具体的にはそろそろキスをしてもよろしいのでは!? ねえ、そうは思いませんかシャルリア!?」
「本当呑み過ぎだよお!! 酔っ払って本音ダダ漏れ無防備極まりない恋人の唇を奪うのは普通にダメだって! どうせ朝になったらいつものように全部忘れてって騒ぐだろうしね!! ちょお!? 待って待って近いよ我慢できなくなるってば! ああもう、こんなのどうしろってのよぉおおお!!」
幸せではあるのだろう。
それはもう騒がしい日々だとしても。
〜〜終〜〜
はい、これにて完結となります!
おそらくネタが浮かべば短編に続くかもですが、シャルリアとアンジェリカが付き合うという当初予定していたエンディングまでは進めることができましたので。
本作は『特別』な力はあっても『特別』な存在ではないしなるつもりもないシャルリアの立ち位置を示すために間話などで設定を乱立しておいて一部説明すらしなかったり(女王ヘルとか『初代』光系統魔法の使い手とか何かありそうで何もなかった人たちやラグナロクという世界の命運を決するものが描写もなくサラッと解決していたり)、恋愛以外の部分が予想より長くなってしまいましたが、楽しんでいただけたならば幸いです。
一応区切りとなるボスキャラの倒し方は単純な方法にしたり、直前に設定を提示したりすることでできるだけ読みやすくしたつもりだったのですがどうだったでしょうか。……『店員さん』と『シャルリアさん』が同一人物だと気付かずに酔ってやらかすアンジェリカの様子を描く、それだけを決めて始めた物語が物騒なものも込みで紆余曲折を経て完結できたのはここまで読んでくださったみなさんのおかげです。本当にありがとうございました!
それではこの辺りで締めさせていただければと思います。
ここまで読んでいただいて面白いと感じていただけたら、下部の☆マークから評価を入れてもらえたりすると嬉しいです!!
……ちなみに高慢な令嬢とメイドが仲良くなる『公爵令嬢はポンコツメイドと入れ替わったようです』という作品を公開していますので、よろしければこちらも下のリンクから読んでいただけると嬉しいです! こちらは物騒な殺し合いも設定乱立も控えめな、高慢な令嬢とポンコツメイドがわちゃわちゃ仲良くなるお話なので!!




