第八十五話 告白
目元から腰まで覆うように伸びたボサボサの茶髪、絵本の中の魔女のように全身真っ黒なローブにとんがり帽子をかぶった小柄な少女、すなわちシャルリアは思う。
アンジェリカと出会ってから今日この日まで色々なことがあった。シャルリアの人生の中でもこれほど濃い日々は他にない。
第一王子に言い寄られていたかと思えば婚約破棄騒動にまで発展、しかもその第一王子は実は魔族四天王の一角『雷ノ巨人』に憑依されていたことが判明してそのまま戦闘に突入。国を雷で覆い尽くして人が立ち入ることもできない禁域に変えるような暴虐をアンジェリカやそのメイド、解放された第一王子の助けもあってどうにか退けることができた。
そこからも服屋の『店員さん』が実は魔族四天王の一角『魅了ノ悪魔』であることがわかったり、魔力を弾く特大の流星をどうにかしないと王国が滅亡するなんて話になったり、ラピスリリア=ル=グランフェイを器として現世に表出した魔王に殺されてそこから数えきれないほど繰り返した果てに泣きついたアンジェリカの提案で母親を生き返らせたことで魔王を倒して世界の滅亡を阻止したり。
出来事だけを箇条書きにすれば何だか英雄譚の主人公であるかのように錯覚しそうになるが、シャルリアの本質は何も変わらない。
『特別』なんかじゃないと、シャルリア自身は即答できた。
だってシャルリア一人では何もできなかったから。どんな危機もその身一つで解決する本物の『特別』には遠く及ばない。そして別に『特別』なんて望んでいない。
先の出来事は確かに強烈だったが、シャルリアにとってはそんなものよりもずっと大きく、深く、魂の底にまで刻まれている思い出がたくさんある。
学園ではちょっぴり近寄りがたかったアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢が実はシャルリアと仲良くなりたいのだと小さな飲み屋で叫んでいた。
店員としてのシャルリアには本音をこぼせるのに学園でのシャルリアにはツンツンなアンジェリカが『あくまで自分がテストや授業を振り返っているだけ』とわかりやすい言い訳をしながらシャルリアのために『勉強会』を施してくれた。
『雷ノ巨人』を倒した功績をアンジェリカに渡すお返しを選ぶために王都を散策した。その頃にはもう友人になれていたはずだ。
『アン』として店に来る彼女も、ヴァーミリオン公爵令嬢として学園でツンツンしていても根っこのところでは優しく接してくれる彼女も大切なのだとそう思えた。
──無数に繰り返してきたから記憶はごちゃごちゃに混ざっている。いつのアンジェリカとの思い出なのか、シャルリア自身整理できていない。
それでもどの時間軸のアンジェリカもシャルリアにとっては大切な人だった。その想いはどれだけ死を重ねても決して揺らぐことはなかった。
そんな無数の思い出がシャルリアの中で大きく膨らんでいる。好きなのだと、たった一言でもって光り輝く想いを定義する。
だから。
だから。
だから。
小さな飲み屋を出たら、臨時休業中という看板の前で唸っているアンジェリカと目があった。
「シャルリアさ──」
「大好き」
気がつけばそう口にしていた。
劇的な演出も、大仰な前ぶりも、飾りに飾った言葉も何もない、シンプル極めたその一言。
だからこそ紛うことなきシャルリアの本音だった。
何度殺されようとも、どれだけ絶望しようとも、その想いだけは決して手放すことなく今日この日まで大事に握りしめていた。
それを、伝える。
他ならぬ世界で一番大切で大好きな人に向かって。
「……そ、れは……友人としてですか?」
「違うよ」
臆するな。今更怯えて、縮こまって、自分の想いに背を向けるな。
母親に背中を押してもらった。
これはシャルリアが頑張らないといけないのだと、そう言って。
だから今更『好き』を引っ込めるな。
アンジェリカが受け入れてくれるか、受け入れてくれないか。どういう結果に終わるとしても最後まで堂々としていろ。
アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢という最高にいい女を『好き』になったことは、決して恥じるようなことではないのだから。
「私はアンジェリカ様のことを愛している。付き合いたいとか結婚したいとか、これはそういう意味での好きなんだよ!!」
言うべきことは言った。
あとはアンジェリカがどう答えるか、それだけだ。
だから、まさか大粒の涙をこぼすとは想像もしていなかった。
「あ、ええっと、泣くほど嫌だった!?」
「そんなわけないですわ」
涙を拭って。
息を整えて。
そしてアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢は真っ直ぐにシャルリアの目を見つめてこう答えたのだ。
「わたくしもシャルリアさんのこと大好きですよ」
「ほん、とうに?」
「本当だからこそ泣いて喜んでいるのですわよ」
「そっか、はは、は、そうなんだ、アンジェリカ様も私のこと好きで、だから、ええと」
視界が滲む。
好きと言われて涙を我慢なんてできないと思い知らされた。
「ありがとうね、アンジェリカ様」
「お礼を言われるようなことではないですわよ。わたくしも、シャルリアさんのことが好きだというだけなのですから」